第一幕:浄化ライブ開催へ向けて(1)
「さて。本日もプロらしく、美しく平常業務をこなしていきましょう」
「悪いねレイ。連日のレッスン監督で疲れてるだろうに、巡回まで回しちまって」
「あら、そんなの気にすることないわ。ライブまで間がないのだから踏ん張りどころだし、いつも通り全員で協力して乗り切るだけよ」
マイの1日密着取材から一夜明けて、いよいよ今日から8月だ。
今日から浄化ライブのある13日までは、TVやイベント関連の仕事はほとんどキャンセルになった。前々から決まっていた特番収録はともかく、単発のイベント出演とか普段のレギュラー番組、バラエティ出演などは基本的に休ませてもらうということで所長に話をつけてもらった。
その代わり、13日までは巡回とレッスン漬けの日々が彼女たちを待ち受けている。
ということでいつも通りの巡回、いつも通りの渋谷駅前だ。とはいえもうこの近辺はあらかた巡回し尽くしているわけだけれども。
「わ~い!今日もみんなでおっ散歩だ~!今日はどこに行こっか?」
「どこにも行きませんよハルさん。いつも通りあてどなくブラブラするだけです。
やれやれ、これだけハードに都市を徘徊するアイドルなんて、世界広しといえど私たちだけですね」
いや徘徊って言うなサキ。
あとそう決めつけんな。世界探しゃ他にもいるかも知れないだろ。
「だいたい、この猛暑酷暑の夏真っ盛りにやる事じゃありませんよ。所属アイドルの熱中症対策とかどうなってるんですかMUSEUMは」
まあそこをツッコまれると弱いんだけどさ。衣装だったら送風ファン付きだからまだマシなんだけど、巡回は私服でやるからなぁ。
「あら、世界で私たちだけとは素晴らしいことね!ナンバーワンもいいけれど、オンリーワンも美しいわ!」
「そこ、喜ぶポイントなんですか……」
「ま、予定通りに行けば巡回も今日で一旦終了だから、今日まで頑張ってくれよ」
「明日からは明日からで浄化ライブに向けてのレッスン漬けの日々じゃないですか」
明日以降の巡回は、表向きにはライブの街頭宣伝活動ということになっている。街宣をやりつつ、“マザー”のオルクス出現報告に従ってピンポイントで討伐して回るわけだ。
それと最低限のアイドル業務で外へ出る以外は、基本的に終日レッスンだ。それが浄化ライブまでの約2週間続くことになる。レッスンはレッスンで冷房の効いたレッスン室でやるけれど、多分日中に外うろつくよりも全然汗かくハズだから、熱中症とか脱水症状とかならないよう気を配ってやらなくてはならない。
「そもそも私は浄化ライブ自体初めてです。失敗するつもりはありませんが、それでも今から憂鬱ですよ……」
「ほえ、憂鬱?なんで?」
「なんで、って。ハルさんだって浄化ライブは初めてじゃないですか。絶対失敗出来ないって思うとブルーになりません?」
「サキが心配するのも無理はないわね。浄化ライブは一定量のアフェクトスが集まらないと成功とは呼べない。つまり、観客をいつも以上に熱狂させられないと失敗だものね」
「ほえっ!?いつも通りじゃダメなの!?」
「うーん、そう聞くとなんかプレッシャーかかってくるな……」
どうやら、普段は無駄に自信たっぷりのサキですら緊張しているらしい。
でもレイの説明を聞くと、他人事みたいに笑ってもいられなくなる。よく考えたら俺、監督責任者なんだよな……!
「ふふ。心配しなくても大丈夫よ。6月の1周年記念ライブ、あれはアフェクトス収集量としては浄化ライブに匹敵していたはずよ。それに聴衆のハートを熱くさせるのは私たちアイドルの義務なのだから、万にひとつも失敗なんて有り得ないわ!」
…レイ、いつにもましてテンション高いな~。まあそれだけ気合い入ってるって事かな。
ま、その1周年記念ライブで大量のメモリアクリスタルが精製できたおかげで、ここ最近立て続けに新衣装が実装できたんだって話だったけどな。
「……というか、レイは浄化ライブの経験があるんだよな?」
「ええ、ごく限定的なものだけれどね。永田町と霞ヶ関、それに国会議事堂や議員会館、官邸、皇居周辺、それからパレスの周辺、関係者の出勤ルートや居住地区。そういった所を部分的に浄化して回ったわ。
まだ私たちが3人しかいなかった頃のことよ。そういう意味では、今回のような大規模浄化ライブは私も含めて全員が初めて経験することになるわね」
ああ、なるほどね。アイドル活動を始めてからのMuse!たちの最初の仕事は、政府や〖MUSEUM〗の関係者の安全確保だったわけか。
まあそりゃそうだよな。国会議員や官僚たちがオルクスに喰い荒らされたら国家の屋台骨が揺らぐし、パレスが危険な状態のままだと彼女たちだってオルクス討伐どころじゃないもんな。
「てことは、ナユタさんや所長たちの自宅や通勤ルートも安全確保してあるってことか」
「そういうことよ。だからパレスにいる限りは安全だし、所長やナユタや他のスタッフについても心配はないわ」
そうか。それなら良かった。
「でも、そういえばあれから時間も経っているし、そろそろ再浄化が必要かも知れないわね」
「浄化ライブって効果期間はどのくらいあるか、聞いてる?」
「それはまだ誰にも分かっていないはずよ。だけどもし効果が切れたら“マザー”が察知するでしょうし、所長から何らかの話があるとは思うけれど」
「ふーん。ま、ファクトリーがデータ収集してるだろうし、“マザー”も経過観察してるだろうから、ひとまずは気にしなくてもいいかもな」
「ええ、そうだと思うわ。——という訳で。この巡回が終われば午後は早速レッスンよ!」
「げえ……」
ピピッ。
『“マザー”よりオルクス反応検出!マスター、レイちゃん、至急現場に急行して下さい!』
「げえ……!」
いや嫌がりすぎだろサキ。
「よぉーし!みんなハルについてこーい!」
「あっちょっ、ハルさん!待って下さいよ!」
言うが早いかハルが駆け出し、サキが慌ててそれを追う。
「マスター。貴方のその腕の傷に改めて誓うわ。私たちは二度とあんな失敗はしない。二度と貴方をあんな目に遭わせないから。だから安心して見ていてね」
俺の右腕の傷にチラリと目をやって、右肩に優しく触れてから、レイが言う。半袖のTシャツの下にはこないだ受け取った防護用アンダーウェアを着ているけど、そっちも半袖だから、俺の右上腕内側の手術痕が半分見えていた。
そして彼女はそのまま、俺の返事を待たずにハルとサキの後を追って行った。
うん、頼りにしてるよレイ。
そして俺も、タブレットを取り出しつつ3人の後を追った。
いつもお読み頂きありがとうございます。
いよいよ第一部最終章、開幕です。
次回更新は10日になります。




