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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【閑話集2】
182/185

〖閑話6〗第五幕:アイドルというもの

「貴女がアイドルを目の敵にするのって、羨ましいから、ですよね?」


 撮影中、目立たないようにタカギさんに近寄り、小声で話しかけてみる。


「……えっ?」

「私は貴女の事をよく知りませんけど、ずいぶん羨ましそうに見てるな、って思ったもので。もしかして、昔アイドル目指して頑張ってた経験があったりとか、そういうことなのかな、って」


 取材中、タカギさんからは羨望と嫉妬の感情がずっと漏れ出ていた。量的にはわずかだったが途切れなかった所を見ると、彼女がかつてアイドルを目指していて、でも何らかの理由で諦めるしかなかったのだろうと、そういう風に感じられた。

 それも、おそらくはまだ完全に諦め切れていないのだろう。だから自分が叶えられなかったアイドルという夢を手にした子たちに辛口の批評を加えて、敢えてこき下ろす事で自分を慰めているのだろう。


「……貴方に何が分かるって言うんですか」


 彼女は不機嫌さを隠そうともしない。

 図星を指したのは明らかだった。


「一昔前と違って、今は比較的誰でもアイドルになれる時代です。でも間口が広がったぶん、夢を見ては夢に破れる子もまた多くなったと思います。

それだけではなく、本当ならアイドルをやれる実力のないような子がアイドルをやっている事もある。それは残念ながら、紛れもない事実です。玉石混交とは言うけれど、今のアイドル業界に“石”が増えてきているのは間違いない」

「……」

「だから、貴女の気持ちも分からなくはありません。

あんな子がアイドルやれててなぜ私がダメなのか。私の方がもっと上手くやれるのに。そう考えているアイドル志望や元アイドルの女の子は、きっとたくさんいるでしょう。貴女に限らずね」


 グループアイドルという存在の登場により、女の子の抱く『アイドルになる夢』というものは、ずいぶんとハードルが低くなったと思う。それだけでなく、いわゆるご当地アイドルの存在や、動画環境の普及によるネットアイドルの登場。そうしたものを含めて、今は誰でも(・・・)アイドルになれる(・・・・・・・・)時代だ。

 だけど、10年前はそうじゃなかった。グループアイドルこそ隆盛を極めていたけどネットアイドルはまだまだ多くなく、アイドルになるにはオーディションを受けて事務所に拾ってもらうしかない時代だった。

 もしも本当にタカギさんに、アイドルを目指していた過去があるとすれば。おそらくはそういった、「アイドルの間口が広がりつつあり、でもまだハードルが高かった時代」だったんじゃなかろうか。


「だけど、たとえ自分が夢破れたからといって、他の子たちまで道連れにしようというのは、ちょっと違うと思いますよ?」


「だから貴方に、何が解るっていうのよ!?」

「分かりますよ。私だってアイドル業界に身を置くひとりですから。新人マネとはいえ、アイドルの何たるかぐらいは心得ています」


「……へえ、面白いわね。じゃあ聞かせてもらおうかしら」

「アイドルとは観る人に勇気と感動を与えるもの。人々を励まし、元気づけ、笑顔にする人のことです。

だから、そういう“職業”があるわけじゃ、ない」


 タカギさんがハッとする。


「……アイドルが、職業じゃない、ですって!?」

「舞台に立ちTVに出て、歌ったり踊ったりを仕事とする人だけがアイドルなんじゃない、って言ってるんですよ。要は心の持ちよう(・・・・・・)だと思うんです」


 まあ俺も、Muse!(彼女たち)と関わるようになって初めて気付いたことで、本当は大きな顔はできないけれども。

 人に勇気と感動を与えられるアイドルが自分の天職だと言い切ったレイの姿が、ファンの前ではいつだってアイドルとして振る舞い全力で手を抜かないリンの姿が、脳裏に蘇る。

 そして、今。


「マイは加入前からMuse!の大ファンでした。自分もいつかああなりたい、あんな風に人々に勇気と感動を与えられるようになりたいって、彼女はずっとそう願っていたそうです。

そんな彼女がMuse!に加入する事になったのは全くの偶然からで、その意味では彼女は幸運だったと思います。でも、彼女は加入前から“アイドル”だったからこそ、ウチの所長に認められてMuse!に加入できたんです」


 まあ本当は違うけど。

 でもウチの加入条件は特殊で例外だからなあ。


「加入前から、アイドル……。

じゃあ貴方は、私が勝手にアイドルを自称してもいいと言うの!?」

「いいんじゃないですか?ほら、ネットで動画配信する素人さんにだって“アイドル”は居ますから」


 再びタカギさんがハッとする。

 どうやら、言いたいことは伝わったみたいだ。


「で、でも、そんな事言われたって……私、もう30だし……」

「年齢、関係ないと思いますよ?そりゃ若い子が多いのは事実ですけど、ネットアイドルの中にはお婆ちゃんだって居ますから」

「だけど、私なんかが……」

「ウチの子たちにも言ってますけど、『私なんか』ってのは禁句です。まず自分が自分を信じてやらなくて、他に誰が信じてくれるって言うんですか」

「……!」

「まあ、そうは言っても社会人になると色々としがらみも増えますし、現実としてなかなか難しくなるとは思います。でも、だったらせめて、かつて同じ夢を目指した者として、“後輩”を応援してやることぐらいは出来るんじゃないですか?」


「……そうね。貴方の言う通りかも知れないわね」


 しばらく無言で考え込んでいたタカギさんは、ようやくそれだけ呟いた。

 かつての夢に溢れていた自分を、すっかり取り戻したようだった。


「ま、私から言えるのはその程度ですかね。私はアイドルではないから、あんまり無責任なことも言えませんし」

「いいえ、貴方は無責任ではないわ。——あの子たち、いいマネージャーを持っているのね。全く、羨ましいわ……」


 すっかり穏やかな顔になってタカギさんが言う。

 ちょうど、撮影も終わりに近づいていた。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「はい、オッケーでーす!

マイちゃんありがとー!可愛かったよ~!」


 カメラマンさんが満面の笑顔でOKサインを作る。撮影終了の合図だ。


「はい、ありがとうございました!」


 こちらも満開の笑顔で、マイが返す。

 緊張しいの彼女をここまで乗せるなんて、プロのカメラマンすげぇな。


「マイさんお疲れさまでした。取材は以上になります」

「はい!タカギさんも皆さんも、今日はありがとうございました!」


「マイさんお疲れさま。いい笑顔でしたよ」


 イベント出演を終えて戻ってきていたユウが、マイにねぎらいの言葉をかける。心配して様子を見に来てくれたのだろうけど、取り越し苦労になったことを喜んでいるように見えた。


「あっ、ユウさん、ありがとうございます!見に来て下さったんですね!」


…マイはさっきから、満面の笑みでお礼を言ってばっかりだね。


「いやいや、本当にいい笑顔でしたよ~。

これぞアイドル、って感じの!」


 タカギさんもマイに声をかける。

 いつの間にか、彼女もすっかりマイを応援する顔になってくれている。やっぱり、思い切って話してみて良かった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は30日、〖閑話6〗及び【閑話集2】は次回で完結となります。

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