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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第十二幕:闇色の心

「ユウ、開けて」


 レイの部屋を出たその足でユウの部屋に向かい、ドアをノックする。彼女の部屋はリンの部屋よりもさらに向こうの、一番奥の部屋だ。


「お待ちしてました。どうぞ」


 そしてレイと同じく、ユウもにこやかに招き入れてくれる。

 だが、その笑顔に少しだけ、違和感があった。


「ん……どうかした?」

「えっ?」

「いや、なんか浮かない顔してんなあ、って思ってさ」

「えっと……私、そんなに浮かない顔をしていましたか?」


 不思議そうにユウが聞き返してくる。どうやら、無自覚のようだった。

 キョトンとしつつも身体をずらして導線を作ってくれるので、「お邪魔します」と断りつつ室内に入った。背後では彼女がサッとドアを閉めて、やや離れてついてくる。そういやこの子、街歩いてても隣に並んで歩いたことないな。


「いや、特に何もないならいいけどね。じゃあ早速始めようか」

「はい。では、よろしくお願いいたします」


 ユウはおそらく、心の(うち)に昏く深い闇を抱えている。それは今までの生活で見てきて判っていることだ。

 詳しい事情や経緯は解らないし安易に聞いていいことでもないと思うけど、こと記憶の開放に関しては、何らかの影響があっても不思議じゃない。

 ただ、これは推測だけど、ユウの抱えている(くら)い闇はfiguraになってからのものなんじゃないかと思っている。だとすれば、記憶の開放にはさほど影響はないかも知れない。


 だが、マイがシミュレーションルームで2つ目の鍵で記憶を取り戻した時、それを見ていた彼女は普段見せたこともない薄ら笑いを浮かべていた。あれがどうにも気になって仕方がなかった。

 あれも無自覚のようだったが、もしかするとユウは、生前から深い闇を抱えていたのかも知れない。


「念のために聞くけど、記憶を開放して本当に大丈夫だよな?」


 だから一応、聞いてみた。

 返答は解っているけど、それでも聞いておくべきだと思った。


「マスター、それはどういう意味ですか?」


「俺が、感情が視えるのは知ってるよな?」


 途端に真顔になる彼女。

 隠し切れていなかった、あるいは無意識に出てしまっていた、自身の感情に気が付いたようだった。


「……マスター。もしも私が全ての記憶を取り戻しても、マスターは私の傍にいて下さいますか?」


 ずいぶん意味深なことを聞いてくるな。やっぱりある程度は自覚があった、ということか。


「もちろん、って言いたいけどな。でも、そんな簡単に安請け合いしていい話でもない気がするんだ」


 ユウは黙って続く言葉を待っている。

 期待と不安と、諦めと、それから懇願の感情。


「だから、今約束出来るのはひとつだけ。

俺は、マスターの仕事もマネージャーの仕事も途中で投げ出すつもりはない、ってこと。

最後まで、figuraのみんなの味方でいるつもりだよ」


 諦めと期待の感情が強くなる。

 それに加えて困惑と、申し訳なさと。


「……わかりました」


 ユウは、それだけしか言わなかった。


「自分が愛される資格なんてないって、思ってるんだろ?傍にいてもらえるように願うなんて、おこがましいって。——そう、思ってるよな?」


 ユウの身体がビクリと震える。

 感情が、跳ねる。


「マスターは、本当に私のことを、よく見て下さってますね」


 そして自嘲気味に、彼女は笑う。


「私、私は……」

最後まで(・・・・)、って俺は言ったよ」


 その言葉に、彼女の感情がハッとする。

 それを敢えて無視して、彼女の心に踏み込んだ。


「君がどんな過去を持っているか、俺は何も聞いてないし知らない。だから全部推測だ。間違ってたら申し訳ない。

多分だけど、俺にも他のみんなにも秘密にしている、誰にも打ち明けられないでいる事があるんじゃないか?それを今ここで教えろなんて言うつもりはないけど、知らないでおく以上はそれを一緒に背負ってやる事は出来ない。悪いけどそこは解っていて欲しい。

今俺に出来るのは、ユウがそういう辛さを抱えていること、誰にも言えずに独りで苦しんでいること、それをただ解って(・・・)いてやる(・・・・)ことだけだ。——お前が苦しんでいるのは、ちゃんと分かってるから。何もしてやれないけど、知っていてはやれるから」


 諦めの感情が霧散する。

 代わりに安堵と、少しの喜び。


「マスター……ありがとうございます。

私にはその言葉だけで充分です」


 今度こそ、晴れやかな笑顔でユウは言った。


 おそらくこの子は、自分の記憶を開放する事を怖がっている。今抱えている“罪”に加えて、さらに重く残酷なものを暴いてしまうことになると、きっとそう考えている。

 でも、それでもなお、figuraとして強くなるために記憶を開放すると彼女は決めたのだ。

 その決意を揺るがすような、その覚悟を試すような事を敢えて言うのは心苦しかったが、触らずにスルーして見ないフリをするのはどうにもフェアじゃないと思った。サキに振り回されていたあの時、この子たちひとりひとりの事をもっと深く知ろうと、本当の意味で隣に立っていてやろうと、そうしなければならないと決めたのだから。


 だから、ユウがそんな俺の覚悟と気持ちをきちんと好意的に受け止めて応えてくれた事が、何よりも喜ばしかった。

 あとはもう、言葉は必要なかった。


「よし、じゃあ話はこれくらいにして、記憶の開放に入ろうか」

「はい。おかげさまで覚悟が出来ました。

どうかよろしくお願いいたします、マスター」


 そして、ユウが差し出した鍵を受け取って、彼女の『霊核(コア)』に挿し込んだ。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 精神世界の中で、ユウもまた、独りきりで立ち尽くしていた。

 虹色の瞳で、無言で。こちらの真意を窺うかのように、じっと見つめてくる彼女。


「解ってると思うけど、好きな子を呼んでごらん」


 今までの子たちと同じように声をかける。

 だが、ユウは今までの子たちとは違って、悲しそうに首を左右に振るだけだった。


「……誰にも頼れない、か?

それとも、誰も頼りたくない、のか?」


 無言のまま、無表情のまま。

 ただ肯定の感情だけが漂ってくる。


「気持ちは解るんだけど……弱ったな。

この場はあんまり深く考えないで、誰か呼んで欲しいんだ。頼るとか考えずに、例えば『誰と一緒にいたいか』とかでもいいし」


 『迷宮』は特殊な精神世界の戦いだ。その意味では通常のバトルのように“舞台(スケーナ)”を展開する必要はないかも知れないし、ひとりで戦うことも出来るのかも知れない。だが、この世界のことは分からないことが多すぎる。

 それでも、普段通りの3人体制でのバトルであれば何も不具合が起きないことは既に証明されている。つまり、今さら違うやり方を試す必要がないということだ。

 だから、彼女にも誰か呼んでもらわなくてはならなかった。


 誰といたいか、という言葉にユウの感情がわずかに反応した。その彼女の隣に、ひとりの少女が姿を現す。


 俺の、知らない子だ。

 少なくとも今のfiguraには、MUSEには存在しない子だった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は4月5日です。

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