〖閑話5〗第一幕:女神たちの水着(1)
カットする予定だった水着の話を結局追加して、閑話集ということにしました。figuraたちに水着着せるだけの話と、その後に予告していたマイの密着取材の話になります。多分、全部合わせても10話前後になるかと思います。
「いらっしゃい。君が来るのは久しぶりだね」
ファクトリーに来訪を伝えて出てきたのは、丸顔で小太りの、年齢不詳の白衣姿の男性。オールナイトダンスの衣装受け取りに来たときもこの人だったなそう言えば。
白衣の胸に付いている名札には、主任の文字の下に『銅』の一文字だけが書いてある。「どう」さん……かな?珍しい名字だな。
「僕の名前は『あかがね』って読むんだ。銅ジン。よろしくな」
「あー、なるほど。そうなんですね」
…ナユタさんが白銀で、この人が銅。ってことは……?
「顔見れば何考えるかだいたい分かるけど、鉄もちゃんといるよ」
「あ、やっぱりいるんですね」
--じゃ、あとは黄金と青銅が揃えば。
人様の名前で遊ぶのはやめなさい。
「所長からMuse!の新しいドレスが出来てるって聞いてきたんですが」
「うん、出来てるよ。……ドレス、かどうかはまあさておくとしても」
なんか持って回った言い方したな。ドレスじゃないのか?
「ということで、はいこれ」
例によってUSBメモリを渡してくる。
まあ戦闘でも使える戦闘衣装のはずだし、データとしてはそうなるよね。
「まあ、まずは確認してみて」
言われるままにタブレットに接続する。そしてデータを開いてみると……
「……は?水着?」
「うんそう。やっぱ夏と言えば水着だよね!」
…あー、『ドレスかどうか』ってそういうことね。
「25日には完成してたんだけどさ、君ら特殊ミッションの真っ最中だったろ?だから司令にひと段落ついたら受け取りに寄越してって伝えておいたんだよね。
あの子たちそれぞれ体型も性格もバラバラだからさあ、アイドルとしてどういうデザインにするのが一番映えるか悩んじゃってさあ。最近は人気も知名度も上がってきてるみたいだし下手なもの作れないな、って思うとそこはかとなくプレッシャーというか責任感がね……」
いやよく喋るなおい。こないだは全然そんな雰囲気なかったのに。
--得意気に喋ってる顔がキモい。
…ハルカさあ、聞こえてないからってハッキリ言い過ぎ。
「ま、まあ、とりあえずもらって行きますけど。これ、実物ないんですか?」
「実物はもうロールアウト直後に白銀主任が持ってったよ。僕もう少し眺めてたかったんだけどね」
--ああムリ。マジでキモい。
「そうですか。じゃ、これで」
ハルカが拒絶反応し出したからさっさとファクトリーを出ようとする。でもドレス関連で3回来訪して2回この人が出てきたってことは、多分この人開発チームのひとりなんだろうな。
…名札には『主任』ってあるね。
よし、あの子たちにはこの人のこと、っていうか開発チームのこと黙っとこう。余計な波風は立てない方がいい。
「あー、待って。もうひとつあるんだ」
「……は?」
渋々足を止めて、彼が差し出す紙袋を受け取る。中に入っていたのは俺用のアンダーウェアだった。
そういや、所長に追加を頼んだんだっけ。
「君の要望通り半袖の白と黒、それに長袖のほうも白を新たに準備したよ。それぞれ5枚ずつ入ってるから」
…いや多くない!?
「一年通して着てもらうわけだし、このくらいは必要かなと思って。ある程度使ってくたびれてきたら司令にでも言っといてくれれば、追加で製造するからさ」
「はあ、ありがとうございます。ありがたく使わせてもらいます。んじゃ、今度こそ失礼します」
お礼もそこそこに、今度こそそそくさとファクトリーを後にした。
何度も呼び止められてハルカの怒りゲージが順調に溜まりつつあるから、溜まりきらないうちにさっさと退散するに限る。
パンデモニウムの攻略がひと段落したということで、Muse!も明日からアイドル活動を再開することになった。休業は特に発表されてはいなかったけど、突然レギュラー番組や特番から姿を消して巡回も止まっていて、そこからもう1週間ほど経っている。熱心なファンの中には目ざとく休業を察知する人もいたようで、それでネット上では少しばかり噂になりつつもあった。
ただまあ、所長の話だとMUSEの活動を優先することによるアイドル休業はこれが初めてではないらしく、業界内では特に何も騒がれてはいないとのこと。今回は予想より早くパンデモニウム攻略が行き詰まったせいもあり、業界における影響も最小限で済むだろう、という話だった。
というか、1周年記念ライブ以降の状況がそれまでと違って忙しすぎただけ、ということらしい。つまり、あの1周年記念ライブはそれだけ大きな話題になって注目を集めたということだ。
ただ、それでも新衣装で水着を出してくるってことは夏特番やる気満々じゃねえか、っていうね。休業明けの目玉にするつもりだったとしか思えない。まあもう7月末だし、どちらかと言えば水着は準備するのが少し遅いぐらいではあるんだけど。
「戻りました」
「あ、桝田さんお帰りなさい」
うっ。ナユタさんの笑顔がなんか眩しい。
「ファクトリーで新しい衣装のデータを受け取って来ました。……その、水着だったんですけど」
「そうなんですよ。初めての水着コスチュームなので、おそらく皆さん大喜びされると思います。どれも可愛いですし」
…いや、若干1名、ものすごいマニアックな水着仕立てられてた子がいたんだけど。
「今のタイミングで水着出してくるってことは、なんか特番企画でもやるつもりなんですかね?」
「さあ、どうなんでしょうか。私は今のところ、特に何も聞いてませんけれど」
「え、まさかアイドル業務とは無関係なんですか?だってあの子たち、のんびり海水浴とかできないでしょ?」
「まあ、そうですね。彼女たちは東京を離れられませんからね……」
いやまあ所長やファクトリーがどういう計画の元に戦闘衣装の製作計画立ててるのかとか、聞いてないし知らんけどさ!
「ですが、あらかじめ用意しておけば水着グラビアの仕事なども受けられますから」
「あーまあ、それは確かに」
「せっかくですから、水着を使うような企画を桝田さんが立案してみてはいかがです?」
「えっ?いや、ド素人がいきなりそんなの無理でしょ」
「企画と言っても、全部事細かく決めなくても構いませんよ。最初のうちはアイデアを出すだけでもいいですし、それが通れば所長が手配してなんらかの形になると思います。形になれば桝田さんの業績としてカウントもされますよ」
「マジすか」
「はい。私もいくつかアイデアを出して採用してもらった事がありましたし、桝田さんもチャレンジしてみては?」
んーじゃあ、何か考えてみるかなあ。
「あ、ところで実物はナユタさんが預かってるって聞いたんですが」
「はい、預かっていますよ。皆さんに早速着てもらいますか?」
「そうですね、せっかく仕上がってるんだし、みんなに渡しておきましょうか」
というわけで、まずは彼女たちに水着の試着をしてもらうことにしよう。
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次回更新は20日です。




