第十五幕:かつてロストした、彼女のこと
ユウの部屋を出て、その足で俺はシミュレーションルームへと向かった。
色々と確かめたいことができたし、それに、掌の中で綺麗な音色を立ててぶつかり合うメモリアクリスタルをナユタさんに渡さないと。
地下に降り、シミュレーションルームに入ると、ナユタさんがシミュレーターのデータ更新作業をやっていた。
3人連続で記憶の迷宮を開いてモニタリングに付き合わせちゃったから、それが終わるまでメンテを待っててくれた、ってところだろうか。そこを中断させるのはちょっと心苦しいけど……。
「今、いいですか?」
「あっ、マスター。……はい、どうされました?」
「記憶の開放で得たメモリアクリスタルを渡しとこうと思って。……あと、まあ、色々と気になる事があるというか」
「ありがとうございます。
…………その、彼女のこと、ですよね」
ナユタさんから、覚悟と決意の感情が漂ってくる。あんまりそんな身構えられても困っちゃうんだけどな。
「まあ、そうなんですけど……。
あ、いや、さっきも言ったとおりあれこれ聞きたい訳じゃないんです。俺がユウやミオたちからじゃなくナユタさんから聞き出したなんて知られたら、俺も貴女もあの子たちから信用を失ってしまうと思うんで」
「では、何をお知りになりたいんですか?」
「その……、どうしてみんなは彼女のこと、憶えてるんだろう、って」
彼女、ソラのことはfigura全員が憶えていた。ミオとハクの加入が告げられた時、ハルはなんかちょっと記憶が怪しそうだったしアキはノーコメントだったけども、サキは間違いなく憶えている反応だった。
マイを除けば加入が一番新しいサキがそうなら、マイ以外の全員がソラを、彼女が消失した経緯まで含めて憶えてる、ってことになる。
詳しい話はもちろん聞いていないが、彼女はオルクスとの戦いで消失したという。でも本当にオルクスとの戦いで命を落としたのなら、何故これほど誰もが彼女を憶えているのか。figuraの子たちはまだしもナユタさんまで鮮明に憶えていたわけで、この分だと所長や他の所員さんたちも憶えてるんじゃないのか。
「それは……。
そうですよね、不思議に思われても仕方ないかも知れません」
ナユタさんはやや言い淀む。
そして、言葉を選びながら、少しずつ話してくれた。
「彼女は確かにオルクスとの戦いで失われました。ですが厳密に言えば、彼女はオルクスに殺されたわけではないんです」
「……というと?」
「その、私も正確に分かっているわけではないんです。——あの時、戦場に大量の光魄が確認されていて、そのせいでジャミングが酷くて。映像はもちろん音声通信もほぼ途絶えていました。だから私も司令も、事後にあの子たちから聞き取った結果でしか知らないんです。
figuraの皆さんにしてもそうです。全員が戦闘不能になるほどの状況で、ほとんどのfiguraが意識さえ失っていたらしくって。そんな中で、かろうじてミオちゃんだけが意識を保っていて、一部始終を全て見ていたのだそうです」
…そっか。だからミオは、自分がその時一緒に戦えていれば彼女を救えたと、自分が戦えなかったせいで彼女を死なせてしまったんだと、そう思い込んでるんだね。
「……彼女は、ソラちゃんは、自分の感情を全て燃やし尽くして、オルクスを道連れにしたんだそうです」
「……えっ?」
あれだけ感情のコントロールに長けたfiguraが、感情を暴走させた……だって?そんな馬鹿な!
「詳しい説明は控えますが、あの時あの戦法が取れたのはおそらく彼女だけでした。いえ、多分今も彼女だけだと思います。そして彼女があの時ああしていなければ、きっとあのままMUSEは全滅していたと思います。
それほどの強敵を前にして、彼女は自分を犠牲にすることで他の子たちを守ったんです。きっと、そうすることでしかみんなを守れなかったのだと思います」
確かソラって子が消失した際の戦いって、マイの居なかった当時のMUSE9人が全員で挑んだ唯一の戦いだった、って聞いたな。って事は、相手はそれほどの強敵だったわけだ。
おそらく、普段の巡回で相手してるような雑魚ではなくて、リーパーみたいな強大な、ボスクラスの特殊個体だったんだろうな。
「彼女の最期の瞬間を目の当たりにしたのはミオちゃんだけで、だけどミオちゃんも直後に力尽きて。戦いの後に彼女の『霊核』を回収したのは、最初に意識を取り戻したユウちゃんだったそうです。だからその意味でも、ミオちゃんとユウちゃんにとって彼女は特別なんです」
「……そうだったんですか」
それは、ミオやユウにとって特別な存在にもなるわけだ。
「オルクスに直接殺されたわけではないので、彼女の記憶はすぐには消えませんでした。figuraの皆さん、特に本隊とMUSEUMに分裂する前からfiguraとして活動している子たちはまだ鮮明に憶えているはずです。
ただ、私たち人間はそうはいきません。私や司令は彼女とも深く関わっていたので比較的憶えていますが、魔防隊の隊員や幹部たちの中にはもう彼女を忘れてしまった人もそれなりに増えてきています」
「えっ、そうなんですか!?」
「はい。もう存在強度的にも、彼女はほぼ消失状態です。彼女が完全に消失しないのはfiguraの皆さんの心に強く残っているのと、このシミュレーターにデータ登録してあるからです。ウラノメトリアの稼働後はシミュレーターの情報を元にウラノメトリアにも入力したので、まだしばらくは記憶に残るでしょう」
そっか。そうした記録が残ってるから、彼女の存在が完全には消えてしまわないんだな。
「でも桝田さんの場合はそれ以前に、私や司令以上にオルクスのもたらす記憶の喪失に耐性があるようですので、それで事務所の写真もきちんと視認できたのだと思います」
あー、そうか。そういう事になってたっけ。
入社直後に事務所のファイル整理をするよう言われて、彼女の写る写真を偶然見てしまったことは、その直後に報告しておいた。その時のナユタさんは「見えちゃったんですか……」とか何とか呟いただけで特にお咎めとか口止めとかはなかったけど、それ以後なんとなく話題にしちゃいけない気がして、ミオたちが来るまでほとんど言及しなかったし、ミオたちが来てからもなんとなくセンシティブな気がして聞けてないんだよね。
「じゃあもしかして、その耐性がなければ……」
「はい。桝田さんがあの写真を見たところで、彼女を視認できなかったはずですよ」
「なるほど。そういうことだったんですね」
でもまあ、今日こうして話を聞けたことでだいたいの事情は飲み込めたな。そのうちにあの子たちとも彼女のことを話す機会があると思うし——
「あの……私が教えたってこと、その、できたら秘密にしておいてもらえませんか……?」
ナユタさんから急に怖じ気の感情が立ち上った。
あー。ちょっと喋りすぎたと思ってるなこれは。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。知ってて知らないフリをするのは割と得意な方なんで」
そして彼女からは好奇心と知的欲求の感情も漏れている。この間俺が彼女に隠して所長だけに話した内容が気になっているんだろう。
自分も秘密を話したんだから、出来れば教えて欲しい。でもそれを自分から切り出す勇気はちょっと出ない……といったところか。
--瞬兄、もう話しちゃってもいいと思うよ?
んーまあな。けど踏ん切りが付かないのはこっちも同じでさ。
「マスター、ナユタさんと何をお話しされているのですか?」
不意に後ろから声をかけられて、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
だってかけられた声がユウの声だったから。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は20日です。
【かんたん時系列】
※作中の年代設定は2023年7月です。
もう2年近くも連載してるのに、作中ではまだ1ヶ月ちょいしか時間経ってない、っていう(爆)。
〖2020年〗
6月
・オルクス初出現、新宿陥落
・『霊核』の発見
・ハクがfiguraになる
12月
・ハクが力尽きて昏睡状態に陥る
・オルクスの侵攻を止める手段がなくなり、新宿以外にも被害が拡大
〖2021年〗
2月
・ユウがfiguraになる
8月
・リンがfiguraになる
9月
・レイがfiguraになる
12月
・ハクが昏睡から回復
〖2022年〗
1月
・ソラがfiguraになる
3月
・ミオがfiguraになる
5月
・MUSE分裂
6月
・芸能事務所〖MUSEUM〗発足。ユウ、リン、レイが所属しMuse!が活動開始
7月
・ハル、アキがfiguraになる
10月
・サキがfiguraになる
〖2023年〗
1月
・ソラがLostする
※『霊核』のみ回収
6月
・Muse!一周年記念ライブ
・マイがfiguraになる
・桝田悠(主人公)がマスターとして加入
・7月
(イマココ)
こういう感じなので、マイ以外の全員がソラとは面識があります。ただしハル、アキ、サキの3人は経験も実力も足りなかったので、ソラがLostした戦いではほとんど戦力にならなかった……という設定です。




