〖閑話6〗第一幕:マイの1日密着取材(1)
「みっちゃくしゅざい、ですか……?」
「そうだ。新メンバーである君を、Muse!のファンにもっと売り込んでいくための企画と聞いている」
昼前、事務所に呼び出されたマイが、不思議そうな顔で所長から説明を受けている。
「聞いている……ですか?」
「この企画の立案者は私ではないよ。桝田君だ」
「ええっ、マスターが!?」
マイが驚きの感情を全身から発散させつつ、隣に立ってる俺を振り返った。
まあ、一切何の説明もしなかったから驚くのも無理はない。サプライズというか、昨日思い付いて練り込みもせずにすぐ所長に話したから、教える暇もなかったんだけど。
でもまさか、昨日の今日でもうゴーサインが出るとはね。
「マイも正式加入してお披露目ライブも済ませたとはいえ、まだまだファンにもファン以外にも浸透してないと思うんだよな。だから、せっかくアイドル活動を再開するんだし、マイっていう個人をもっとしっかりファンに知ってもらおう……って企画なんだけど」
「え、ええと……そのぉ……」
「なに、嫌なの?」
「い、いえ、嫌ではない……ですけど。その、わたしなんかでいいんでしょうか……?
密着取材なら、レイさんやリンさんの方が……」
「お前の売り込みだ、って言ってんだろ」
「はうぅ……!」
ホントもう、引っ込み思案で自分に自信がないのは相変わらずだな、この子は。
「そういえば、アタシも前に雑誌の企画で似たような事やったことあるわよ」
「ありましたね。懐かしいですね♪」
同席しているリンとユウが、昔を思い出すような顔をして言った。
へー。やっぱみんな似たような経験してるんだ。
…あー、あったなあ。よく憶えてる。実家に雑誌とかグッズとか全部残ってるはずだけど。
いや取りに行けねえからな?
「そうなんですか?じゃあレイさんも……?」
「私のことはどうでもいいの。今回の主役は貴女であって私じゃないわ。——今回も、と言った方がいいかしら?」
やはり同席しているレイがにこやかな顔で突き放すようなことを言う。まあ、お披露目ライブから続いてマイが主役だってのはその通りだよね。
「うぅ……。で、でも、密着取材っていうのは……その……ちょっと恥ずかしいというか……」
「ま、恨むんなら、企画立案者のマスターを恨みなさい♪」
「そ、そんな、恨むだなんて!わたしのためを思って企画してくれたんですから……!」
「なら大丈夫よね?何事も経験ってヤツよ。しっかりやんなさい!」
…マイってば、いいようにリンに丸め込まれてるよね?
「取材中でもMUSEとしての任務が最優先事項であることに変わりはない。有事には必ず指示を仰ぐように。マイも、マスターも、その点しっかり頼むぞ」
「もちろんです」
「わ、分かりました……」
「では話は以上だ。ナユタにスケジュール調整を指示しているから、具体的にまとまれば追って知らせる。ひとまずそれを待つように」
言うだけ言って、所長は所長室に引っ込んでしまった。なるほど、ナユタさんの姿が見えないのは早速動いてくれてるからか。
「まあ色々と大変だろうとは思うけど、責任持って最大限サポートするからさ。頑張ろうぜマイ」
「は、はい!一生懸命、頑張ります……」
うん、いい返事。
だけど最後が尻すぼみなのがちょっとマイナスだなあ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふふ。企画してみたらいかがですかってちょっと話しただけなのに、すぐにこんなアイデアが出てくるなんて。桝田さん、プロデューサーの才能もあるんじゃないですか?」
「いや、どうですかね?自分じゃよく分かりませんけど」
夜。外回りから帰ってきたナユタさんと事務所で打ち合わせ。もう夜の7時を回ってるから、早く切り上げて帰さないと。
本当、思いつきで残業までさせちゃって申し訳ない。
「構いませんよ。どのみちマイちゃんは優先的にプッシュする予定だったので、桝田さんの企画はちょうどいいタイミングだったんです」
「あ、そうなんですか」
「はい。レイちゃんやリンちゃんも同じような企画を経験していますし、そうしたことの積み重ねを経て、Muse!全体が今の人気と知名度を獲得してきたわけですし。
今回のこの企画で、マイちゃんだけでなくMuse!というグループ自体も、よりファンの皆さんに浸透すると思います」
「だったら、まあ、企画した甲斐もあるってことですかね」
「はい!」
くうう、相変わらずナユタさんの笑顔が眩しい!
「ただ、今回の取材を受けてくれそうな知り合いの記者さんを何人か当たってみたんですけど、すぐに取材に入れそうな方がいらっしゃらなくて……」
少し申し訳なさそうにナユタさんが言う。彼女が見つけきれないなんて、よっぽど誰も手が空いてないのかな。
「だったら、俺の方でも探してみましょうかね」
「そうですね、お願いできますか」
「じゃ、とりあえず今日のところはここまでにしましょうか。もう上がれるんなら、俺送っていきますよ」
「いいんですか?ふふ、嬉しいです!」
いやいや、パレスを出るまでは仕事モード忘れないで下さいよナユタさん。
みんなにバレたら色々面倒くさいですからね。
帰り支度をしてもらって、ユウとリンに後のことを頼んでパレスを出る。わざわざ送っていくのは、ナユタさんの残業時間短縮のために帰りの車内で報告と打ち合わせの続きをしたいから、ということで誤魔化しておいた。
「桝田さん、車お好きなんですね」
動き出した愛車の助手席から、ナユタさんがそんなことを聞いてくる。水平対向エンジンの音色と振動を気に入ってもらえたのなら嬉しいが。
「ミッション車を運転できる男性ってカッコいいと思います。特に私は免許を持ってませんから」
「まあ子供の頃から車は好きでしたね。免許取った時も、オートマ限定にするつもりはさらさらなかったですしね。
高校の頃から卒業してすぐ免許取ろうって決めてたんで、バイトして金貯めて、卒業前からこっそり車校に通って、GW前までには免許も車も確保してましたね」
「……昔から、真面目で律儀だったんですね」
「律儀かどうかは知りませんけど、教習所の費用を親に出してもらうつもりはなかったですね。まあ車はさすがに買ってもらいましたけど。——あ、この車足まわりを少しいじってあるんで振動とか割と強めだと思うんですが、そのあたり大丈夫です?」
「大丈夫ですよ。不快な感じはしないです」
「なら良かった」
昔話に花が咲くと、ついつい話し込みたくなるよね。
「少し、ドライブします?」
「いいんですか?えへへ、嬉しいなあ」
パレスを離れて完全にオフモードになってるせいか、ナユタさんの可愛さが3割増しぐらいになってる気がする。あんまりアメばかりあげてたら歯止めが利かなくなりそうだ。
彼女だけでなく、俺も。
帰宅ルートを外れ、環状線を目指す。
この時間帯だとどこに行っても混むんだけど、まあ飛ばすのが目的ではないから、渋滞にさえハマらなければいいや。
「悠さんのこと、もっとたくさん知りたいです」
おずおずと、彼女が言う。
「まあ、おいおいね。お互い、少しずつ知っていけばいいと思います」
「ふふ。そうですね」
彼女が微笑む。
幸せの感情がダダ漏れですよ?
あてどもなく車を走らせながら、取り留めもない話に花を咲かせる。小一時間ばかり走ってから、彼女をマンションまで送り届けた。
戦いの中の、ひと時の幸せ。
これで俺もまた、もうひと頑張り出来そうだ。
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次回更新は10日です。




