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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第五幕:戦う理由

 全員が無言のままリビングに戻ると、それぞれが三々五々と散開していき、リビングに残ったのはマイと俺だけになった。

 彼女はTVも点けずに、ただソファに座って黙りこくっている。先ほど思い出したばかりの、昨日のショックをまだ引きずっているようだ。なるべく尾を引かないように昨日はずっと傍についててやって、部屋でも寄り添って眠るまで手を握っててやっていたのだけど、それでもまだ完全に立ち直れていないのは明白だった。

 今も部屋に戻らないのは、完全に独りになってしまうと耐えられないからだろう。せめて誰かと一緒に、誰かの傍にいたいのだろうと思った。


「マイ、いいかな?」


 なるべく穏やかに、腰をかがめて顔を覗き込むようにして声をかける。

 生気のない虚ろな表情が、のろりと動いて俺の顔を見上げる。


「元気……なわけはないよな」


 声をかけながら、彼女の隣に腰を下ろす。膝の上で固く握られた拳に、そっと手を添えてやる。


「元気じゃ……ないです。

あの光景が、頭にこびりついて……」


 彼女から畏れの感情が、紫怨(パープル)のアフェクトスがこぼれてくる。


「ミオさんの言った通り、私、figuraというものを勘違いしてました……」

「それは俺も同じだよ。頭では解っていたつもりだったんだけどね。——戦うっていうのは、figuraの戦いってのは、ああいう現実と向き合うこと、なんだよな」


「初めは、皆さんそうですよ」


 不意に声がして、振り返るとユウが立っていた。いつの間に戻ってきたのか、全く気配に気付かなかった。


「ユウさん……」

「figuraになった直後は、私たちには記憶も感情もありません。

だから、戦う理由もありません。

でもfiguraになった以上、私たちは戦うしか、戦いながら進むしか道がないんです」


 ユウの表情が、感情が、いつになく真剣だった。まるで、それが出来なければ仲間として認めるわけにはいかない、とでも言いたげな眼差しだった。


「だからマスターも、マイさんも、戦う理由を見つけて下さい。

それを持つことができなければ、きっと、身体よりも先に心が壊れてしまいますよ」


…ああ、違う。ユウは僕らを気遣っているんだ。

本気で心配しているからこそ、敢えて厳しい言い方をしてるんだな。


「ユウの、『戦う理由』は?」


 だから、敢えて聞いてみた。

 彼女の理由が、少しでもマイの参考になれば。


「そうですね……」


 少し逡巡してから、彼女は答えた。


「私はfiguraの皆さんを、とても大切な仲間だと思っています。だから皆さんと、仲間たちと、少しでも長く一緒にいるために戦います」


 口調や表情こそ厳しいままだったが、それはいかにもユウらしい、優しい理由だった。

 だが、それは——


「戦う、理由……」

『figuraの皆さんは、直ちに指令室へ集合して下さい。再び、パンデモニウムに侵攻します』


 ナユタさんの召集放送が寮内に響き渡る。どうやらデータの解析が終了したようだ。


「さあ、行きましょう、マスター。パンデモニウムへ。——マイさんも。考えるのは、ひとまず後回しです」

「そうだな。——マイ、行けそうか?」


 ユウに促されつつ、マイに声をかけて意思を確認する。もしもマイが迷ったままなら、連れて行くのは少し危険かも知れない。

 だが彼女は、顔を上げてハッキリと答えた。


「figuraになったこと、MUSEとしてやらなくちゃいけないこと、私にできること。私、その“答え”が欲しいです。——それを知るために、私は、行かなきゃいけない気がします」


 マイはまだ迷っている。怯えてもいる。

 だがその瞳には、ほんの少しだけ、決意の光が見て取れた。

 なら、少なくとも簡単に潰れる事はないだろう。


「よし。じゃあ、行こうか」


…そう。これは、やらなくちゃいけないこと、なんだ。

少なくとも、やれるのは僕らだけしかいないんだ。

だったら、迷ったり立ち止まったりするわけにはいかないよね。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「解析の結果を簡潔に伝える」


 所長の声が作戦司令室に響く。

 普段は東京23区の地図を表示して、オルクスの出現状況がリアルタイムで映し出される巨大なモニタースクリーンには、今、例の伏魔殿(パンデモニウム)と化した新宿都庁が大きく映し出されていた。

 よく見ると、その外壁が蠢いている。


「これ自体が、ひとつのオルクス個体だ」


 所長が指示棒でその都庁を指して、そう言った。


「なっ……!?」

「まあ……!」

「そんなこと、あり得るのかしら……?」

「あれが一個体ですって!?そんなのどうやって倒せばいいっていうのよ!」

「ふええ……あれ生きてるんだぁ……」

「……規格外もいいところですね……」

「へええ。刻み甲斐がありそうじゃねぇか」


 ミオが、ユウが絶句する。レイは訝しみ、リンは半ギレ、ハルとサキは呆れてしまっている。

 前向きなコメントはアキだけか。まあ前向きというか無謀というか。

 ちなみにハクは無言のまま目を見開いている。マイは……ダメかもな。ちょっと怖気づいている。


「ただし、元が都庁と思われる建物であることに変わりはない。つまりコレ(・・)は」

「動かないし攻撃もして来ない、と考えてよさそうです」


 所長とナユタさんの追加説明。

 なるほど、過度に恐れる必要はないと判断したわけか。


「このパンデモニウムの内部のどこかに、心臓部となるモノがあるはずだ。諸君らはそれを探し出し、破壊せよ」


 簡単に言ってくれちゃってるけど、あの広い都庁をくまなく探索しろとか何ヶ月かかるか分かんねえぞ。内部にはオルクスは見当たらなかったけど、奥に進めば必ず妨害があると考えるべきだし、それに——


「命令は命令として受けますが、この子たちを犠牲にしてまで達成するつもりはありません」


 あらかじめ宣言しておかないとな。


「ああ。貴重な戦力を失うわけにはいかん。くれぐれも無茶だけはするな」


 所長は前にも言ってたもんな。『figuraの消失(ロスト)を再び起こすようなことがあってはならない』って。

 というわけで言質を取ったことで、リンをはじめ興奮気味だったみんなの感情がやや落ち着きを取り戻す。とはいえ慎重に探索するとはいえ半年とか1年とかかけるわけにはいかないから、難しいところ。アイドル業務のことを考えると、取れる時間は相応に限られる。

 というかそもそも、あの内部(なか)がどこまで探索できるものやら。入ってすぐの“狩り場”とやらを越えられるのか、それすら現時点では定かでないしな。


「まあひとまずは、例の“狩り場”の攻略ですかね」

「そういうことになるな」

「あの時は検知できませんでしたが、詳細な解析の結果、奥に強力な個体の反応を確認しています。まずはそれと接敵することが次の主要目標となりますね」


 あー、やっぱりあそこは狩り場で正しかったのか。だとしたら、これまでに遭遇したことのない強個体が出てくることも視野に入れといた方がいいな。


「では皆さん、侵入路の現地指揮所に向かって下さい」

『了解!』




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「ここがパンデモニウム……。旧東京都庁というわけですか。薄暗くてジメジメして、なかなかに気が滅入る場所ですね……」


 サキが肩を竦めて、心底嫌そうに呟く。

 俺たちは再び地下トンネルを抜けて群がるオルクスを倒しつつ、伏魔殿(パンデモニウム)までやってきている。

 すでに前回撤退した血の海を越え、その奥に入り込んでいた。


 “狩り場”には最大限の警戒をもって臨んだが、幸いというか、そこでは敵に遭遇するような事はなかった。

 だが、その代わり。


 そこには、よろめき這いずりながら、さらに奥へと進もうとする人の群れ(・・・・)がいた。口々によく分からない呻き声を上げ、涎を垂れ流しながら。後からやってきた俺たちには見向きもしない彼らは、奥の暗闇しか見ていなかった。


「それにしても、何なんですかこの人たち……」

「この人たち、奥に向かっているみたいですね……」

「この奥に、一体何があるのでしょうか……」


 サキが嫌悪の声を上げる。

 マイが怯えつつ、不思議そうに呟く。

 ユウが首を傾げる。

 今回もまた3ユニットに分かれて探索することになった。マイのことが心配なこともあり、俺は今回ユニットAに同行している。


 と、その時。


『オルクス反応検出!ジャミングのせいで発見が遅れました!迎撃を——』

「マスター、何か来ます!」


 ナユタさんの通信とマイの声とがほぼ同時に重なった。

 顔を上げると、もうすでに目前までオルクスの群れが迫っていた。


「迎撃!」

「了解!」


 サキが“舞台(スケーナ)”を張ったのが、戦闘開始の合図になった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は25日です。

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