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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿—パンデモニウム—突入】
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第一幕:緊急ミッション発令

「皆、先日のライブはご苦労だった」


 所長が、figuraのみんなに労いの言葉をかける。

 7月24日、マイのデビューライブから2日後の月曜日。今日は朝一から呼び出されて、作戦指令室に全員で集合している。


「ライブを終えた直後で悪いが、特任調査員たちによる最新の調査報告書が上がってきた。それに基づき、緊急ミッションを発令する。——『新宿』地区に立ち入り、現状を調査せよ」

「ついに、始まりますね……」


 普段より二割増しで重々しい雰囲気を作ってる所長と、やたらと緊張感を醸し出そうとするナユタさん。昨日のお休みはダウンしなくて本当に良かったですね。


「『新宿』の調査・探索は、我々の最も重要な任務となる。皆、心してかかってもらいたい」

「それはいいんですが、新宿ってどこなんですか?そんな地名……聞いた事ないんですが」


 そして俺も、その流れにすかさず乗っかる。

 我ながら白々しいとは思うけど、figuraでも特自の関係者でもない俺が『新宿』を知っていてはおかしな話になる。必要な小芝居だと思うしかない。

 まあ元々、この3年間で新宿の地名なんて口にした事はないから、小芝居だとしてもバレることはないだろう。


「かつて東京の中心地だったという地区……。しかし、それを憶えている者は誰もいないと聞いています」

「オルクスが、うまれた場所……。 わたしたちは、そう、聞いています」


 ミオとハクがそれぞれ説明してくれる。

 そうか、この子たちも知識として(・・・・・)知っているだけ(・・・・・・・)なんだな。


「……今からもう3年前になる。あの日、突如として、全世界から『新宿』の記憶が奪われた。そして、それ以降オルクスたちが現れるようになったのだ」


 所長が何かを思い出すように、噛み締めながら語る。ここは芝居がかってないな。てことはこの人、新宿に何か含むところがあるのだろうか。


「……てえことは」

「敵の本拠地、ってことよね?」


 アキの言葉に、リンが続く。

 なんだかんだ言いつつも、息ピッタリなんだよなこのふたり。


「そうだ。おそらく、間違いないだろう。『新宿』は汚染が極度に深刻でね、迂闊に近付いただけで記憶を奪われかねない。そこで、これまでは最低限の調査にとどめ、同時に地下トンネルを掘削して、汚染度が低い進入ルートを開拓していた。

それがようやく完成し、君たちの出動が可能になった」

「そうでしたか。今まで以上に困難な任務になりそうですが、だからこそ、やりがいを感じます」


 アキほどではないが、ミオもかなり興奮しているようだ。

 ふたりだけではなく他のみんなも、緊張と興奮が高まっている。マイは少し戸惑っているようだが、MUSEとして必要な任務なのだということは受け入れているようだ。


「まずは現在の『新宿』がどうなっているのか、現地に乗り込み探索する。今回のミッションはそれが主任務となる。このミッションを最優先とするため、本日のアイドル業務は全てキャンセルとし、すでに関係先とは調整を済ませてある」

「短時間かつ広範囲に調査を行うため、チームを3つに分けます。ユニット構成はこちらで指示する通りに従って下さい」

「『新宿』は忘れ去られた禁忌の都市。今までの任務とは勝手が違うことを肝に銘じ、気を引き締めてかかってくれ」

「了解!」


 そうして、俺たちは『新宿』へと向かった。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 用意されたマイクロバスに揺られて、俺たちは地下トンネル入口まで案内された。見たことのない人だったから、おそらく魔防隊の探索チームのひとりなのだろう。

 厳重にフェンスで囲まれ『関係者以外立入禁止』と書かれたゲートを潜った先に、その地下トンネルの入口はぽっかりと口を開けていた。

 正確には、核シェルターかと思えるほどの、頑丈な金属製の観音開きの扉があった。それが、トンネルへの入口だそうだ。


「こちらです」


 案内されるまま、金属扉に備えられた小さなドアからトンネル内に足を踏み入れる。薄闇の広がるトンネルの中、存在するのは【殲滅武装】の戦闘衣装(ドレス)を纏った9人のMUSEと、マスターである自分の10人だけ。


「一本道ですので、迷うことはありません。トンネルを抜ければ、旧新宿駅前に出ます」


 職員が入口の外から最低限の説明だけしてくれる。おそらく、同行するつもりはないのだろう。まあ、同行されたところで護衛に割ける人数はないから、待っていてもらう方がこちらとしては助かる。


「この入口は皆さんの突入後は封鎖します。帰還の際には事前に司令まで通信を入れて下さい。最低限の通信環境は整えてありますので」


 つまりそれは、俺たちが敵地で孤立するということを意味している。まあ、オルクスに対抗出来るのはこの9人だけだし、このトンネルをヤツらに使われても対処のしようがないから、これはやむを得ないだろう。


「分かりました。それでは、行ってきます」

「了解。ご武運を」


 トンネルの中はところどころ照明が取り付けられていて、歩くのにさほど不自由はしなさそうだった。だが奥のほうは暗闇に閉ざされていて、どこまで続いているのか全く見えない。まるで巨大な生き物に丸呑みにされて、その喉の奥を覗いているかのような錯覚に囚われる。

 重苦しい音が響いて、背後で入口が閉じられた。

 傍目から見たら、こんな薄気味悪いトンネルに少女たちだけを取り残して入口を封鎖するなんて正気の沙汰とも思えないが、事情を知っている身としては、外にいる職員たちに同情するしかない。彼らだって、こんな年端もいかない少女たちに任せるのは心苦しいものがあるはずだ。


…まあ、figuraを兵器として考えてるなら、そこまで罪悪感もないかもね?


「マスターの身は私たちが全力で守ります。どうかご心配なさらぬよう」

「うん、任せたよミオ」


 昨日、あんなに弱々しかったミオは、今やすっかり元通りだ。多分これ、まだ兵器扱いされていた影響が残ってるな。


 今回組まれたユニット構成は、サイドメンバーではなく混成だった。

 ユニットAはマイ、ユウ、サキ。

 ユニットBがレイ、リン、ハル。

 そしてミオ、ハク、アキのユニットC。

 俺はミオたちに付くことになっている。他はそれぞれユウとレイが俺の代役として、リーダーを務める手はずだ。


「じゃあ、行こうか。みんな、くれぐれも警戒を怠らないように」

「了解」


 息を潜めるように小声でやり取りし、闇に向かって全員で歩き始めた。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 どのくらい歩いただろうか。もう2、3kmぐらいは歩いたような気がする。遠くに光の点が見えてきて、それが出口だと分かるまでにしばらくかかった。

 トンネルを抜けたそこは、新宿駅南口に面した大通りのすぐそばだった。見上げると、大阪の大手芸能事務所が専属の劇場を構えていたビルの看板が見えている。そしてその横には新宿駅の文字看板も。

 こんなに大きな駅が、ビル群が、丸ごと廃棄されて隔離されている。それだけでも、事の異常さを示すに充分すぎるほどだった。


 新宿……。あれからもう3年になるんだな。


…そうだね。あんなに賑やかだった街が、こんな風になるなんてね……。


「これが……新宿の、駅ですか?」

「とてもそうは見えないわね。元がどんな建物だったのか、もう想像もつかないわ」


 新宿駅の周辺は見るも無惨に変わり果ててしまっていた。人工物で固められていたはずのビルも大通りも、この世のものとも思えない不気味な植物のようなものに覆われて、半ば原形を留めていなかった。

 それでも、そこかしこに往時の面影がいくらか残っていて、自分が今どこにいるのかも、おおよそは把握出来る。だがそれも、足繁く通ってよく憶えているからこそであって、そうでなければ記憶が残っていたとしても見ただけでは分からなかっただろう。


 ナユタさんに通信を試みる。彼女は一緒にやって来て、今はトンネル入口付近の現地指揮所で普段と同様にナビゲートを務めてくれることになっている。


「ナユタさん、桝田です。トンネルを抜けて新宿地区に入りました」

『マスター、こちらナユタ。感度良好ですよ。そちらはどんな様子ですか?』


 目に飛び込んでくるのは、夥しい光魄(アニマ)の群れ。淡く光る青白い球体が、無数に浮遊していた。


「とんでもねえ数の光魄(アニマ)が浮遊してますよ……」

『オルクス個体は視認できますか?』

「それは、まだです」

『了解。敵の本拠地とおぼしき地区です、慎重に調査を進めて下さい』

「分かりました。——じゃあ、ここから各ユニットで散開しよう」

「了解したわマスター。ユニットBは予定通り、北東方面を探索するわ」

「では、ユニットAは南東方向に向かいますね」

「俺たちは西側だ。行こうか、3人とも」


 そうして俺はユニットCの3人と、西方向に向かって歩き始めた。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は2月5日です。



ちなみに作中では7月24日の月曜日となってますが、これは2023年の話だからです。

もう1年半も連載続けてますけど、実は作中ではまだ1ヶ月しか経ってなかったりします(爆)。

※物語のスタートが2023年の6月22日

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