〖閑話6〗第三幕:昼休みの一幕
「なかなか激しいレッスンでしたね~。いつもこんなに厳しいんですか?」
ダンスレッスンが一区切りついて休憩に入ったところで、すかさずタカギさんがマイに寄っていきインタビューを始める。
いや、せめてひと息入れた後にインタビューして欲しいんですけど。
あ、マイのやつ、何言われたか分かってなくてポカンとしてるな。
「マイ、タカギさんは『いつもこんなにハードなレッスンしてるのか』って聞いてるんだよ」
「……えっ?——あ、いえ、その。今日はまだ軽い方で、ハードだとか全然思ってなかったので……」
…だよねえ。曲選択こそ容赦ないけど、今日のレイはちょっと普段見ないぐらい優しく丁寧に教えてるし。「レイさんはスパルタ」って言われる普段の稽古からしてみれば、まあ全然よそ行きだよね。
「えっ今ので軽い方なんですか?じゃあ普段は?」
「はい、ダンスレッスンが終わる頃には立てなくなってることもあります。喋るなんてとんでもないです」
いや、そこは正直に言わなくていいから。“よそ行き”でいいから。
ほら、レイがめっちゃ何か言いたそうな顔になっちゃってるじゃんか。
(大丈夫、レイ落ち着いて。取材受けるための体力を残すために軽めにした、ってことにしとくから)
スッとレイに身を寄せて、小声でフォロー。
(マスター、私……もしかして普段から、厳しすぎるのかしら?)
(違う違う。少なくともマイはそんなこと思ってないから)
(ならいいのだけれど……。その、普段の私のレッスンが嫌がられてる訳ではない……のよね?)
まあマイはともかく、サキやアキが嫌がってる事もあるのは事実だけど、それはレイが知らなくていいことだ。
「わたしは歌もダンスもまだまだ全然なので、もっともっと教わりたいです。レイさんはそんなわたしにも、いつもきちんとできるまで教えて下さるので、本当に感謝しています」
レイをなだめてると、弾けるような笑顔でそんな事を言うマイの声が聞こえてきた。
マイ、とうとうレイすら照れさせるようになったか。腕を上げたな、お前。
タカギさんには結局、歌唱レッスンも全部見ていただいた。といってもこればかりはブースの外からで、マイはブースから一歩も出なかったので、本当にただ見ててもらっただけだった。
当然、途中のインタビューは一切なし。カメラを回すのこそOKしたものの、録音に関しては音源になってしまいかねないので、流出防止の意味合いもあって全部遠慮していただいた。
…まあ、マイが普段どれだけ頑張ってるか見てもらう、という意味では良かったんじゃないかな。タカギさんも厳しいけれど真面目な表情で真剣に見入っていたし。
というかこの人、もしかして……?
歌唱レッスンが終わる前にタカギさんに提案して昼休憩に入ってもらった。歌唱レッスンの終了直後にすぐ喋らせるのは喉に良くないから、と説明すると、意外なほどあっさりと了承された。
まあ、午後からの撮影プランの打ち合わせなんかもあるだろうし、タカギさんとしても録音のできない画をいくら撮ったところで使えない、とか思ってたんだろうね。
「……あれ?マスター、取材の皆さんはどうされたんですか?」
ブースから出てきて取材陣がいないことに気付いたマイが、不思議そうな顔をして聞いてきた。
「午後からの取材の打ち合わせもあるみたいだったから、早めに昼休憩行ってもらったよ。午後の取材は1時半から、って事になってるから」
「そうなんですか……分かりました」
そう言ってやると安堵の感情が漏れてくる。やっぱりまだ緊張してたんだな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
歌唱レッスンまで終わった時点でもう11時半だったので、昼食にしようと提案してパレスに戻った。巡回から一旦戻ってきているリンたちも含めて全員にバスルームで汗を流させて、それからダイニングに集合する。
今日は月曜日。平日の昼食は調理師さんご夫妻が用意してくれるのだけど、昔ながらの洋食屋を営んでおられるご夫妻には珍しく、今日は和食だった。
ああ、この味噌汁、なんか優しい味がするな。なめことお麩が浮いてて、いいダシが効いてる。
…ミオがなんか物足らないって顔してるね。あれ多分、粉物が食べたいとかって思ってるんじゃないかな?
ミオは焼きそばとかたこ焼きとか、粉物系が大好物だからなあ。もしかして関西出身だったりするのかね?
「で、どうなのよマイ。取材は順調?」
昼食を取りながら、リンがマイに水を向ける。
「えと、順調かどうかは分からないですけど。た、多分、大丈夫……ですよね?」
「まあ今のところは特に問題ないかな。レッスン風景とかも真剣に見入ってくれてたし」
「普段は人に見せないレッスン風景や、Muse!の人知れず頑張っているところ、そうした部分がこの取材でファンのみんなにも届くといいのだけれど」
「そうですね。今回の取材は動画を含めたネット記事になるそうですし、私もちょっと楽しみです♪」
「でも、あの記者さんって、確か……その~、アレだよね?」
「ハル、アレって?タカギ記者がどうかして?」
「え~っと。ほら、アレだよアレ!」
「芸能記事専門の女性記者でタカギと言えば……」
「……自他ともに認める辛口批評……アイドルと見ればぶった切る毒舌記者、です」
「あーっ!そうそう、それ!あ~、スッキリした!ハクちゃんありがとー!」
あ。ハルやミオ、ハクたちまで知ってたのか。
あちゃーこれやっぱり怒られるやつや。
「ええええっ!?わ、私、大丈夫でした!?」
そしてマイはサッパリ気付いていなかった。
…まあ気付いてたら絶対にガチガチになってレッスンどころじゃなくなってただろうし、そうなったら酷評間違い無しだっただろうね。
「ま、ぶっちゃけ、この取材を組んだマスターはなかなかの勇者だと思うぜオレはよ」
「下手をすればマイさんのみならず、Muse!全体の今後の人気自体にも影響を及ぼしかねませんからね。——そのあたり、もちろん考えてあるんですよね、マスター?」
サキが汚物を見るような目を俺に向けてくる。まあ気持ちは分からなくもないけどやめような?それ女の子が出していい殺気じゃないからな?
「ん~まあ、大丈夫じゃないか?ナユタさんにも同じこと言われて最初はちょっとヤバいかもって思ったけど、今のところは真剣に見入ってくれてるみたいだし。
まあ、何かあれば逐一フォローするから」
「って言いながら何スマホポチポチしてんのよマスター!ちゃんとマイの目を見てあげなさいよ!」
「ん、ちょっとタカギさんに関して調べ物をね」
「なんでそれをオファー前にやっとかねーんだよ、このクソザコマスターはよォ……」
ちげーよアキ。これは実際に本人の言動を見なきゃ気付なかったことだよ。
「ううう……、辛口……毒舌……」
「マイ。気にする気持ちは分からなくもないけど、そうやって萎縮したら余計につまんないミスに繋がるぞ?大丈夫、何があっても俺が守ってやるから、極力気にしないようにして普段通りに頑張りな。
そうすれば、タカギさんもきっとちゃんと分かってくれるって」
「うう……はい、分かりました……」
「マイの悪い虫がまた出て来たわね……」
「マイさん、緊張すると本来の実力の半分も出ませんからね……」
「だ、だって……!」
レイとユウ、そういう事はマイ本人の前で口に出すんじゃねぇよ!
「緊張するのが良くないって言うんだったら、今日のお茶は分かってるよねユウ?」
「ふふ。はい、ちゃあんと考えてありますからご心配なく」
そう言って微笑ったユウが食後に淹れたお茶は、リラックス効果と精神安定作用のあるハーブティーだった。それを飲んで、マイもだいぶ気分を落ち着かせたようだった。
だったら、お昼からの取材予定はまだ伝えない方がいいかもな。今伝えたら、また緊張しちゃうだろうしな。
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次回更新は20日です。




