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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第十四幕:意味不明な記憶

「……申し訳ありません、マスター」


 身を起こしながら、ユウが謝ってくる。おそらく自分でも、彼女を召喚するとは思っていなかったのだろう。


「謝る必要はないよ。それに、彼女のことをまだ上手く伝えられないのなら、今ここで説明を求めるつもりもないし」

「……お知りに、なりたくないのですか?」

「そりゃあ知りたいさ。けど、どう見たって君自身もまだ踏ん切りついてないだろ?話すどころか思い出すだけでも辛くなるような話を、辛いままで話せとも言えんだろ。俺にだってそのくらいのデリカシーはあるよ」


「本当に、申し訳ありません……」


 しばらく逡巡したあと、ユウはようやくそれだけ言った。

 それで、この話は終わりだった。


--それで終わりにできる兄貴の神経、どうかしてると思うなー。


 どうかしてるって言われても、終わりにする以外にどうしろってんだこんな話。少なくとも、ユウが話す気にならなきゃこれ以上は聞けねえよ。


「それでさ、記憶の方なんだけど」


「はい。……そちらも少しだけ、お待ち頂けますか?ちょっと記憶を整理しますので」

「ん、分かった。じゃあお茶でももらおうかな」

「あっ、はい。では準備しますね」


 ユウの感情の動きを視る限り、『迷宮』の踏破で蘇った生前の記憶と、彼女の出現によって呼び起こされたfiguraになってからの記憶が、両方いっぺんに彼女の心をかき乱しているようだった。だったら、落ち着いて整理するための時間が必要だろう。乱れた心を落ち着けるためにも、ユウの淹れるハーブティーは効果的に作用するはずだ。

 ティーセットの準備を始める彼女は泣いてはいなかったけれど、頬に一筋の涙の跡が残っていた。


 しばらく、ふたりして無言でハーブティーを味わう。彼女が自発的に話し始めるまで、何も言わずに待つつもりだった。

 タブレットで時刻を確認する。夕方の6時半を少し回った所だった。今日は昼食が遅かったから、夕食は7時からということになっている。なら、まだ少し待つ余裕はある。


「では、聞いて頂けますか」


 二杯ほど互いに飲み干したあと、ユウがおずおずと言葉を発した。

 どうやら、心の整理が付いたようだ。


「うん。じゃあ、聞かせてくれる?」


「はい。マスターの参考になるような記憶ではないと思いますけど……思い出せる限り、お話しますね」


 そうしてユウは、少しずつ話し始めた。


「……思い出したのは、男のひとの記憶です。

おいくつくらいかしら……。すっかり髪が真っ白になった、年配の男性の方でした」


 特定の個人、それも異性の記憶を思い出したというのは、初めてのパターンだな。


「椅子が両側に5つずつ並んだ大きなテーブルに、

私は独りで座っているんです。そこへ、その方が、料理を運んで下さいます。

音を立てず、丁寧に、丁寧に。

綺麗に盛り付けられた、豪華なたくさんのお料理。でも、口に運んでもちっとも美味しくないんです。味がしないというか、感じられないというか……」


 なんだか変なことを言い出したぞ。話を聞く限りだと、旧家のお嬢様とその執事、って感じがする。


「私、その方に言いました。一緒に食べて、って。

でも、その方は優しい笑顔のまま、黙って首を横に振るだけでした」


…まあ、そうだろうね。本当に執事だとしたら、お嬢様と食事を同席するなんてあり得ないし。


「いつも、ひとりで食事を?」


「……分かりません。でも、そんなに大きなテーブルのある家ですもの。きっと大勢の人が暮らしていたはずですから、普段はみんなで食卓を囲んでいたのだと思います。

ただ、そもそもその家が本当に私の家なのか、それ自体もはっきりとは分からなくて……」


 なるほど、生前に実際にあったシーンの一部分だけが記憶として蘇った感じなのか。リンは実際に見たシーンだけでなくその前後の情報まで思い出していたけど、ユウはそうじゃないんだろう。


「その男の人は誰なんだろうな?今の話を聞く限りだと、どうも家族じゃないみたいだけど」

「それも、分かりません……。でもきっと、私にとって大切な人だったんだと思います。家族よりも先に思い出した方ですから。

……ふふ、なんだかおかしな話ですね」


 ユウはそう言って、淋しそうに笑った。

 どうもこの様子だと、家族にいい思い出はないのかも知れない。


「家族や友達……大事なものほど、心の奥の方にしまってある……ってことかもよ?」


 安っぽい気休めだと思いながらも、それでも言わずにおれなかった。俺自身には家族にも親類縁者にも悪い思い出はひとつもない。だから、家族との仲が悪いなんて事態は想像が難しかったし、そうではないと信じたくもあった。


--兄貴はボクのこと本当に大事にしてくれたしね。


…僕だって兄さんとは仲良かったよ。父さんとも、母さんともね。


 いいから、お前ら少し黙ってろ。


「だったら……いいですね」


 ああもう。当のユウ自身がそんな薄っぺらい家族愛とか全然信じて無さそうじゃねぇか。


「思い出せたのはこれだけです。

また何か思い出したら、ご報告しますね」


 そう言って、彼女は話を終えてしまった。

 沈黙が、ふたりの間の空間を支配する。


 これは困ったな。マイやリン、レイとは違って、ユウがなんで最初にこの記憶を思い出したのかサッパリ分からん。

 こんな記憶を取り戻したところで精神的な支柱になるとも思えんし、そもそも最初に思い出すべきだったのかこの記憶は。


「……ユウは、その人のことが好きだった、のかな……?」


 いたたまれなくなって、つい聞いてしまった。

 ユウが、その男性に何かしらの好意でもあったのならまだ救われると、そう思ってしまった。


「さあ……どうでしょうか。

少なくとも、恋愛感情のようなものは感じなかったと思います」

「その記憶の中のユウって、いくつぐらいの頃?」

「それも分かりません……。お部屋には鏡はなかったですし、思い出したのもその食事のシーンだけなので」


 あかん。

 八方塞がりやんけ。


「私自身、なぜ最初にこの記憶を思い出したのか、ちょっと解らないんです。だから最初に『マスターの参考になるか分からない』と言ったんです」


「うーん。確かに謎だなあ。でも、きっと何かの意味はあるんだと思う」


 というか、何かの意味があってくれないと俺が困る。


「そうなんでしょうか……」

「でもとにかく、昔のユウがその男の人を大切に感じていたのは間違いないんだよな?」

「はい、そうだと思います。

……そうであってほしいと、思います」


 うーんダメだ。これ以上掘り下げたってロクなもん出てきそうにねえな。


「……分かった。

とりあえず、この謎は次の『鍵』に期待、ってことで」

「そう、ですね……」


「ところでさ」

「はい、なんですか?」


 話を終えようと思ったんだが、つい話を続けてしまった。悪い癖だと自覚してはいるが、こればっかりは性分だからなあ。


「迷宮で呼んだあの子と戦っていたユウはさ、今までに見たことがないくらい生き生きしてたように見えたんだ。彼女と同じようにマイやみんなを扱えないかも知れないし、同じように信頼もできないかも知れないけど、普段の戦い方だけは君本来の戦い方に戻す……なんて、できないかな?」


「……お気遣い、ありがとうございます。でも、私は私なりにあの子たちを見守っていきたいと考えているんです」


 やんわりと、でもキッパリと、ユウは断言した。


「戦闘において、誰もが思うままに振る舞っては戦線が崩壊します。だから私は、私の役割をこなすだけです。どうか、何も言わずにそうさせて下さいませんか」

「……そっか。そうだな、悪かった」


 あまりにキッパリ言われて、それ以上は引き下がるしかなかった。

 あの彼女をユウが呼んだこと、それは誰にも話さないでおこうと確認し同意を取り付けたところで、何も得るものなくユウの部屋を立ち去るしか出来なかった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は15日です。

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