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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第十幕:露草色と翠玉色

「どうだ?記憶、戻ったか?」


 『迷宮』を退去したあと、やや放心状態のリンに声をかけた。

 彼女から反応があるまで少しかかったのは、思い出した記憶を噛みしめていたのだろうか。それともショックを受けていたのだろうか。


「…………ん。思い出した。

まあ、大した記憶じゃないんだけどね」


 ポツリポツリと、リンが話しだす。


「アタシの、友達の記憶。

思い出したのは、みんなの笑い声。

それから、ハンバーガーショップのポテトの味」


 彼女の目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「学校帰り、駅のトイレで私服に着替えてさ。メイクして、髪もデコって、鞄をコインロッカーに突っ込んで街へ出るの。

お小遣いがあるときはカラオケ行って、喉が()れるまでみんなで歌って踊って騒いでさ。

で、お金ないときはハンバーガーショップ。ワリカンでLLサイズのポテトだけ買ってさ。それをみんなでつつきながら恋バナしたり、先生のモノマネしたり。——ほんっと下らない話ばっかり、ずーっと喋り続けてた」


 話しながら、リンの顔に笑みが浮かぶ。


…うんうん。楽しいよね、学校帰りに友達みんなでそうやってワイワイやるのはさ。僕もよくやってたなあ。


 俺の脳裏にも情景が浮かぶようだ。多分、誰しもみんな似たような思い出があるんじゃないかな。


「友達、多かったみたいだな」

「……うん。みんなの顔、ちゃんと思い出せる」


 リンから少しだけ、寂しさの感情。

 もう二度と戻ることのない風景への寂寥が滲む。


「エリはメイクのテクが凄くって、スッピンとはまるで別人になるんだよ。詐欺とか魔法とかって言われてた。

カオリが他校の男子に一目惚れした時は、毎日集まってファミレスで作戦会議して、みんなで告白作戦練ったっけ。

レイカやアヤネ、カエデたちとみんなでおそろのコーデ、決めたりしたし、同じ小物揃えてみたり……スマホの待ち受け、同じにしたりさ……」


 次第に彼女の言葉が途切れがちになる。

 感情が強まる。彼女の全身から立ち昇るのは悲しみの青灰色が混ざった、灰味がかった薄い青——いわゆる露草色、これは“寂しさ”の感情だ。


「リン……」


「きっと嫌なことも、たくさんあったはずなのにね。戻ってきた記憶ってさ、楽しかった思い出ばっかりなんだよ。

……ホント、やんなるよね。もう二度と会えないってのにさ……」


 彼女の目に涙が溜まっていく。


「みんな、元気にしてるのかな……」


 思い出が楽しければ楽しいほど、それが失われた後には寂しくなるもの。それも、ずっと持っている記憶なら程よく自分の中で消化されてくけど、今回みたいにいきなり思い出すとキツいだろうな。


「——な、なによ。そんな顔しないでよ!まるでアタシがすっごい不幸な子みたいになるじゃん!」


 俺の顔色に気付いたリンが慌てて目尻を拭って、明るい声を出す。空元気なのが見て取れるだけに、余計にやるせない。


「もう一度みんなに会いたい、んだよな」

「そりゃ、会いたいか会いたくないかって言われれば会いたいけどさ……」


 そしてすぐに本音も漏れる。

 だが、これもすぐに、自分に言い聞かせるようにリンは言葉を続けた。


「でも、いいの。思い出は思い出、アタシは今を生きるんだから!今のアタシはみんなの憧れ、アイドルグループ〖Muse!〗のリンちゃんなんだから!

——だから、それでいいんだよ……」


 どこまでも自分に言い聞かせるニュアンスが抜けきらないのは、きっと彼女自身がまだ寂しさを振り切れていないから。

 だから、その背中をそっと押す。


「うん、そうだな。前、向かないとだもんな」


「そーゆーこと!

——でも、マスターには感謝してる。みんなの顔を思い出せたから、また明日から頑張れるわ!みんなもきっと、この空の下のどこかで頑張ってるはずなんだから、アタシだって負けてられないもの!」

「そうだな。リンの友達の将来を守るためにも、オルクスを殲滅して東京を平和にしないとな」


 そう言ってやると、リンの感情が何かに気付いたように震えた。


「あ、そっか…………そうよね!オルクスを殲滅するってそういう事よね!」


 俺の言葉にハッとして、それから次第に嬉しさがにじみ出てくる。あっという間に彼女の感情が鮮やかな翠玉色(エメラルドグリーン)の“歓喜”に染まってゆく。


…元々感情の起伏が激しい子だけど、これもしかして記憶を開放すればするほどその傾向が強まるのかも知れないな。ちょっと注意しつつ見ててやらないと。


「……そっか、今のアタシでも、みんなの力になれるんだ……。

マスター、ありがとう。この記憶はアタシの力になるわ!少なくとも、これでまたひとつ目標が出来たから、アタシはそれに向かって頑張れる!

よーっし、また明日から、やるわよー!」


 もう彼女の目には涙は浮かんでいなかった。

 性能的な強化や記憶の開放によるデメリット的なものはさておくとしても、メンタルの面では確かにこの記憶はリンの力になるだろう。そういう意味では、今回の記憶の開放は確かに意味があったと思えた。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は25日です。

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