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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第六幕:紫と赤の敵

 奇襲を受ける形にはなったが、幸いそれほど強敵はいなかった。

 ユウが落ち着いて対処した事もあり、サキもすぐさま呼応する。マイも今自分がやるべきことはきちんと理解しているようで、戦闘行動に躊躇いはなかった。


『オルクス反応消失。皆さん、戦闘お疲れさまでした』

「ひとまずは大丈夫ですかね?」

『はい、ジャミングのせいで明言は出来ませんが、ひとまずは。

観測強度を上げて対応しますので、そのまま探索を続行して下さい』

「分かりました」


「それにしても、なんて酷い光景……。血の臭いでむせ返りそうですよ……」


 サキが肩を竦めて身震いする。


 戦闘しつつさらに奥まで進んでいたのだが、気がつけば周りは再び一面の血の海になっていた。先ほどの、奥に向かった人たちのものなのだろうか。


「ここは、入口よりさらにヒドいな……」

「ここにある遺体、今までのものとは違いますね。身体に大きな爪の跡があります。これは一体……」


 確かに、そこらじゅうに転がる遺体は、まるで大きな刃物で切り刻まれたかのように原型を留めていなかった。頭部や手足が見えるから遺体と分かるだけで、何人斃れているのかもすぐには判別できそうにない。

 それにしても、大きな爪を持つオルクス……。

 そんなのは俺の記憶では居なかったはずだ。見たのもあの時のアレ(・・・・・・)以外にない。だが、まさか、そんな……。


「あっ、マスター、あそこ!」


 マイが何かに気付いて指をさす。

 その先に目をやると、そこに女の子がひとり、立っていた。


 その子はまだかなり幼く、10歳になるかならないかの歳頃に見える。もしかするともっと幼いかも知れない。

 場違いなほど真っ白なフリル付きのワンピースを着て、きれいに整えられたボブカットの髪を揺らして、両手で涙を拭いながら嗚咽をもらしているようだ。


「だ、大丈夫?」


 マイが思わず駆け寄って、少女に声をかける。


「お姉ちゃん……だれ?」


 話しかけられたことに驚いたようで、きょとんとしつつも、少女はマイの言葉に返事を返した。


 にわかには信じられないが、この子は普通の人間(・・・・・)だった。感情の動きも豊かで、今まで見てきた人々のように正気を失っているわけでもなかった。

 本当に、場違いなほど普通の女の子だ。

 でもそんな事があり得るのか。ここはパンデモニウムの1階深部。ただの人間が、それもこんな幼い子供が、無傷で辿り着ける場所ではないはずだ。


「私はマイっていうの。あなたのお名前は?」

「わたしは……」


 マイは警戒することもなく、俺に許可を得ることもせず、ごく当たり前のように話しかけている。まあ、普通の人間の女の子なのは間違いないし、見つけた以上は保護すべきだから、話しかけること自体は全然構わないけれど。

 普通すぎて逆に異常なこの状況で、警戒を忘れることはもっともやってはいけない事のはずだった。だが彼女の心情を考えると叱ることもできない。まあ警戒は、俺がしてればそれで済むことだ。


「こんなところに、子供……?」

「どこもケガはしていないようですね」


 サキとユウも女の子に近付いて声をかける。マイの呼びかけに彼女が応答したことで、この子を普通の人間と認識したようだ。


『マスター、その子……』

「普通の人間ですよ。俺の見る限り、オルクスの擬装とかではないです」

『はい、こちらで確認した生体反応も人間のものです。では、保護を——』


「あっ、サキちゃんとユウちゃんだー!」


 サキとユウに気付いた女の子が声を上げた。

 目を輝かせて、パッと笑顔の花が咲く。


「あら?私たちのことを知っているのですか?」

「知ってるよ!しう(・・)、Muse!のこと大好き!」


…記憶についてもちゃんと保持してるみたいだね。ますますもって怪しいというか。


--「しう」っていうの、この子の名前みたいね。


「……そうですか。だったらサイン、あげましょうか」

「ホント!?あのね、しうね、白い羽って書いてしうって読むんだって!ママが言ってた!」

「本当です。だからここから出ておうちに帰りましょう」


 サキの言葉を聞いて、白羽(しう)と名乗った女の子の顔が曇る。


「それは……できないよ……」

「どうして?」

「だって、パパ(・・)が、ここから出ちゃダメだって」


 パパ?——え、この子、父親と一緒に来てるのか!?


 慌てて周囲を見回しても、見渡す限り切り刻まれた遺体しか見えない。ナユタさんも『……生存反応は、ないですね』と、声をひそめるようにして伝えてきた。

 父親と来て、その父親はすでにオルクスに殺されて、この子だけが取り残された……?


今度のパパ(・・・・・)は、とっても大きくて強いの」

「!?」

「パパもママも、新しいパパ(・・・・・)に食べられちゃった」

「なっ——」

「ここから動いたら、きっとしうも新しいパパに食べられちゃうの」


『オルクス反応検出!頭上10m、回避して——』

「——!離れろ!」


 ナユタさんの警告を聞いた瞬間に咄嗟に叫ぶ。それに瞬時に反応して3人とも散開する。

 その直後、3人が立っていた場所に一体のオルクスが飛び降りてきた。地響きが起こり、3年間で積もった埃や犠牲者の衣服の残骸、骨の欠片など様々なゴミが舞い上がる。


 それは初めて遭遇する、正体不明のオルクスだった。全体的なシルエットは人間そのもの。だが足も腕も異様に肥大化して、手には大きな鋭い爪を備えていた。体の大部分は黒に近いほど濃い紫色で、所々に真っ赤な部分が見える。それはまるで、紫色の鎧から覗く剥き出しの筋繊維のようにも見えた。

 そしてその顔は真ん丸な、真っ白なのっぺらぼうだった。目も耳も鼻も髪もなく、全体の半分近くを大きな口だけが占めている。真っ赤な唇の中の真っ白な歯をカタカタ鳴らして、けたたましい嗤い声を上げる。


…待って。ねえ待って。これ(・・)、あの時の……


--兄貴の姿(・・・・)にそっくりだよね。色とか違う部分はあるけど。


 正体不明のオルクスはまるでしうちゃんを守るように、立ちはだかるように身構えていた。


「パパ、やめて!Muse!のみんなを殺さないで!」


 彼女が叫ぶ。

 コイツが、『新しいパパ』だっていうのか?

 オルクスが吼える。空気が強烈に振動し、それだけで吹っ飛ばされそうな圧を感じる。


『子供を囮にする、だと……?まさか、知性を持っているというのか……!?』

『気を付けて!“マザー”の警告(アラート)が鳴りっぱなしです!』


 再びオルクスが吼える。今度はハッキリと、剥き出しの敵意が伝わってきた。


「来るぞ!迎撃!」

「は、はい!」



 そいつは今までにないほどの強敵だった。初めて相対したというのもあるが、弱点も分からないし攻撃してくるタイミングも読めない。長い腕と巨大な爪がどこからどうやって伸びてくるのか、全く予測が付かない。

 MUSE3人がかりでなお、防戦一方だった。倒すどころか、大きな怪我を負わないようにするので精一杯だ。


「つ、強い……!」

「この新型、今までの比じゃありません!」

「なんなんですか、コイツ……!」


 3人とも初めての敵に手こずっていた。

 攻撃はガードされ、攻撃スキルも弾かれるのか効果的なダメージを与えられない。一方でタイミングの読めない攻撃で、彼女たちの体力はじわじわと削られていく。


『これ以上は消耗する一方だ。撤退しろ!他のユニットの来援を待つ余裕はない!』

「でも、しうちゃんが!せめてあの子を助けないと……!」


 所長の指示にマイが抵抗を示す。


『諦めろ』

「……そんな!」

『マスター、ユウ、引きずってでもマイを離脱させるんだ!』


 確かに、有効な攻撃を与えられない以上は手の打ちようがない。それにこのオルクスは、俺たちには攻撃するが少女、しうちゃんに被害が行かないよう立ち回っているようにも見えた。


「了解しました!——マイさん、一旦離脱しましょう!」

「マスター、何やってるんです!退却の指示を出して下さいよ!」


…仕方ないよ兄さん。今日のところは対策を考えて出直すしかないね。


「……マイ、ここは退却だ……!」

「だって!マスター!嫌ァ!」




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「ここまで来れば、ひとまず大丈夫だと思います」


 来た道を戻って、パンデモニウムの外まで出てきてから、ようやく一息ついたようにユウが言った。

 あのオルクスは、俺たちを追いかけては来なかった。奴はまるで、あの場所に縄張りを張っているかのように、ある程度距離を取ったところで追撃してくるのを止めた。

 だからこそ逃げ切れた、とも言える。


「有り得ないです。あんなのがいるなんて、聞いてませんよ……」


 サキが心底嫌そうに吐き捨てる。


「あんなの、どうやって倒すんですか!これじゃお先真っ暗ですよ。本当、サイアク……!」


「しうちゃん……。私、助けてあげられなかった……」

「マイ……」

「マスター……。私、どうしたら良かったんですか……?」


 マイの悲痛な呟きが胸に痛い。

 その気持ちが痛いほどよく分かるだけに、何も言えなかった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は少し空きますが、3月の5日になります。

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