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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第三幕:あの日のあの場所へ

『包囲は完全に抜けたようです。戦闘、お疲れ様でした』


 ナユタさんが静かに告げる。

 先ほどの場所から3時の方向に向かった先、確かにそこにはオルクスの全くいない場所があった。だが上手く包囲を突破してその場所にたどり着くまでには、さらに6体ほど倒さなければならなかった。


「さすがに敵の本拠地。攻勢が今までの比ではないわね……」


 ミオが汗を拭う。さすがに彼女の顔にも疲れが出始めていた。


「雑魚ばっかこんだけ純粋物量で来られると、さすがにダリぃな……」

「でも、嫌な感じ、止まりません……。やっぱり、ここは、嫌です……」


 アキにも疲労が、そしてハクは疲労よりも嫌悪が強く出ている。それだけオルクスの気配が濃いのだろう。だが本当に、この場所だけはオルクスが見当たらなかった。近寄っても来ないのはどういう訳なのか。


…あ。ここって、もしかして。


 ふと、道路標識が目に入った。

 それに、見憶えがあった。

 ボロボロで、ところどころ折れ曲がって、不自然に傾いた状態で、歩道の真ん中に、それは立っていた。

 そう。まるで、墓標のように。


 ——ああ、そうか。

 だから、あいつら寄ってこないんだ。

 近付いたら喰われる(・・・・)と思ってるんだろう。


 思わず近寄って、標識に手を触れる。

 あの日、この場所で、悠と遙は。


--兄貴、そんなおセンチにならなくてもいいよ?


…いや、なるでしょそれは。


--悠(にい)が言っちゃうと台無しだからね?


「マスター、それは……?なぜこんなところに、道路標識が立っているのでしょう?」


 ミオが怪訝そうに聞いてくる。俺の様子が少しおかしいのにも気付いているようだ。

 これを俺が知っているという事は、悟られる訳にはいかない。


「……さあな。なんでかね」

「この不自然さ。周囲に染み付いた古い血痕。おおかた、誰かが喰われる前の最期の抵抗でバトったんじゃねえの?」


…アキって、ほんと戦闘のことになると勘がいいよね。


 その血痕、お前のだぞ。分かってんのか悠?


…分かってるよもちろん。あんな痛かった思いしたのなんてあの時だけだしさ。


--悠兄はボクの能力のせいで死ぬに死ねなかったからね。悪いことしたなあとは思ってるよ。


「まあとにかく、オルクスが寄ってこないのは好都合だ。ここでみんなと合流しよう。ハク、嫌だろうけどもう少し我慢してくれ」


 頭の中のやかましいふたりをことさらに無視するように声を出す。

 いちいちうるさいんだよお前ら。ちったあTPOってもんを考えろ。


「はい……我慢、します」


 ハクが嫌がってるのは、ほぼ間違いなくここがあの日の現場だからだ。オルクスすら喰われるのを恐れて寄ってこないような場所に、居続けろと言われるのは苦痛でしかないはずだった。

 でも今は、肉体的な休息を優先したかった。精神的な休息は新宿から出ない限りは望むべくもないから、どのみち諦めてもらう他はない。


『他のユニットにも座標を送りました。マスターとユニットCはそのままそこで休息を取って下さい』

「了解。各ユニットがたどり着いたら、あの子たちも一旦休ませます。突入はその後でいいですよね、所長」

『元より現場の判断は君に一任してあるからね、いちいち了解を取る必要はないよ。君が必要と判断したことは全て実行してくれ』

「分かりました。でも上司への報告は必要だと思ってますから」

『……ふ。変なところで真面目だな、君は』

「指揮命令系統ってのはそういうものでしょう?」

『ああ、そのとおりだ』


 インカム越しに、所長の笑う顔が見えるようだった。

 よく言われるんだよ生真面目って。

 というか、命を懸けるからこそ指揮命令系統の遵守は絶対だ、って教えてくれたのは所長、貴方ですからね?




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「マスター!皆さん!」


 マイが声を上げて駆け寄ってくる。

 先に合流してきたのはやはりユニットAのほうだった。ユニットBよりも物理的に距離が近いため、これは当然と言えた。


「大丈夫だったかマイ。それにユウも、サキも」

「はい、私たちは敵に囲まれるような事もほぼありませんでしたので」

「ユニットCは当たりを引いた分、かなり戦闘を繰り返したようですね。皆さんご無事で何よりです」

「ククッ……まあオードブルにゃあ丁度いい分量だったな」

「……あれだけ戦っておいて、オードブル扱いですか。さすが、戦闘狂のアキさんですね……」


「ま、こっちはもらってるマップ通りに探索しただけだしな。それより、ユニットBが合流してくるまで少し休んでていいぞ」


 そう促して、3人とも座らせる。レジャーシートみたいな物はないので、申し訳ないが地面に直接座ってもらうしかない。


「ナユタさんから聞いてます。ここ、安地(あんち)らしいですね」

「ええ。何故かこの場にだけは奴らは寄ってこないわ。姿が見えても一瞬だけ。……まあ、おかげで少し休めたのはいいけれど、何となく不気味ではあるわね」


 サキとミオの会話を聞いていたユウの感情が、不意に何かに感づいたようだった。

 シッ。顔に出したらダメだよ、ユウ。


 チラリと俺の目を見るユウ。アイコンタクトが通じたようで、彼女は努めて表情に出さないようにしてくれた。そのおかげで誰にも気付かれずに済んだようだ。


「レイさんたちが気になりますね。無事にたどり着けるでしょうか……」

「まあそこは、ナユタさんがしっかりナビゲートしてくれてると思うけど……ナユタさん、大丈夫ですよね?」

『はい。ですが移動距離が長いぶん、接敵回数も増えていますね』


 レイとリンがいるから心配はないとは思うけど、こちらから迎えに行った方がいいかもな。


「ナユタさん、ユニットCでレイたちを迎えに行きます。ユニットAはこの場で待機ということで」

『了解しました。では合流予想地点までナビゲートします』

「マスター、私たちはお供しなくても大丈夫ですか?」

「大丈夫、ユウたちは今来たばかりだから、まだ少し休んでて。こっちは先に着いてしばらく休んでたからさ。——ミオもアキも行けるよな?」


「無論です。既に休息は充分取りました」

「おいマスター、誰にモノ言ってんだああん?」

「ハクは、大丈夫か?」

「はい。動いている方が、少し、楽です……」

「おい無視かよマスター!」


 うるせえ。戦闘狂の戯れ言なんざスルーするに決まってんだろ。


「よし、じゃあ最短距離でお願いします」

『了解しました』




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 レイたちと合流するまでは良かったものの、合流したところで敵に囲まれてしまった。だが、6人も揃えば多少の敵が集まっていても物ともしないのがMUSEだ。

 ミオとアキを中心にあっという間に蹴散らして、無事にユウたちの待つ場所まで戻り、全員が合流することができた。


「ねえ西地区ちょっと多くない?駅からこっちに入った途端にうじゃうじゃと!ウザいったらありゃしないわ!」

「ハルはいーっぱい遊べて楽しかったよー!」

「ふふ。ふたりとも、まだまだ元気いっぱいね」

「……3人とも余裕だな。まあ、少し休め」


 全員で輪になって座り。

 レイが例の“塔”を仰ぎ見る。


「……あれが、敵の本拠地ね。ずいぶん大きな建物だけれど、元は何だったのかしら」


「あれは、おそらく都庁だよ」

「都庁、ですか?『新宿』が失われる前までの?」

「推測だけどな。元は東京の中心地だったっていうし、あながち間違いじゃないと思う」


…まあ、推測もなにも知ってるんだけどね。

断言するわけにはいかないのがツラいところだね。


『都庁か、あり得る話だな。もし本当にそうなら、奴らの本拠地としても相応しいだろう』


--所長さんの場合は、知ってるのか知らないのか微妙なとこだよね。


 まあ、知識としては当然知ってるだろうけどな。


「もしマスターの言うとおり、あれがかつての都庁だったとすると、オルクスたちは都庁から発生したということになるのかしら」

「そこは何とも言えないな。最初の発生源が都庁だって可能性はもちろんあるだろうし、そうじゃなくて、発生した後にあそこを占領してねぐらにしただけかも知れんしな」

「んなもん、入ってみりゃ分かんだろ」

「アンタね、そういう行き当たりばったりなとこ改めなさいよね!」

『そうした疑問点も含めて調査・探索するのが今回のミッションだ。あまり先入観は持ちすぎない方がいい。予断は他の可能性の排除に繋がる』

「そうですね。私たちは、まだ何も知らないのですから」


『皆さん。そろそろ、塔の中に進んで下さい。

安心して下さい。周囲に生命反応はありません』


 ナユタさんの言葉で全員が立ち上がる。

 まだユニットBの休憩が少し足りないようにも思うけど、3人とももう息も整っているし、疲れた様子は見えない。


「マスター、行きましょう」

「レイ、行けるか?」

「もちろん。ハルもリンも万全よ」

「マスター。私たちも大丈夫です」

「よし。じゃあ全員くれぐれも、警戒を怠らないようにしてくれ」

「「了解!」」






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は15日です。

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