第二十四幕:浄化ライブ
パンデモニウム攻略から無事に帰還したあと、その日はそのまま全員メディカルチェックと精密検査を受けた。幸い、誰ひとりとして記憶の喪失や感情の減退は見られず、その日の夕方には全員が解放されてパレスに戻ることができた。
ただ白羽ちゃん、あの子だけは記憶の喪失が見られるため、時間をかけた詳細な検査とその経過観察も込みで入院することになったそうだ。マイはちゃんとお別れを言えないままになってしまったことをひどく残念がっていたが、これはもう仕方ない。オルクス被害の生存者は外界と隔離して、基本的には亡くなるまで政府の秘密施設に収容されることになっているから。
でも、検査入院の期間中ならお見舞いとか行けるんじゃないかな。折りを見て所長に聞いてみるとしよう。
翌27日は完全オフということになり、俺を含めて全員がゆっくりと休養を取ることができた。
そしてさらに翌日。今日、28日。
俺だけが朝から司令官室に呼ばれていたりする。
「先日のパンデモニウム攻略、ご苦労だった」
「本当にお疲れさまでした、マスター」
「現在、魔防隊の特任調査チームがパンデモニウム内部の安全確保、今後の進攻ルートの調査、および通信環境の確保にあたっている」
え、あそこに一般の調査員たちが入ってるの!?大丈夫なのか、それ!?
「……君が危惧するのは解らんでもないがな。だが特任チームとはすなわち、MUSEの先払いとしての使い捨ての駒だ。これは彼らも理解と覚悟の上でやっていることだ。どうか彼らの意も汲んでやって欲しい」
「そう言われても、超常の力を持っていなければ対抗出来ないオルクスの巣窟に、その力の無い一般人を送り込むというのは、ちょっと……」
ただでさえリーパーという縄張りの主がいなくなってるんだし、棲家を求めてオルクスが大量に入り込んできてもおかしくない状況だ。まあ、あいつらが棲家を必要とするような真っ当な生き物かどうかはさておくけれど。
「なに、彼らも魔術師の端くれだ。それに彼らには戦闘行為を行わせることもない。彼らの任務は、言わば隠密の諜報活動のようなものだ。万が一オルクスと遭遇すれば全員直ちに活動を中断して『新宿』から退去するよう厳命が下っている。心配は無用だ」
…そっか。それならまあ、何とか……
けど、それでも未帰還率40%超過って話があっただろ。やっぱ無謀だと思うけどな。
「ただ、おそらく、あの扉の『鍵』を探し出さない限り、あの先に進むことはできないだろう。特任チームにはその捜索も任務に加えてあるが、正直、いつ見つかるかは何とも言えん」
鍵、ねえ。
--アレはボクたちにはムリだよ。
どっかにあるはずだから、探さないと。
「調査が終わるまで、少なくとも調査報告書が上がってくるまでは、君たちは待機するしかない。その間は今まで通りにアイドル活動を再開、および渋谷の巡回業務を続けてもらうことになる」
「まあ、そうですよね。では今日から?」
「今日は……figuraたちの体調次第だな。ミオあたりは暇を持て余して巡回に行きたがるだろうが、消耗の激しかったサキやマイたちはまだ休ませた方がいいかも知れんな」
「じゃあ、今日のところは全員待機で、出現報告があればメンバーを選抜してパレスから出撃、ということにしてやってもらえませんか」
あれだけの大物と戦って、しかも取り逃がしたんだ。正直、精神的には1日と言わず数日くらい休ませてやりたいとこだ。
「分かった、そうしよう。それからアイドル業務では渋谷地区の浄化ライブの準備にも取りかかる。それも承知しておいてくれ」
「分かりました。いよいよ、ですね。ところで、俺は『浄化ライブ』についてあんまりよく解ってないんですよね。成功すればオルクスの出現確率がほとんどゼロになるレベルで抑えられるようになる、ってのは聞いてるんですが。どういう原理なんですかね?」
「……なんだ、解っていなかったのか」
所長が少し意外そうな顔をする。
最初のレクチャーでチラッと聞いただけだし、その後も話題に出すような機会はほとんどなかったからね。タブレットの資料ページを探せば載ってるかも知れないが、これまで忙しくて後回しにしちゃってたしな。
「ナユタ。改めて説明してあげなさい」
「はい、では改めて。浄化ライブは開催、成功させることで、その地域における光魄やオルクスの発生をほぼ防ぐことができるようになります。完全に出現しなくなるわけではありませんが、出たとしても他地域から流れてきたはぐれ個体が迷い込む程度で、少なくとも“ゲート”は完全に排除できることが分かっています」
「ゲートを排除出来るのは大きいですね」
「はい。そして浄化ライブが通常のライブと違うのは、『アフェクトスの使い方』です。通常のライブでは観客から集めたアフェクトスは確保して結晶化させ、様々な用途に活用されますが、浄化ライブでは集めたアフェクトスをその場で浄化予定地域全体に一気に放散するんです。
そうすることで、地域に存在する、あるいは隠れているオルクスたちに一斉に大ダメージを与えて滅ぼし尽くすわけです」
「えっと、アフェクトスってそういう使い方も出来るんですか?」
「要するにMUSEたちの武器の原理の応用です。彼女たちが持つのは言わば、アフェクトスを弾丸にした『銃』と言えますが、それで例えると浄化ライブは『大砲並みの威力の散弾銃』といったところでしょうか」
…なるほど、そりゃ強力だね。
「そして、集めたアフェクトスが多ければ多いほど浄化ライブの威力も上がります。殲滅力、拡散力、それに総量は浄化地域の範囲にも影響します。
だから絶対に成功させなければならず、それも大きく盛り上げて少しでも多くのアフェクトスを収集しなくてはならないんです」
「……ただし、対象地域の汚染度をあらかじめ下げてオルクスの絶対数を減らしておかなければ、集まった観客の発する、こちらが収集する前のアフェクトスに惹かれてオルクスやゲートが群がってきてしまうからライブどころではなくなる。だから日々の地道な巡回業務が大事になる……ということですか」
「そういうことになりますね。ご理解いただいて何よりです」
んー。ナユタさんの笑顔がなんかいつもとは違う気がする。
--あったり前でしょうが。いい加減、現実を直視しなさいよ!
「浄化ライブを開催するためには、その地域のオルクス汚染度をあらかじめ一定値以下に下げる必要があります。具体的には、その地域のゲートを殲滅しておかなければなりません」
「つまり、浄化ライブはあくまでも最後のダメ押しだということだ」
「皆さんの日々の巡回の成果で、渋谷は現在、浄化ライブが可能なほどに汚染度が下がっています。この機を逃す手はありません」
「この件はすでにfiguraたちも承知している。浄化ライブの細かい段取りに関しては万が一にも失敗が許されないため、ナユタに仕切らせる。君にはそのサポートに回ってもらうからそのつもりでいてくれ。話は以上だ」
「分かりました」
あ、マイも気にしてたし白羽ちゃんのことを聞いておかないとな。
「それと、あの白羽ちゃんって子のことですが」
「何か気になることでもあったのかね?」
「いえ、そういうわけではないんですが、マイがあの子のことを気にしてて。どこかのタイミングでお見舞いに連れて行ってやれたらなと」
「ふむ。しばらくは検査の予定が詰まっているだろうから会わせるのは難しいだろうが、ひと息ついたタイミングで面会の予定を取るとしようか」
「ありがとうございます。ではこれで失礼します」
「ああ」
そこまでで一礼して、俺は司令官室を退室した。
いよいよ渋谷地区の浄化も大詰めってことかあ。責任重大だな。
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次回更新は6月の5日です。




