第十四幕:薄黄緑の眼鏡
ナユタさんによれば、オルクス発見から討伐までが早かったため、一般の犠牲者はひとりも出さずに済んだそうだ。原宿や代々木の話をした直後だったため、リンも心なしか晴れやかな表情になっている。彼女はアキにツッコむのもそこそこに、寄り道したいと言い出した。
リンが行きたいと言ったのは、サキが数日前のブログで紹介していたケーキショップだ。
…いや、スイーツ食べ過ぎじゃない?
とはいえ、リンが何を考えてるかはよく分かる。彼女はサキがオススメした店に行って、サキのブログ情報を補完するつもりなのだ。
リン自身はその店をまだ紹介してないから、サキのオススメの店にリンが行って絶賛することで、逆説的にこないだの店にサキを行きやすくするつもりもあるんだろう。
やっぱり、責任感じてんだな。
まあ、そういう意図が読めたから寄るのには異論はない。でもそれはそれとして。
「スイーツと言えばさ。ここの店とか評判はどんな感じ?」
「あーここはね、まだ行ってないけど結構評判いいみたい」
「サキも知ってる店?」
「あの子も情報押さえてると思うわ。ブログのネタにストックしてるんじゃないかしら」
「サキも知ってる店なら、ダメだな」
「……アンタもしかして、あの子がまだ押さえてない店を紹介してやろうとか考えてる?」
…うん、正解。
「まあサキもアタシも紹介してないお店をサキに譲るのは構わないんだけどさ、あの子も結構情報収集力あるから、あの子が知らないお店を探すのって大変よ~?」
「まあそうだろうけど、それぐらいしないとこないだの埋め合わせにはならんだろ?」
「ふふ、マスター、分かってるじゃない♪」
リン、自分のことみたいに喜んでるな。
「じゃあ、ここは?」
「ここはこないだ別のグループの子が紹介してたわね」
「ここもアウト、と」
「……それ、どんどんハードル上がるわよ?」
「仕方ないよ。サキを喜ばすためには妥協してたらダメだろ?」
「まあね。あの子もスイーツにかけては完璧主義だし」
とか話してる間に目的のケーキショップに到着。
「マスター。オレ先に帰ってもいいか?」
アキはスイーツには全然興味なさそうだ。どうせ早く帰ってオンラインゲームでも立ち上げたいとか思ってるんだろうな。
つうかマスターって呼ぶなってば。
「んー、また出てきた時のために一応は一緒に居て欲しいけどな」
「今までの経験上で言やあ、ゲート殺ったらその日はもう出ねえよ」
「そっか。でも先に帰したら俺らが寄り道したってバレるから一緒にいて欲しいかな~と」
ピピッ。
『あの、マスターがどこにいるかはGPSで全部見えてますからね?』
「ふぁっ!?」
うげ。まさか見られてたとは。
『当たり前です。マスターは最重要人物ですから位置確認、バイタルチェック、存在証明、全部リアルタイムでやってます。もちろん会話のモニタリングも』
「え。じゃあもしかして、今までの会話も……聞いてました?」
『もちろん。こちらから特に反応しなかっただけですよ?』
マジか。通信繋いでる時だけだと思ってた。
「えーと。『反応しなかった』って事は?」
『言葉通りの意味ですよ』
…よし、じゃあ肯定と受け取ろうかな。
「アキだけ先に帰してもいいですかね?」
『早く帰ってきたら来たでレッスンとか色々ありますから、いいですよ。それに、先ほどの件でお話もありますので』
「……だとさ」
「…………しゃあねえ、付き合ってやるよ」
「だそうです」
『まあ、どのみちお昼までには帰ってきてもらいますけどね』
時刻は11時を少し回ったところだった。帰りの時間を考えたら店内で食べている余裕はなさそうだ。
「リン悪い、お持ち帰りになるけどいいか?」
「……もう、しょうがないわね。本当はお店で食べたいけど、それでガマンしてあげる」
「じゃあ、12時までには全員で戻りますんで」
『はい、それでお願いしますね』
ナユタさんはそう言って通信を切った。
いやしかし全部まるっとお見通しだったとは油断も隙もあったもんじゃないな。というか、今度から気を付けないと。
持ち帰るならということで、みんなへのお土産として全員分を買うことにした。Muse!7人分とナユタさん、俺で9人と、それと。
「セツナさんの分、買っといた方がよくない?」
「所長?食べるかどうか分かんないし、第一今日来てないでしょ?」
「まあ、買ってなくて怒られるよりは買っとこうぜ。要らないってんならリンが食べたらいいし」
「ん。じゃあ買いましょ♪」
リン、現金だな……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局、ほとんどリンとふたりであれも美味そうこれも欲しいと散々悩んで選んで買って、大慌てでハウスに帰り着いた時には12時を少し過ぎていた。
遅刻ですね、と怖い笑顔で出迎えたナユタさんに平謝りしつつ、食堂に全員で集まる。今日は職員もいないからナユタさんも一緒に食べよう、と誘って全員で食卓を囲んだ。今日は調理師さんも休みだから、ユウとマイが協力して昼食を作ってくれていた。
「あっ美味いなこのポテサラ」
「ふふっ♪ありがとうございます。自信作なんですよ」
「マスター、こっちのムニエルもどうぞ♪」
「うん、これもイケる」
「良かったあ、お口に合わなかったらどうしようかと」
…マイは自信なさすぎなのが玉に瑕だよね。
「…………」
サキ、まだ気まずそうだな。もう誰も気にしてないんだけど。
「サキ、美味しいか?」
なるべく普通の調子で普通に声かけたつもりなんだけど、ビクッとして顔を上げた彼女は耳まで真っ赤になっていた。
「たっ、食べてますよ余計なお世話です!話しかけないで!」
あーうん、ごめん。まさかそんな感情が来るとは想像もしてなかったわ。
ふと気付くとレイ、ユウ、リンの古参3人組がニヤニヤしている。お前ら、絶対解ってて黙ってただろ。
まあいいけど。
…ナユタさんも。俯いてるけど笑いこらえてるのバレてますからね?
「さて、じゃあお待ちかねのデザートよ!
今日のはサキのオススメ☆」
昼食を終え、リンが冷蔵庫から持ち帰り用の紙箱を取り出してきて、それを女の子たちほぼ全員で取り囲んだ。色とりどりのケーキに黄色い歓声が上がる。
「マスターはどれが食べたいですか?」
「俺は最後に残ったのでいいよ。みんな、好きなの選びなよ。
……あ、でもアキはもう決まってたっけ」
「選べって言われたから選んだだけだろ。どれでもいいわマジで」
「あんなにどれも全部美味しそうだったのに、『どれでもいい』とか許されないわよ!」
「そう言うリンさんも、もう決まってるんじゃないですか?」
不意にサキが声を上げた。
「えっ。
……さ、先に選んでいいなら選ばせてもらうけど」
「リンさんは多分、コレですよね」
サキがひとつのケーキを指し示す。
まさにそれはリンが食べたいと選んだ、最近流行りのバスクチーズケーキだった。
「……アンタ、相変わらずの洞察力ね」
「最新の流行に敏感なリンさんの趣味嗜好を考えれば、私でなくとも誰にでも分かることです」
と言いつつ腰に手を当て、薄黄緑の弦の細いメガネをクイっと押し上げドヤ顔をキメる。
うんうん。いつものサキが戻ってきたな。
「で、反応を見る限りユウさんはこれ、レイさんはこれ、ですよね」
「まあ。よく分かりましたね」
「御名答よサキ」
「ハルはねえ……」
「好き嫌いないから何でも食べる、でしょう?」
「ふえっ!?先に言われちゃったー!?」
「リンさんのチョイスを誉めるべきです。皆さんの好みを見事に押さえてます」
「へっ!?あっ……ありがと……」
「マイさんとナユタさんの好みはまだ把握出来てませんが、今挙げた中にありますか?」
「あ、あたしは残り物で……」
「私も、特に好き嫌いはありませんので」
「そしてマスターは、これですね?」
そうして最後にサキが示したのは、確かに俺が選んだガトーショコラ。
いや本当にお見事。
…でも、そうして当てつつ自分の食べたいティラミスはしっかり残してるあたり、ちゃっかりしてるよね。
「男性の好みなんて知った事ではありませんが、一般的に生クリーム系よりもチョコレート系を選びがち。それを考えればティラミスかガトーショコラの二択です。簡単な選択でした」
--あーそれでガトーショコラを指定したんだ。分かりやすっ。
「よし、じゃあ全員決まったら写真撮ろうぜー」
「ふえっ!?」
あーハルがもう半分食べてら。
そんなに食いたかったのか、この食いしん坊め。
「あー、いい、いい。そのまま撮るから。⸺あ、ナユタさんもう少し寄って」
「え、わ、私は……」
「いいからいいから」
「はい、じゃあ。チーズ」
パシャ。
「今時『チーズ』なんて誰も言いませんよ。昭和の人間ですか」
「いや辛辣だなサキ!」
…つうかサキ。写真撮る瞬間には満面の笑みだったのに一瞬で真顔に戻るのやめて。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
後日、この様子はリンのブログに掲載され、またしても大きくバズった。『サキのオススメ、マジで神』と題したその日のブログはTVのワイドショーにも取り上げられ話題となり、ショップ側からお礼のケーキ詰め合わせが届くまでになった。
しかも、つられてサキのブログまで大きく閲覧者数を伸ばすというオマケつき。
サキは表向き何の反応も示さなかったが、大きく自尊心をくすぐられたようで、しばらくは見て分かるくらい上機嫌だった。
そして翌日。
「……私にか?」
「はい。サキが以前ブログで紹介した店で俺とリンが昨日買ってきたんですけど……要らなかったですかね?」
「いや、せっかくなので頂こうか。給湯室の冷蔵庫にでも入れておいてくれ」
…えっ所長、ケーキ食べるんだ。
「一応、賞味期限が今日までなので、お早めにどうぞ」
「分かった。ありがとう」
--ていうか、リンちゃんガッカリするだろうねえ。
そして所長が受け取ったと聞かされたリンから八つ当たりで怒られることになるのだが、それはまた後日の話。
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