第十三幕:泥色の喚門(2)
『敵性反応消滅を確認。お疲れさま……と言いたい所ですが、近くに“ゲート”の反応があります。そのまま討伐して下さい』
「おっしゃそう来なくっちゃな!おら、サッサとぶち壊しに行くぞ!」
「あ、ちょっと!待ちなさいよアキ!」
ナユタさんの通信を聞くやいなやアキが駆け出し、それを慌ててリンが追う。俺ももちろん置いてかれないように⸺って足速ぇなお前ら!?
いやナユタさんまだどこに出るか言ってないんだが!?お前らの嗅覚犬並みか!
それでも何とかふたりを追っていくと、前方に本当に“ゲート”が浮かんでいるのが見えてきた。
一見すると重厚な門のような扉のような『枠』。それがゲートだ。だがその扉は開け放たれ、中は絵の具を適当に混ぜて黒くなったような、泥色というか、何とも形容しがたい闇が渦を巻いていて見通せない。枠の周囲はゴテゴテと装飾が施されていて無駄に豪華で、でもその装飾はゲートによって異なるという。
“ゲート”はオルクスの一種だが、自分ではほとんど攻撃して来ず浮かんでいるだけだ。見た目は真ん中に穴の空いた枠のような見た目で、その穴からオルクスを吐き出す。
要するにコイツは、オルクスたちが向こうからこちらへやってくるための“召喚門”だ。これを破壊しなければいつまでもオルクスを召喚するし、壊しさえすれば次の“門”が現れるまで出現は止まる。
つまり、絶対に破壊しなければならない。
この“ゲート”の破壊が巡回討伐の最大の目的、と言っても過言ではない。
「いたわよ、マスター!」
「遅ぇぞ、運動不足か!」
うるさいやい。
発見した“ゲート”の周りには、他にも2体のオルクスが確認できた。今度は“ライトハンド”と“レフトハンド”、名前の通り右手と左手がそれぞれ単体のオルクスとして動いている。
これは早くも“ゲート”が召喚したのか、あるいは元からいたのか。まあどちらにしろ倒すだけだ。
先ほどと同じ要領でふたりがスケーナを展開し、俺も戦闘衣装を指定して彼女たちを換装する。とはいえタブレットのデータに入っているドレスはまださほど多くないようで、先ほどと同じドレスをチョイスした。
いやこのドレス強いんだよね。ゲームとかだと多分SSRとかになるんじゃねぇかな。
「今度はアキ、スキル行こうか」
「あ゛あ゛!?んっだよメンドくせえ!」
「いいからやんなさいよ、指示に従えって言われたでしょ!」
アキはリンにもそう言われて、明らかに渋々と詠唱した。するとゲートの周りに光の環がいくつも現れ、ゲートを縛るように狭まってゆく。
敵を束縛して行動を阻害するこの魔術は大変に有用だと思うんだが、アキはスキル自体を使いたがらない。そんなヒマがあれば狙撃するとでも言わんばかりだ。
「じゃ、先に雑魚からやっちゃおうか!」
「もちろんそのつもりよ!」
「⸺ケッ、まだるっこしいぜ!」
リンがライトハンドに鞭を振るうその横で、アキがそんなことを言いつつゲートに向かってライフルを撃ち込んだ。
「あっおい、先に雑魚をって⸺」
「何勝手なことしてんのよ⸺きゃ!?」
ライトハンドを相手していたリンがアキの指示違反に声を上げ、だがその隙に近付いたレフトハンドに叩かれて、悲鳴を上げて吹っ飛ばされた。
「あっリン大丈夫か!?」
「なぁにやってんだ⸺ってうおっ!?」
悪びれずに悪態をつくアキだが、その彼女に今度はレーザーのような光が襲いかかる。アキはすんでのところで危うく躱したが、その出処を見たらなんとゲートだった。
要はアキの一撃ではゲートを倒しきれていなかったのだ。そして一撃で倒せなければ、ゲートは受けたダメージの分だけ反射攻撃をしてくる。それがゲートの、唯一の攻撃であるのだ。
休む間もなく、倒れたリンと、バランスを崩したアキに敵の攻撃がくる。
「ちょ、おい、ガード!」
「ハッ。遅ぇ!」
よけきれないと判断してガードを指示。ガードしたところで若干のダメージは避けられないので可能な限り回避を選ばせたかったのだが、こうなっては仕方ない。だがアキのガードは、さすがというか完璧なタイミングでライトハンドの攻撃を弾く。それだけでなく彼女はちゃっかりとリンまで守っていた。
ちなみにガードすると、詠唱とともに向けた掌の先に光の盾のようなものが現れて、それで敵の攻撃を受け止める。リン曰く、ガードで攻撃を受けると実物のシールドを持っている時のように手が痺れたりするらしい。ガードのタイミングが悪いと、押し込まれたり弾かれたり吹っ飛ばされることもあるそうだ。
うーん、連携が取れないわけではないし、仲間を放置するつもりもないんだよな。けどなあ、なんかこう、なあ。
とか何とか思案してるうちにすかさず態勢を立て直したリンが鞭を振り抜き、その先端がレフトハンドの掌の中央部にある虹色の宝石のような、眼のような部分を叩き割った。するとレフトハンドは突然魂が抜けたように動きを止め、そのまま“感情”を吐き出して霧散していった。
その消滅を確認するかしないかのタイミングで、アキはもうライトハンドに襲いかかっている。
「オラ、お前も消し飛べ!」
アキは素早くリロードを繰り返してライトハンドに何発も弾を当てていく。そうして最初のマウスと同じようにライトハンドを蜂の巣にしていき、ライトハンドはなす術もなく崩壊して霧散してゆく。
これで、残るはゲートのみ。
最初のスキルがまだ効いていて、ゲートは身動きも取れず新たに召喚もできていない。
「アキ、今度こそ仕留めなさいよね!」
「うるっせぇな、分かってるよ!」
いや言われて当然だと思うのだが。そして言われながらもアキは口の中で詠唱を紡ぎ、衣装にセットされた魔術を展開する。彼女の足元に魔術陣が拡がり、赤い光が立ち上ってアキの全身を包み、それが全てライフルに吸収されていった。
あっこれ必殺技的なやつか?
「っしゃ、墜ちろォ!」
そうしてアキが放った一撃は、それまでの狙撃がまるでオモチャか何かだと錯覚しかねないほど強烈な光束のような閃光となり、ゲートのど真ん中を貫いた。
あっこれ、マイと最初に会った時に見たやつだ。
そうして、ビームに貫かれたゲートはぶるりと震えて、そのままひび割れ空中分解し粉々になって消滅していった。
「っしゃ!仕留めたぜ文句ねえだろ!」
いや大アリですからねアキさん?
「マスター!アンタもなかなかやるじゃない!悪くない指示だったわよ♪」
「いやあまだまだ全然だけどな。
まあとりあえず、お疲れさん。⸺っていうかさっきの大丈夫か?怪我してないか?」
「あー、ダメージはちょっとあるけど平気よ。ホスピタルで診てもらえば問題なく回復するわね」
そっか、それなら良かった。
ピピッ。
『“ゲート”消滅。敵反応消えました』
ナユタさんだ。
「ひとまず安心ですかね?」
『はい。ゲートを討伐成功したので、付近にはもうしばらくは現れないと思います』
「じゃあ今日の巡回はこれで終わりね♪」
そのリンの言葉を聞いた途端、アキのテンションが元に戻った。
「んじゃあもういいだろ。サッサと帰ろうぜぇ?」
いやホントに戦闘以外やる気ないのな。
てかお前、説教部屋行きだからな?




