第十八幕:虹色の結晶
その時、白く戻っていた鍵が不意に光を発した。
予想だにしなかった、虹色の光を。
「えっ!?」
「マスター、今度は何を?」
「知らない知らない、俺は何も⸺」
「あっ!」
「これは……!」
虹色の光が収まった時。掌の上にあったのは、鍵ではなく虹色に光る結晶体だった。掌に握り込める程度の大きさだけれど、とても透き通っていて綺麗で、キラキラと輝いている。
「嘘……!これは、メモリアクリスタル……!」
「……?なんです?」
「『メモリアクリスタル』とは記憶の結晶のことです!人々の記憶と感情の欠片が集まって結晶化したものとされ、先ほどお話しした『結晶化させたアフェクトス』がこのメモリアクリスタルなんです!
メモリアクリスタルは戦闘用ドレスの開発・強化、それに武器の開発に活用されていますが、結晶化させるには一定量以上のアフェクトスを必要とするためライブで集めたものしか結晶化させられず、大変貴重なものなんです!」
それは初耳。ホスピタルに缶詰されてた時のレクチャーでも聞いた覚えがない話だ。でももし、ナユタさんの言うことが本当なら⸺
「記憶の結晶ってことは、もしかして……?」
「はい、figuraの失われた記憶を取り戻す触媒にもなるのではないかと考えられています!」
驚きのあまり、いつも穏やかなナユタさんが興奮している。
“感情”を注入した鍵が“メモリアクリスタル”に変わったということは、感情と記憶は何らかの形で紐付いているということか。
「じゃあ、これを使えばみんなの記憶も?」
「はい、戻るかも知れません!」
…マジか!みんなの記憶が戻れば、もしかすると本当の名前や、生前の自分自身を取り戻せるかも知れない。もしも僕がこれを自在に生み出せたなら…!
「……でも、ちょっと、タンマ……」
「あっ、マスター!」
「だ、大丈夫ですか!?」
ホッとして思わず気を抜いたせいか、力まで抜けた。急に身体を支えられなくなって崩れ落ちる。この時点で初めて、自分が精神力を著しく消耗している事に気付いた。
慌てて4人とも駆け寄ってきて身体を支えてくれるが、気を失いそうになるのを必死で堪えるので精一杯だった。
「慣れないうちは無理しない方がいいですよ。桝田さんの心身の健康の方が大事ですから」
「ナユタさんの仰るとおりですよマスター。今はマスターの能力が解っただけで充分だと思います」
「うん……ありがとう。申し訳ない……」
「謝る必要なんてないわよ。アタシたちの記憶が戻るかもって希望を与えてくれたんだから、胸張んなさいよ!」
「マスターが倒れたのも私のせいですよね……私が代わりに倒れれば良かったんです……」
ユウとリンはもう戻ってるけど、サキがまだ戻んないなあ。ぼんやりとする頭の片隅で、何故かそんなことばっかり気になっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、夕方には戻ってきた全員にこの事実は知れ渡っていた。リビングのソファで寝込んでいたところを囲まれ質問責めに遭う。
いや、もう少し寝かせてて欲しいんだけどな。
「マスター、聞いたわよ!アフェクトスを『霊核』に注入出来るって本当なの?」
「ほええっ!?マスターすっごぉい!」
「はわわ……私たちの記憶と感情を取り戻せるんですか!?」
「へええ、オマエなかなかやるじゃねぇか!」
ナユタさんはあの後、少し休んで意識のやや回復した俺から詳細に聞き取りをして、今はものすごい勢いで報告書に仕上げている。邪魔するなと言われたので作戦指令室には誰も寄り付いていない。
「まあ、やり方が分かったってだけで、まだそんな自在に出来る訳じゃないよ。それにかなり神経使うし」
「やり方が解っただけでも素晴らしいことよ!」
「ねーねー、早速やってみせてよマスター!」
…いやハルさん無茶言わないで。ぶっ倒れてソファに寝かされてるの、見たら分かるよね?
それに、注入のためにはアフェクトスをまた集めないと。3人に結構な量を入れちゃったからなあ。
「そう……。まあ確かに無理はして欲しくは無いものね。でもアフェクトスを貯めていけば、いずれはやってもらえるっていうことよね?」
「それはもちろん。俺が元気になったらね」
「わーい!じゃあ期待してていーい、マスター?」
…あと、どのアフェクトスを入れられるのかも確かめないとね。多分、独自分類してる五色だけだとは思うんだけど。
それといちいち倒れるわけにもいかないし、もっと簡単に無理なくやれるように効率化しないと。
「さあみんな、マスターも疲れているようだから、今日はもう解放してあげましょう」
レイの気遣いが有り難い。
「その前にご飯にしましょう!」
「ふふっ♪もう出来てますよ。
マイさんとふたりで、腕によりをかけて作りましたから♪」
「そう言えば、もうお腹ペコペコです」
「晩ごっはん~いぇい!」
みんながダイニングに移動する。寝てていいと言われたけど、俺も重い身体を無理やり起こして起き上がり、手洗いとうがいを済ませて全員で食卓を囲む。今夜はカレーだった。
正直言って食欲などなかったが、スパイスの香りを嗅ぐと食べたくなってくるから不思議なものだ。
ふと、ナユタさんが地下から帰ってきてないのが気になった。タブレットの通信機能を立ち上げて、彼女のインカムへ繋ぐ。
「ナユタさん、進捗どうですか?
良かったら一緒に夕飯食べません?」
…あれ。返事がないや。
「……ナユタさん?おーい?」
「なに、どうしたのよマスター?」
「うん、ちょっとナユタさんの様子見てくるわ」
…なんかちょっと嫌な予感。
「失礼しまーす。ナユタさ……」
まだ少しふらつく足で指令室に入った瞬間、思わず息を呑んだ。
ナユタさんがメインモニター前のオペレーションデスクに突っ伏して倒れていたのだ。
「な、ナユタさん!!」
慌てて駆け寄ったが、寝息が聞こえてきて一遍に気が抜ける。
なんだよもう、ビックリするだろ。
--マジ何事かと思ったじゃん!ていうか今日イベント有りすぎねマジで!
安堵しつつ、軽く肩を揺すって彼女を起こす。
最初は寝ぼけていたナユタさんは、すぐに状況を飲み込んで耳まで真っ赤になってしまった。
…ほっぺにキーボードの跡が付いてますよ。
「もう明日にしましょう。マジで倒れられたらシャレになりませんから」
「はい……ごめんなさい……」
「今日ちゃんと帰れます?なんなら泊まっていきますか?」
「………………えっ!?」
「男のベッドで申し訳ないですけど、貸しますよ。俺はリビングのソファで寝ますから」
「い、いえ!いいですいいです!ちゃんと帰りますから!」
うーん、これ、所長に掛け合って女子寮にナユタさんの部屋も用意してもらった方がいいんじゃないだろうか。




