第二十幕:七人七色の鍵(1)
「あれ、マスター。どうしたんですか?」
事務所から寮棟へ戻って来て、リビングでぼーっとソファに座っていると、部屋から降りてきたマイに声をかけられた。
「あー、マイかぁ。いやあ実は、強制休養になっちまってさ……」
「ええっ!?な、何があったんですか!?」
「いや、ほら昨日さ、俺このソファでくたばってただろ」
「あ、はい。何だかずいぶんお疲れだなぁって思いました」
昨夜の状態はマイも見てるからいいとして、今朝言われたことと合わせてかいつまんで彼女に説明する。
「そ、それは休まないとダメですよ!マスターにもしものことがあったら大変ですよ!」
「おはようございます。マイさん、どうしたんですか?」
そこへ今度はユウが降りてくる。
「あっユウさんおはようございます!実はマスターが⸺」
「所長やナユタさんの仰るとおりですよ、マスター。今日はゆっくりお休みして下さいね」
「あら、おはようマスター。朝からどうかしたのかしら?」
「レイさん!実は……」
以下略。
顔出す全員に休め休めと言われたらさすがにげんなりする。まるで、大した怪我でもないのに救急車呼ばれたような、あるいは軽い鼻風邪なのに入院騒ぎになってるような、なんかそんな感覚。
ぶっちゃけた話、釈然としない。所長もナユタさんも、ニュアンスとしては『念のため』『大事をとって』でしかないのに。
とはいえ、こうも異口同音に休めと言われてしまったら、どこに顔を出しても怒られそうな気がするし。
…でもまあ、よく考えたら、地上に戻ってきたあの日以来まともに休むのは初めてのような気もするし、今日のところは大人しくしといた方がいいのかな。
そう考えると、なんだか急にダルくなってきた。いつまでも若いつもりだったけど、なんだかんだ言って俺もアラサーだし、昔と比べて体力が落ちてきた実感がなくもない。
リビングのソファに腰を落ち着けて、何とはなしに今日のみんなのスケジュールをタブレットでチェックする。
今日は昼からトークバラエティの収録が1本。これはレイとサキが出演予定で、あとのメンツに仕事は入ってないから暇と言えば暇だ。これなら俺が休んでも特に支障はない、ということか。巡回はマイ以外の居残り組全員でこなす予定になっている。
「マスター……。
あの、私もお休みになっちゃいました……」
マイがリビングに戻ってきて、困惑した顔で言う。この子はこの子で、レッスンの疲労が溜まっているからリフレッシュさせるつもりなんだろう。昨日の日曜と合わせて連休にするのは効果的だと思う。
でもまあそうなるよな。自分ではバリバリやるつもりなのに、急に仕事が無くなると拍子抜けするってものだ。
とりあえず促して、横に座らせる。
「うん。今日どうしよっか」
「どうしましょうか……」
「…………」
「…………」
まずい、会話が続かない。
思えばfiguraになってからのマイとは、色々あってほとんど話してない気がするな。
いやまあ、figuraになる前のマイともそんな大した話はしてないんだけど。
「レッスンの調子はどう?」
「はい、頑張ってます!この前はレイさんに『見違えた』って褒められました!」
マイが言っているのは一昨日、土曜日の夜のレッスンのことだろう。その前の夜、ひとり悲しんでいたレイにマイの想いを代弁してあげたのを憶えている。
実際、みんなに話を聞く限りではマイの成長はなかなか目覚ましい。まだデビューこそしてないけれど、アイドルとしても、figuraとしても、日に日に成長しているのは事実だろう。
「戦闘の方は慣れた?今のところはまだ、シミュレーターで訓練してるだけだけど」
「そっちは……そのう、頑張ってはいるんですけど、まだ怖くって」
「怖くたって、敵を前に逃げ出したりはしてないんだろ?」
「も、もちろんです!いつもユウさんやリンさんが付いててくれますから、だから頑張れます!」
そういや、俺もまだリンアキ組としか実戦やったことないな。早いとこ他の子たちとも実戦やらないと。
そう思ってしまったら、なおさら今日の休みがもどかしい。
「マスター……。怖がらずに敵と戦うにはどうしたらいいんでしょうか……」
おずおずと、マイが聞いてくる。
そんなん俺だって知りたいよ。
「分からんけど、怖がらずに敵と戦ってるのなんてアキぐらいじゃねーの?」
「へっ!?あ、アキさんですか……?」
「うん。ほら、アイツ戦闘になると超イキイキしてるだろ」
「確かにそうですけど……あれはあれでちょっと怖いです……」
いや言い方。
気持ちは分かるけど、先輩だからね?
「だろ?だから、怖がってていいんだと思うよ?」
「い、いいんですかね……」
「ユウやレイやリンにも聞いてみなよ。あの3人は一番初期からのメンバーだから、有意義なアドバイスもらえると思うけどね」
「わ、分かりました!」
いや、そこで返事だけだと話終わっちゃうんだけどな……。
「あれ、マスター。何やってんの?」
「リンおはよう。今朝はゆっくりだね」
「おはよ。まあ今日はオフだから」
「リンさんおはようございます!あっ、あの!」
「……なるほどねえ。それはマスターが正しいわ」
「やっぱり、そうなんですか……」
「戦いを怖がる気持ちを持ってないと、勝てない敵にも無謀に突っ込んじゃうのよ。アタシたちも今まで勝てなくて撤退したことが何度もあるんだけどさ」
あるんだ。
「そういう時にもアキだけは絶対に退こうとしないのよ。ナユタが言っても、所長が命令してもね。実際それであの子は何度も死にかけたわ」
「ええっ!?アキさんが!?」
「しょうがないから、全員で引きずって無理やり離脱させたことが何回もあったのよね……」
うーん、なんか情景が目に浮かぶなあ。
「アイツの一番恐ろしいところはね、戦闘を怖がらないところじゃないの。『戦闘で死んでもいい』って思ってるところなのよ」
「ええっ!?そ、そんなのダメですよう!」
「もちろんダメに決まってるわよ。ていうかアタシが付いてる限りは絶対に死なせたりなんかしないし!」
なるほどなあ。それでリンはいつもアキと一緒に巡回したがるのか。
「他にもハルが割と無鉄砲な感じだし、アキと合わせてやっぱ双子だな〜って感じがするわね。あとユウも意外と自分を犠牲にしようとする所があるからね。ホント、もう少しアタシの気苦労も解ってほしいもんだわ。まったく……」
うーん、リンも色々と苦労してるんだな。
「ふふっ。リンさんはお優しいですから」
「あっ、ユウさん!」
「リンさんこそ独りで抱え込み過ぎだと思います。言うこと聞かない人たちなんて放っておけばいいんです」
「サキちゃん!」
朝食前に事務所に降りてたユウとサキがリビングに戻ってきた。
いやまあ、放っておけって言われてもそういうわけにもいかないだろうし、面倒みがいいところはリンの長所だからなあ。今だってこうしてマイの相談に乗ってやってるわけだし。
「お茶淹れますけど、マスターもいかがですか?」
「うん、いただこうか」
「はい♪目覚めのスッキリするハーブティーを淹れますね♪」
そう言ってキッチンに消えていくユウ。彼女はお茶を淹れることが趣味のひとつで、彼女の淹れるお茶はどれも美味しいからみんな密かに楽しみにしている。
でも誰も口に出して褒めたりはしない。以前、サキがうっかり褒めて水腹になるまで飲まされた事があるらしい。あと、茶柱が立つまで何十杯も淹れたりした事もあるとか。
ユウもおっとりしてるように見えて、意外とそういう押しが強くて一本気なとこあるからなあ。少しは限度ってものを覚えたらいいのに。
「さて、朝ご飯食べたら巡回行くわよ♪」
ハーブティーをひとしきり堪能した後でリンがそう言いつつ立ち上がる。ハーブティーのお代わり拒否の姿勢だなあれは。
「マスターも来るんでしょ?」
「リンさん、それがですね……」
「あー、それは休まないとダメね。じゃあ誰でメンツ組む?」
…うう。やっぱりダメって言われた。




