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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【はじまりの1週間】
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第七幕:青灰色の悲しみ(2)

 レッスン場からパレスへ戻り、全員揃っての夕食も終えて、事務所でマネージャー業務の確認とかタブレットに入ってる情報の確認とかなんやかんやとこなしていると、気付けば21時近くになっていた。

 ちょっと休憩しようと、煙草でも吸おうと思って中庭に出た。


 通らないと思っていた喫煙所の要望は、中庭の隅に喫煙スペースという形で実現していた。と言っても、庇の下にベンチと灰皿を置いただけだったけど。


『本来ならきちんと分煙スペースを設けるべきだがね、君ひとりのためにそこまで予算はかけられないと却下された』


 と所長は言っていた。

 まあそりゃそうだよな、喫煙者は事務所で俺だけだし。それに、ある程度の予算がかかるから通らないだろうと思ってたわけだし。


「ん?あそこにいるのは……レイかな?」


 ふと気付くと、中庭にレイが立っていた。

 喫煙スペースとはちょうど対角線の位置。木が植えてあって芝生が敷いてありベンチが置いてあって、いつもハルがひなたぼっこしている所だ。

 ちょうど彼女は背を向けていて、だから俺には気付いていないようだ。


「こんな遅い時間に、どうしたんだ?」


 近付いて声をかけると、少し驚いた様子でバッと振り返り、そして気まずそうな感情を漏らす。


「……あらマスター。こんばんは」

「珍しいね。もう寝る時間だろ?」


 タブレットの中のパーソナルデータによれば、レイは毎日のタイムスケジュールをルーティン化していて、この時間は本来もう寝ているはずだ。


「…………ええ。でも何だか、寝付けなくて」


 そんな彼女が寝られない……となると、やっぱりあのことか。


「あのさ、マイのことだけど」

「……貴方の言いたいことは分かっているわ。自分でも、エゴだと解っているもの」


 自分でも何故声をかけられたのか察していたようで、彼女は自分からその話題に触れてきた。

 そう。マイにバカにしているのかと言い放ったあの時、レイはひどく悲しんでいた。


 それが、どうしても気になっていたから声をかけたのだ。食事中とか、みんなの前ではなかなか話しづらいだろうと思っていたから、ふたりきりで話が聞ける今がチャンスだと思った。


「……悲しかった、んだよな?」

「……!」

「大好きなアイドル活動を、そのための努力を迷惑(・・)かけてる(・・・・)って言われたから?」


 そして今そう言われた彼女は、またあの時の暗く沈んだ青灰色の“悲しみ”を再び出し始めている。それとともに、“誇り”と“喜び”と“やるせなさ”も。


「……お見通し、なのね」

「うん、まあ。俺、人の感情が視えちゃうからさ」


 だからレイがどれほどアイドルが好きなのかも、どれだけアイドルに真剣に向きあっているかも、全部視えてる。


「所長やナユタの言っていた、特殊能力ね?」

「自分では特殊とは思ってないけどね。でも、普通の人には視えない(・・・・)みたいだしな」


 少し逡巡した様子の彼女を、促してベンチに座らせた。

 そうして、レイは少しずつ語り出した。


「私はfiguraになって、それまで持っていたはずの記憶も感情も全て失ったわ。なんにも()くなって、カラッポになったの。

感情が少しずつ戻っていくにつれ、私は途方に暮れたわ。自分が真っ白になってしまったから。何をしていいか、何が出来るのか。何も解らなくて、不安でたまらなくて壊れそうだった」


 ああ、やっぱレイも記憶と感情を失くして自分を見失ったことがあるんだな。あの、霊核(コア)を埋め込まれた直後のマイみたいに。


「でも所長にアイドルをやれと言われて、その素晴らしさにすぐ虜になったわ。アイドルは人に勇気と感動を与えられる、自分の力でそれを生み出せる。それはとっても素晴らしいことなの。

きっとこれは私の天職なんだって、そう確信したわ」


 なるほどな。そういう風に考えてたのか。


「それからはひたすら夢中になって頑張ったわ。少しずつファンも増えて、歌も売れるようになって、仲間も増えて、本当に毎日が充実していたし手応えも感じていたわ。

貴方も見にきてくれていた1周年記念ライブ、あれは特に素晴らしかった。貴方も見ていたから解るでしょう?」

「もちろん。そしてマイもちゃんと解っているよ」


 その言葉に、レイが怪訝な顔をする。


「……どうして、そう言い切れるのかしら?」

「だって、あの子もあの場にいたからさ」

「……!」


 マイとの出会いの話をレイに語って聞かせる。それからfiguraになったこと、そして今までのこと。


「…………そう、だったの。

あの子も、私達のファンでいてくれてたのね……」


 レイの顔に笑みが浮かぶ。

 ふわりと喜びの感情が溢れてくる。


「自分が大好きだったMuse!の一員になれたのは、マイにとって何よりも嬉しいことのはずだと思うんだ。だから彼女はきっと、早くみんなに追いつきたくて焦ってるだけなんじゃないかな。

自分が今までもらっていた感動を、少しでも早くファンのみんなに分けてあげたいって、気が急いてるんだと思うよ?」

「そう、なのかしら……」

「まあ、今はマイは記憶を全部無くしてしまっているから憶えてないだろうけどね。でも、レイの想いはマイの心の中にきっと伝わってるはずだよ。今はまだ思い出せない、ってだけでさ」


 記憶も感情も失ってしまったはずの彼女たちは、だがそれぞれ趣味嗜好も好き嫌いも個々人で固有のものを持っている。リンのスイーツ好きとかチャラ男嫌いとか、サキの怖いもの苦手だとか。

 その違い、個性はどこから来るのか。そんなの、どう考えたって元から(・・・)持っていた(・・・・・)としか思えない。つまり記憶は完全に失われたわけではなく、どこかに封印された(・・・・・)だけ(・・)なのではないか。

 だとしたら、レイのアイドルへの姿勢やこだわりもまた元から持っていたもの、つまり彼女は生前からアイドルだった可能性がある。


 そして、俺はマイが生前にMuse!の大ファンだったことを直接見ている。だから、彼女が新米アイドルとして頑張る姿は生前の嗜好そのままだと思っている。

 そんな彼女がレッスンにおいて先輩に迷惑をかけていると思っているのなら、それは一刻も早くみんなのレベルに並びたい、肩を並べて足を引っ張らなくやれるようになりたいと考えている、ということになる。


「彼女は歌声もいいし運動神経も決して悪くない。アイドルの素質は充分持っていると感じるわ。そして私は彼女の、マイのことをもうMuse!の一員だと、仲間だと思ってる。

でも彼女はきっと、そうは思っていないと思うの」


 あー、なるほど、そういうことか。


「私の見る限り、今のマイは『努力すること』『迷惑をかけないこと』が目的になっていて、その先が見えていない。本当の意味でまだアイドルを(・・・・・)目指し(・・・)ていない(・・・・)し、その自覚もない。だから私たちを仲間だと思ってくれていないんだって、そう感じたの。

だからとても悲しかったわ。でも、そうではなかったのだとしたら、それはとても嬉しいことだわ」

「そうだね。きっとマイも、感情を取り戻してすぐの頃のレイと同じように不安でいっぱいなんじゃないかな。それで必死になって、焦ってる面もあると思う」


 俺だってマイのことを、それほど詳しく知っているわけではない。だけど生前の彼女は少なくとも、前向きで明るく、そして素直な性格だった。そしてあの死の間際の感情、なんにも(・・・・)なれないまま(・・・・・・)死ぬ(・・)ことへの恐怖。あれを考えれば、彼女は自分がこの世に生きた証を求めていたように思う。

 Muse!の一員となって名を上げることは彼女の望みとも合致しているはずだ。まだ右も左も分かってないだろうに、それでも文句のひとつも言わずに倒れるまでレッスンに打ち込んでいた事からも、その印象が強くなる。きっとまだ戸惑いの方が強いだろうに、マイの感情からはそれをほとんど感じなかった。


 まあ彼女は俺がホスピタルに缶詰されてた頃から地上に戻ってレッスン漬けだったみたいだし、戸惑う時期はもう過ぎているだけかも知れないけど、自分が何者かも分からない中、自分を(・・・)見知って(・・・・)接して(・・・)くれる(・・・)レイたちを仲間と感じていないなんて、そんな事はないはずだ。むしろ仲間に見捨てられないように必死で焦っている、早くみんなに仲間だと(・・・・)認め(・・)()もらいたい(・・・・・)、そういう風に考えている。


「多分あの子は、自分のほうが仲間だと思われてないって、レイたちに仲間だと認めて受け入れてもらいたいって、そう思ってる気がするよ。だからレイもさ、少し長い目でマイを見ててやって欲しい。そして、彼女がMuse!(君たち)の中に居場所を得て、心の底から安心して輝けるように、手助けしてもらえれば有り難いんだけど」


「ええ。ええ!勿論よマスター!

私が彼女に対して出来ることがあるなら何でもさせてもらうわ!」

「うん、ありがとうレイ」


 レイの全身を覆っていた青灰色の感情は、いつしかすっかり消え去っていた。


「ふふ。気持ちがスッキリしたら何だか眠くなってきたわ。今日はこれで失礼するわね」

「うん。おやすみ」

「おやすみマスター。また明日」


 晴れやかな顔で部屋に戻っていくレイを見送ってから、お預けになっていたままの煙草に火を付ける。数時間ぶりの煙草が全身に染み渡るようだったのは、きっとニコチンを補給できたせいだけではないだろう。


 結局今日は、曇り空のままで雨は落ちては来なかった。






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