第二十五幕:告白への返答
「あっあの、桝田さん!」
司令官室を退去して上へ戻るエレベーターに向かっていると、ナユタさんが後を追ってきた。
何だかずいぶん焦っているけど、なんの用事だろう。なんか修羅場になる予感しかしない。
修羅場っていうか……愁嘆場?
--どっちも違うわよ!失礼ね!
「あ、あの、先日は……その、本当にごめんなさい。
私、つい勢いであんな事してしまって……。パンデモニウム進攻の直前だったのに、お心を乱してしまって申し訳ありませんでした」
申し訳なさそうに深々と頭を下げてくるナユタさん。
やっぱりその話だったか。でも、こんな廊下で今そんな話されてもなあ。
「えーと。とりあえず、こんな所でそういう話するのもアレなんで、カウンセリングルームでも行きますか」
「あっ……そ、そうですね……」
さっきまで焦りが多めだった彼女の感情が、いっぺんに照れと恥ずかしさで埋め尽くされる。いや照れられるとこっちまで思い出しちゃうんだけどな。
なんとなく話しづらくて、ふたりとも無言のままカウンセリングルームに向かった。あの部屋なら鍵もかかるし防音も完璧だから、聞かれたくない話をするのにうってつけだ。それに普段は基本的に誰も使わないから、今誰かが使っているおそれもない。
「ええと、告白の話、ですよね」
カウンセリングルームに入って施錠してから、ナユタさんを促して椅子に座らせる。その上で話を切り出した。
「はい……。その、完全に勢いでやっちゃったと言いますか……気付いてしまったからには言わずにおれなかったと言いますか……」
あ、告白自体を『無かったこと』にするつもりはないのか。
「まあ、その。なんだ。——ナユタさんの気持ちは嬉しかったですよ。一応」
そう言うと、彼女からパッと喜びの感情が咲く。
「でも、悪いけど受け入れる事はできません。
気持ちは有り難く受け止めますが、それ以上応えることはできないです」
今度は一瞬で感情が緊張と寂しさに染まる。出てくるのが失望とか悲しみじゃないってことは、頭ではきちんと理解している、って事だな。
それでも、心なしかしょんぼりしているのが見て取れる。ただそれは、感情が視えるのでもなければ気付けないほどの、ごくわずかな変化でしかなかった。
「……はい。重々承知しています」
「解っていると思いますけど、俺はいつ死んでもおかしくない立場です。もちろん死ぬつもりなんてありませんが、それでも事あるごとに貴女を心配させたり、悲しませたりすることになるはずです。
俺としても、それは心苦しい」
彼女は黙って聞いている。
「それでなくとも、俺は今現在すでに一般社会から『抹消』された存在です。オルクス発生の現場に居合わせた証拠の隠滅と、感情をコントロールする特殊能力を持つ人間を『マスター』に仕立てるためとはいえ、『抹消』された事実は変わりません。言わば社会的には『死人』なわけで、その意味でfiguraたちと同じだと言っていい」
そう。俺もfiguraたちも、一度死んでいる人間なのだ。
「だから俺と貴女が仮に付き合ったとしても、貴女はそれをご両親にも、友人たちにも、誰にも話すことができません。もちろん、結婚することもできません」
彼女の肩がわずかに震えるのが判った。
「……まあ、『抹消』されて『マスター』にならなければ俺が貴女と出会うことも、こうして好意を向けてもらうことも無かったわけだから、その点も貴女にとっては不運だったと思います。
そういう意味で、俺も必要以上に貴女に優しくすべきではなかった。もっと自分の置かれた立場を正確に認識して、気を使うべきだった。それについては申し訳なく思っています。
でもこの先は、どう頑張っても、どう考えても、最終的に貴女を悲しませる結果にしかならないんです。
だから、貴女とは、付き合えません」
「そう、ですよね……」
解ってはいたことだけれど、改めて突きつけられると、やはり辛い。
彼女がそう感じているのがよく判る。
「あの後、一晩考えて、新宿入りしてからもパンデモニウム突入の直前になるまでほとんど上の空になるほど考えて、考え抜いた末の結論です。
悪いけどこれは、覆りません」
「お心を煩わせてごめんなさい。
そして、ありがとうございます」
彼女の心が虚無に染まりかけているのが判る。
いや、これはもう少し補足しとく必要がありそうだな。
「……とまあ、そこまで言っておいてまた心をかき乱すような事を言うのもどうかと思うんですけど、実のところ俺も、付き合うならナユタさんしかいないと思っているんです」
「……えっ?」
「figuraの子たちは皆、すでに命を落とした少女たちです。オルクスとの戦いが終われば、いや終わらなくても『霊核』を抜いてしまえば、彼女たちは存在が消滅する。
それにあの子たちの中から俺が誰かひとりを選んでしまうと、他の子たちと俺との連携やコミュニケーションに齟齬をきたす恐れがあります。マスターとしてもマネージャーとしても、それだけは絶対に避けなければならないと思っています」
「……」
「芸能界の他の関係者や、パレスとも魔防隊とも無関係なただの一般人と恋愛することも、俺はもうできません。俺らの秘密を共有出来ない人と親密になるわけにはいきませんから。
もちろん、その他の魔防隊関係者は論外です。女性も何人か会って知ってはいますけど、俺はあの人たちにとっては駒でなくてはならないから、必要以上に親密になるわけにはいかないと思っています」
正直、魔防隊の中での俺自身の立ち位置というものはあまり正確には把握できていない。所長——涅司令がどのように周知してどう位置づけているのか聞かされていないからだ。おそらくだけど、秘密兵器的に隠されているんじゃないだろうかとすら思ってる。
だとしたら、下手にイレギュラーな動きをするわけにはいかない。
「そのあたりを踏まえた上で、秘密を共有出来てある程度一緒にいられて、その上さらに親密でいられるのは貴女だけでした。そして実際に親密になったわけで」
彼女は無言のままだった。
だが、じわじわとにじみ出てくる喜びの感情は抑えきれていなかった。
「俺は、いや俺も、貴女のことを大切に思っています。でも大切だからこそ、付き合う訳にはいかない。
俺自身の秘密のこともあるし、今話した理由もあるし。だから俺は、今のままが一番有り難い」
実際、この人がいてくれたことでどれほど精神的に助けられてきたことか。保護者的に接しないといけないfiguraたちとは異なるスタンスで、つまり大人同士として接することができるという意味で、息抜きになっていたのは間違いない。
「俺自身のあの秘密を貴女に隠していたのも、貴女に恐れられるのが、人間扱いされなくなるのが怖かったからです。だから貴女が、俺の秘密を聞いてもなお俺を人間として認めて告白してくれたのは本当に嬉しかった。——でも、それ以上はお互い踏み込むべきではないと思います」
だからこそ、俺とこの人との関係性には相応の節度が求められるはず。そうでなければ、もう何でもアリになってしまう。
「…………お気持ち、よく分かりました。
とても嬉しいです。私も、それがいいと思います」
やがて、そう言って顔を上げた彼女は、とても晴れやかな笑顔になっていた。
その顔を見られたのは、俺としても本当に嬉しかった。
「でもそれはそれとして、せめて貴女の気持ちは満足させてあげたい。だから、ちょっと立ち上がって目を瞑って下さい」
「えっ……はい……」
言われるままに彼女は立ち上がり、目を閉じる。
溢れ出るドキドキがこっちにまで伝わってくる。
彼女の前に立って、そっとその身体を抱きしめた。
一度だけ、華奢な身体がビクッと震える。そしてすぐに照れが吹き出して、そこから喜びに塗り変わる。
「瞬さん……。
今だけは……瞬さん、って呼ばせて下さい……」
彼女の両腕が背中に伸びてきた。
その手にギュッと力がこもる。
そっと、髪を撫でてやった。
彼女が顔を上げて、潤んだ瞳で俺を見上げる。
その瞳を閉じさせて、静かに唇を重ねた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は1回休んで、15日の予定です。
ここまでで【新宿伏魔殿-パンデモニウム-突入】の章を完結と致します。前夜から数えてわずか5日間の話ですが、めっちゃ長くなってしまいました(汗)。
次章は閑話的に、マイのアイドル活動の話を。題して【マイの1日密着取材】です。10話に満たない短いお話になる予定です。
その後はいよいよ浄化ライブで、これが最終章になる予定です。話自体はまだまだ続くんですが、渋谷編の完結をもって一旦作品自体も完結とする予定でいます。
浄化ライブの章も20話程度の少し長めの話になる予定なので、作品完結まではまだしばらくかかりますが、どうか最後までお付き合い頂けますと幸いです。
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