第十六幕:純白の鍵(2)
「ナユタさん、ファイリングと掃除は粗方終わりましたよ。⸺で、何です、話って」
「ありがとうございます。ではこちらに来てもらえますか」
指令室の壁一面を占める大きなメインモニターの前に、ナユタさんは立っていた。モニターには東京23区の大まかな地図と、何やら大小様々な丸い点、それから細かい文字情報がびっしり表示されている。
確かこのモニター、“マザー”と連動しててリアルタイムでオルクスの出現情報とか、figuraたちの位置情報とかバイオリズム情報とか、色々出てくるんだよな。今までじっくり眺めた事はないけど。
「桝田さんは、マスターとしてはどうお考えですか?」
「何の話です?」
「figuraたちの、今後の話です」
「……と言われても、まだ俺は何もかも手探り状態ですし……」
まだマスターにもマネージャーにも慣れてないからなあ。毎日無事に乗り切るだけで手一杯なのが正直なところ。
それでも、女の子たちとのコミュニケーションもようやくそれなりに円滑にはなりつつある。まあみんなそれぞれ可愛いだけに、うっかり変な目で見てしまわないよう気を張っている面がまだ強いけど。
「今後、さらなる強力な敵の出現を“マザー”は予測しています。そして本当にそうなった時、今の彼女たちの実力では対応出来なくなる可能性が危惧されています」
…マジか。今でも充分強いと思うんだけど。
「最初は、今のレベルの敵でも苦労してたんです。
アイドル活動が軌道に乗って、アフェクトスが安定的に収集・活用出来るようになって、それで彼女たちの能力も安定して発揮できるようになりました」
「そうだったんですか」
「しかし、今後を見据えるなら彼女たちの能力強化は急務です。戦闘衣装や武器の新規開発も進められていますが、それだけでは限界があります。
なので、桝田さんには彼女たち自身の能力強化をお願いしたいんです」
「え。そんなの俺、できませんけど……」
というかこの人は俺に何を期待してるんだ。
「ファクトリーの解析結果を元に、魔防隊は桝田さんにはその能力があると判断しています。所長、セツナさんは、まだ環境にも慣れていないだろうから無理に急かす事はない、と言ってはいますが……」
「そう言われても、一体どうすれば……」
そう、あんまり無茶振りされたって困っちゃうんですけどね?
「それは、おそらく桝田さんにしか分からない事のはずです。
ですので、桝田さんにはまずご自身の能力開花の方策を模索してもらいたいんです」
⸺貴方が結果を出せないとなると、まず確実に、『消される』事になりますから⸺
ナユタさんの言葉が脳裏に甦る。そうか、あんまりのんびりしてもいられないんだっけ。
だけど、一体どうしたものか。
「集めたアフェクトスはどこにあるんです?」
「ライブや戦闘で集めたアフェクトスの約半分はファクトリーの方で結晶化させて、主にドレスや武器などの開発に用いられています。残り半分はスケーナを通じてfiguraたちの身体に蓄積されて、戦闘の際の魔力源として活用されています。
しかし正直なところ、それ以上の活用が出来ていないのが現状ですね」
アフェクトスはfiguraたちの攻撃や防御のためのエネルギーになる。一方で、彼女たち自身の感情は『霊核』の適合とともに全て失われる。つまり彼女たちは自身の本来の感情ではなく、オルクスを討伐して得られるアフェクトスを取り込むことで、擬似的に自己の感情を取り戻している状態と言えるのだそうだ。
ということは、『霊核』とは感情を溜める器なんじゃないか?figuraをfiguraたらしめる超常の力はどこから来るのか?霊核に溜め込んだ感情によって得られるんじゃないか?
「……彼女たちの『霊核』に直接感情を注入することって、出来ないですかね?」
「…………えっ?」
脳裏に浮かんだのは、淡く光ってマイの全身を包みながら、その心臓に取り込まれていった『霊核』の姿だった。あの光は“感情”だったし、あの『霊核』には鍵穴があった。
そしてfiguraたちはスケーナを展開する際には、必ず『鍵』を胸の『鍵穴』に挿している。
なら。アフェクトスで『鍵』を作ることが出来れば、あるいは。
「早速、試してみたいと思います。シミュレーターに行って来ます!」
そう言うが早いか、俺は駆け出していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あら。そんなに慌ててどうされたのですか?」
シミュレーションルームではちょうど休憩していたのか、3人とも座っていた。駆け込んできた俺の姿に、ユウが少し驚いた様子で声をかけてくる。
「ちょうどよかった。ユウ、『鍵』ってどうやって作ってる?」
「えっ、鍵ですか?」
「うん、スケーナ開く鍵」
「ああ、それでしたら最初から持っています。
『鍵』と『霊核』はセットなんです」
…ああ、言われてみればそうか。鍵と鍵穴はセットじゃなきゃおかしいもんな。
「鍵、今出せるか?」
「はい、出せますよ」
ユウが胸の前に掲げた右掌の中に“光”が集まる。一瞬眩く光ったと思ったら、そこにはほのかに光る濃いめのピンクの鍵。
「これが、私の『霊核』の鍵です」
「これ、触っても?」
「私以外が触れることはできませんよ。これは私の『鍵』なので」
なるほど、『霊核』の所有者以外には触れられないのか。
とりあえず、近くでよく見せてもらう。サキとリンにも出してもらい、見比べる。ユウは桃色、サキは菫色、リンは赤の鍵だ。みんなそれぞれ色が違うのか。
そして、鍵は3つとも全て同じ形状をしていた。
「私もじっと眺めるのは初めてですけど、なんていうか、綺麗ですね……」
俺の後を追ってきたナユタさんが溜め息混じりに呟く。
「でも桝田さん、鍵が、何か?」
「はい。これを俺が作ります」
「えっ!?」
そもそもfiguraたちは最初は感情も記憶も失くしているのに、スケーナも張れるし戦うことも出来る。あの時、記憶も感情も失くして何も分かっていなかったはずのマイが所長の命令に応じて戦おうとしていたこと、それを考えれば戦闘もスケーナ展開も、彼女たちは最初からできると見ていいだろう。
ということは鍵を、つまり“感情”を扱うのに特別な力も訓練も必要ないということになる。そして『霊核』に適合することでfiguraとなった少女たちが感情をエネルギーにして戦うということから考えても、『霊核』の動力源が“感情”である可能性が極めて高い。
そして、その感情は人々の出しているそれを集めたもの。オルクスを倒して回収するものだが、オルクスが吐き出す感情はそもそも人々を襲って得たものだ。
だったら、figuraたちに扱えて人には扱えない、なんてことはないはずだ。
驚く4人をよそに、今見た鍵の形状を脳裏に焼き付けて目を閉じる。
深呼吸をひとつ。そして今目の前で見た『鍵』を思い浮かべる。大きさ、形、質感、全てにおいて、本物そっくりに。
⸺いや、本物そのものに。
『霊核』が心臓の役割を果たすなら、感情は言わば血液だ。なら、全身の感情の流れを血液に見立てて、この掌の上に集めればいい。
色はどうするか。
赤でも青でも黄色でも緑でもなく、全ての色に対応して全ての色と異なる色。
そう、白にしよう。
そうして思い浮かべた白い『鍵』を、イメージで掌の上に再現する。
この掌の上には鍵がある。イメージではなく、本当に。
精神を集中して、念じる。
感情を、集める。
周囲から驚きの感情が伝わってくるのが分かる。ゆっくりと目を開けると、掲げた掌の上には確かに『白い鍵』があった。
できた……!
「う……嘘でしょコイツ、本当に『鍵』作っちゃったんだけど!?」
「マスターは……figura、ではないはずですよね……?」
「えぇ……誰か説明して欲しいです。万人が納得できるよう、科学的な根拠も含めて分かりやすく簡潔に」
「それが……その、桝田さんにどうしてこんな事が出来るのか、私にもサッパリで……」
でも、これだけでは、まだだ。




