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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第四幕:私たちの戦場

 瓦礫の山を乗り越え、地上から入れる入り口を探して“塔”に近付く。幸い、一度もオルクスに見つかる事なく正面の入り口までたどり着いた。

 例えようもないほど不気味なナニカに埋め尽くされた“塔”の根元には、それでも人が出入りできそうな入り口がポッカリと口を開けていた。

 頷き合い、意を決して、全員で中に入る。何が待ち受けているか分からないので、俺を含めて全員の緊張が極限まで高まっている。


 中はオルクスの姿こそ見当たらないが、広い空間に無数の光魄(アニマ)が浮遊している。こいつらは攻撃こそして来ないが、触れるだけでもダメージ、すなわち記憶と感情を奪われるので、figuraと俺の計10人を囲むだけの極小範囲の“舞台(スケーナ)”を張り、防御壁代わりにしつつ進んだ。

 しばらく進むと、不意にむせかえるような異様な臭いに包まれた。何だろう、ひどく不快な臭いだ。けど、初めて嗅ぐ臭いじゃない。


「なんだ、鉄っぽい臭い……?じゃないな。これは……」


「ひっ!」


 マイが何かに気付いて思わず小さく悲鳴を上げる。彼女は前方、足元を見て、そのまま固まってしまった。


「どうしたマイ、何かあったのか?」

「なに、これ……。血、なの……?」


 彼女の視線を追って前方に目を向けた。そこに広がっていたのは、どす黒い血の海だった。

 誇張でも比喩でも何でもなく、文字通り、夥しい血の海が一面に広がっていた。そして、その血の海に半ば沈む、数え切れない人の群れ。


「人が倒れてる!まだ生きてる人がいないか確認するぞ!」

『マスター、先ほど言った通りです。周囲に生命反応はありません』


 人の姿を見て思わず生存確認に走ろうとして、ナユタさんの声に止められた。彼女の声が、いやに冷たく感じられた。


『生存者は、ゼロです』

『現場を記録したら即時離脱しろ。そこはオルクスの“狩り場”だ』


 そうか。ここは、あの時逃げられなかった多くの人たちや、その後に迷い込んできた哀れな人たちが、オルクスによって無惨にも喰われてきた場所なんだ。

 あの日から今日までずっと、誰にも忘れ去られたままで、この人たちは……。


 あの時、目の前で上半身を喰われた女性の姿が脳裏に蘇る。

 あの時も無力だった。そして今も。

 何も、変わっていないというのか。


 マイがすぐ横で口を押さえてしゃがみ込む。サキは辛うじて立ってはいるものの、顔面蒼白で震えている。ハルがこらえ切れずに嗚咽を漏らした。

 ユウがマイに駆け寄りその背を撫でてやる。レイは厳しい目つきで前方、血の海の向こうの闇を睨みつけ、リンは拳を握り締めて怒りを抑えていた。

 ミオとハクは無表情のまま立ち尽くす。彼女たちは最近まで本隊所属だったから、凄惨な現場も見慣れているのだろう。ただ、それでも何も思わないわけではない。そのことは彼女たちの感情が如実に物語っていた。


「クッソ、せっかくいい気分だったのによォ。胸糞展開で反吐が出るッつうんだわ」


 すっかり白けた表情と口調でアキが呟く。

 なるほど、好きなのはあくまでもバトルの緊張感であって、こういうスプラッタは別に望んじゃいないんだなこの子。


「マスター。この機会に言っておきます」


 ミオが、不意にそう声を上げた。

 それに反応して顔を向けると、彼女たちの虹色の瞳と目が合った。


「私たちはfiguraです。オルクスと戦い、それを殲滅するために存在しています」


 強い瞳だった。

 静かで強い、全てを呑み込んだ瞳で、彼女たちは俺を見据えていた。


「見ての通り、幸せな結末だけではありません。この過酷な現実こそ、私たちの“戦場”なのです」


 ミオ以外の誰ひとりとして、声を上げようとするfiguraはいなかった。まるで彼女の発言が全員の総意だと、それを肯定し、無言で同意しているかのようだった。


 気がつけば16個の虹色の瞳が、じっと俺を見据えていた。

 まるで、品定めでもするかのように。

 敵か味方か、判定するかのように。


「これが……本当の、戦場……」


 蹲ったまま、震える声で、マイが呟く。

 彼女の瞳だけは元のままで、戦闘時の虹色にはなっていなかった。


「マスター、マイも。どうか覚えておいて下さい。——これが、私たちの戦場です」


 恐れも怒りもなく、静かにミオは宣言する。

 自分たちがそれを受け入れていること、それが当たり前の現実であること。まるで、それがさも当然のことであると言わんばかりに。

 それを宣言するミオにも他の全員にも、感情の乱れは一切なかった。

 感情を乱していたのは、初めて目の当たりにした俺とマイだけだった。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「皆が収集したデータに基づき、『新宿』の調査結果が更新された」


 あの後、簡単なサンプル採集を済ませてそのまま俺たちは帰還した。サンプルを提出し、ファクトリーの解析を待つためにその日の探査は終了となった。

 そして翌25日。今日も朝から作戦指令室に全員で集まって、所長の訓示を聞いている。


「『新宿』の旧都庁にあたる場所に、オルクスの本拠地と思しき“塔”が確認された。この塔を便宜上『パンデモニウム』と命名する」


 パンデモニウム、伏魔殿ね。

 安直だけど、まあそれ以外に呼びようもないか。


「パンデモニウムは地上高およそ250メートル。これは観測上の数値であり、実際の高さは不明です。また付近および内部は光魄(アニマ)の数が多く、通信ジャミングで内部の情報は収集できていません。“塔”の内部に直接侵入しない限り、内部の詳細な情報は入手出来ないと思われます」

「当面はこのパンデモニウムの攻略を最優先ミッションとする。一定の成果を得るまではアイドル活動は無期限休業とする」


 えっマジか。それが通っちゃうのか芸能界。

 レギュラー出演中の情報番組とか準レギュラーのバラエティとか何本もあるのに。あとマイのデビューに伴う販促イベントとか握手会とか予定あったのにそれ全部キャンセルかよ。優先順位は分かるけど、局とか制作サイドとかどうやって納得させるつもりなんだ?


「また、あそこに行くんですか……」


 マイがポツリと呟く。

 否応なしに思い出したのだろう。肩が小刻みに震えている。


「そう、なりますね」


 申し訳なさそうに、ナユタさんが同意する。

 なんと声をかけていいか、俺も咄嗟に判断が出来なかった。


「詳細なデータの解析が少し遅れているので、それが終了するまではひとまず待機とします。

マスター、マイちゃんのこと、お願いしますね」

「……お願いと言われても」

「マイちゃん、まだ色々と気持ちの整理が必要でしょうから。もちろん、マスターにも」

「感傷に浸る間も惜しい。休める時には休んでおきなさい。準備が整い次第、再出撃するからそのつもりでいるように」


「……分かりました」


 解散を命じられ、全員で一旦リビングに戻った。

 その間、誰ひとりとして口を開く者はいなかった。

 おそらく、俺とマイ以外の全員は敢えて沈黙していたのだろう。整理しなければならないのは、そのふたりだけだったから。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は20日です。

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