第十三幕:蘇芳色の彼女
『……そ、その子は……!
それに、その戦闘衣装は……!』
モニタリングしているナユタさんが驚くのも無理はなかった。
ユウの隣に現れたのは、俺の知らないfigura。あの時、事務所の掃除とファイル整理をしていた時に昔の写真で見ただけの、蘇芳色のショートボブの髪の少女だった。この子がおそらく、かつて消失してしまったというソラという名の子だろう。
その子が、見たこともないドレスを纏って立っていた。そして、ユウが喚んだのは彼女だけだった。
これ、困ったな。どうしようかな。
でも、ユウがせっかく喚んだ子を無下に扱いたくもないしなあ。
「ナユタさん、この子でも問題ありませんか?」
『えっ……その、あの。
ええと、問題があるとかどうとかではないというか……』
ナユタさんが口ごもる。彼女には珍しくオロオロと動揺していて、何をどう説明していいものやら迷っているようだった。
確かに詳しい説明が欲しいとこではあるけども。でもとりあえず、今聞きたいことはひとつだけなんだよな。
「この子が誰なのかとか、あの戦闘衣装が何なのかとか、そういう説明は今は求めません。知りたければ、これが終わってからユウに聞けばいいことなので。
今知りたいのは、この子でも戦えるのか、それだけです」
これは事実だ。
俺が知らないってだけで魔防隊の本隊時代からユウとこの子は面識があったはずだし、一緒に戦ったこともあるはず。それに普段から戦い方や戦果にこだわりを持っていて生半可な妥協をしないミオが、「ソラとしか組まない」とまで言い切るほど信頼する相手だ。
そんな子が戦えないわけがない。もしも彼女が戦えないとすれば、この子の存在を記憶の再現装置である“ウラノメトリア”が再現できないかも知れないという、その可能性だけだろう。
『えっと……はい。
戦闘だけなら問題ないと思います。彼女のデータもデータベースには登録されていますのでシミュレーターでの再現も可能ですし、ユウちゃんの記憶にも強く残っているはすです。
それに、ことバトルセンスという意味において言えば、彼女こそが最強と言えるかと思います』
えっ、てことはユウやミオより強いのかこの子。
「じゃあ何も問題ないですね」
『はい、多分……。その、マスターが気にしないと仰るのであれば……』
気にならんはずはないけど、気にしないようにはできる。
というか、気にしないようにするしかない。
「ユウ。ハクなら喚べるんじゃないか?」
立ち尽くすユウに向き直って声をかける。
多分、彼女が気兼ねしているのは後輩たちに対してだ。だったら喚べるのは先輩のハクしかいないだろう。
ユウがそっと目を伏せる。
そして目を開くと、隣にハクの姿が現れた。
『……ふたりのサポートfiguraを確認。いつでも始められます、マスター』
「じゃあ、始めます」
そう宣言してからユウの『鍵』を受け取り、彼女の『霊核』に挿し込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユウとハクと、それからソラだと思われる子と。この3人のバトルは、それはもう圧巻と言うしかなかった。
“舞台”をハクに任せて、ふたりは思うままに暴れまわった。彼女だけでなく、普段見せないほど自由奔放に戦うユウ自身がとんでもない強さで、ふたりの完璧なコンビネーションがそれを何倍にも増幅させていた。そのせいで、俺の指示がほとんど意味をなさないほどだった。
まあ、ボブの彼女の方は性格も戦闘性能も衣装のスキルも何もかも判らなかったから、その意味でも俺は役立たずだったんだけど。
何も問題はないと言い切ってしまったけど、問題大ありだった。
でも、それが霞んで消し飛んでしまうほど、彼女たちは強かった。
特に蘇芳色の髪の彼女。ミオの効率性とハルの奔放性とアキの破壊力とレイの正確性を兼ね備えたような、恐るべき強さ。そして何より凄かったのは、その全身を駆け巡る感情のコントロール能力だった。
いつも戦闘で、誰と組ませても仲間たちを掌の中で慈しんでいるような余裕を見せているユウが、彼女に対しては完全に頼りきって信頼しているのがありありと感じられた。彼女ひとりしか喚ばなかったのも納得だ。
ユウはおそらく、彼女さえいれば他には誰も必要ないんだろう。そう思えるほどの信頼感だった。でも、その彼女はもうこの世には存在しない。ユウの闇はそういう所にもあるのかも知れないと思った。
彼女の戦いを見られたのは、もしかすると望外の幸運だったかも知れない。これからのfiguraたちへの指示、戦術の組み立て方、感情コントロールの方法、それに俺自身のフィールスタンガンの運用方法まで、全て根本から見直せると感じるほどのお手本を見せてもらえたのだから。
『戦闘、終了です。ユウちゃんの2つ目の鍵も発現しました。マスター、お疲れ様でした』
何体目かの“敵”を倒して、再び鍵が発現したところでナユタさんの声が届く。その声が聞こえた途端に、ユウの両隣のハクと彼女の姿が消えた。
ユウの目から一筋の涙が零れる。
その顔が歪み、ぼやけていく。
『退去、始まります』
遠くからナユタさんの声が聞こえてきて、次の瞬間には俺はユウの部屋に戻っていた。気が付けば、井草のラグの上の座布団にユウとふたりで座り込んで、お互い向かい合って抱き合うような態勢で身体を預け合っていた。
その彼女の背中から、悲しみの感情が立ち上る。『迷宮』の中で起きたこと、ちゃんと知覚しているようだった。
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