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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第二十六幕:2020年6月、新宿(1)【R15】

【注意】

多数の人が無残に殺されてゆく描写があります。R15回です。苦手な方はご注意下さい。





 その瞬間、何が起きたのか全く分からなかった。


 用事があって新宿駅で降り、西口からたった今外に出たところのはずだった。

 晴れていたはずの空は、目の前で不気味に歪んだかと思うと、一瞬で禍々しい色合いに様変わりしていった。こんな不気味な空は今までに見たことがない。

 それどころか、いつもの見慣れた無駄にデカくて高いビル群が、見るも無惨に破壊され瓦礫と化している。あちこちで断続的に、爆発音とも崩壊音とも取れる轟音が鳴り響いていた。

 一体、何が起きたっていうんだ。山手線に乗っている時には何も感じなかったのに。


 目の前、少し離れた所にスーツ姿の女の人が倒れていた。その向こうには若い男性も。見回すと、そこら中に人が倒れて呻き声を上げているのに気付いた。

 街を走っていただろう車も、あるいは事故を起こし、あるいは停まったままで、まともに動いているのは一台もなかった。


「なんだこれ……何が、起きたっていうんだ……」


 隣で(ゆう)が呆然と呟く。


「分からん。けど、110番した方がよさそうだぞ」

「それなんだけど、電話繋がんないんだよ兄さん。ちょっとヤバくない?」

「え、マジで?」


 スマホを取り出してみると、確かに圏外表示。

 んな馬鹿な。新宿西口で圏外とかあり得ない。


「と、とりあえず、倒れてる人たちを助けようぜ。無事なの俺らだけみたいだしな」


 そう答えて俺は、さっき視界に入った女の人の方を見た。



 そこに、有り得ないモノが居た。



 紫色の、大きな口だけの、ナニカ。

 真っ白な歯並びが妙に生々しくて、まるで、でっかい人の入れ歯みたいだなとかちょっと思った。まあ、模型にしたってこんなに巨大な入れ歯なんてあり得ないけど。


 それを生き物(・・・)と呼んでいいのか、判断に困る。でも確かに動いてるし、なにやら小さな足みたいなものも二本付いてはいる。だがそれ以外には目も鼻も耳も、それどころか身体すら、ソイツには無かった。

 そう、口と歯だけ(・・・・・)だ。唇すらない。

 到底、まともな生物学上の“生物”とは言えなかった。


 と。その“口”が大きく開いたかと思うと、倒れて呻いている女の人に頭からかじりついた。それも路面の舗装ごと、ガブリと。


 肉が千切れ、骨が砕ける嫌な音。

 その“口”が体勢を戻した時には、大きく抉られた歩道と、血の噴き出す下半身だけがそこにあった。


「な、なんだあれ!?ウソでしょ!?」


 悠もその瞬間を見てしまったようだ。


「逃げるぞ。こっちに来る……!」

「う、うん!」


 もはや他人を助けるどころではなかった。ふたりで今出てきたばかりの西口に駆け込んだ。

 ——だが。


 駅ビルの中は既に異形の生物で溢れていた。

 人の手や口や目に似たモノ、あるいは鳥の脚と人の足を混ぜたようなモノ。もっと形容しがたいモノもいる。

 それらが手当たり次第に人を襲い、喰らっていたのだ。

 老若男女関係なく、人々は恐怖を顔に浮かべて泣き叫び逃げ惑い、だけど次々に捕まってゆく。手足に噛み付かれ脇腹を抉られ頭を齧られて、あっという間に肉塊になる人。腹をビームで貫かれ、あるいは頭部を吹っ飛ばされ、断末魔の声さえ上げられなかった人。また別の人は巨大な足に頭から踏み潰され、原型すら留めなかった。


「わわわ、嘘でしょ!?さっきまでこんなの居なかったのに!」

「と、とにかく逃げるぞ悠!」

「えっちょっ、待って兄さん!」


 ふたりで再び西口を飛び出した。

 外にもかなり奴らが増えていて、停まっている車から人を引きずり出したり、逃げ惑う人々に喰らいついたりしている。

 ごみごみしていて慌ただしい、でも平穏無事なはずの日常の風景はもうどこにも無く、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「こんなの、どこに逃げればいいのさ!?」

「知るか!とにかく逃げるぞ!」


 明確な目的地があるわけでもない。どこが安全かも分からない。とにかく、“奴ら”に見つからないところを探さなくては。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 どれだけ移動しただろうか。走っては隠れ、隠れては走り、気がつけば新宿駅からはずいぶん離れてしまっていた。

 だが、行く先々で“奴ら”が人々を襲っていた。誰もが悲鳴を上げて逃げ惑うばかりで、でもすぐに追い付かれ、追い詰められては殺されていく。

 よく見たら“奴ら”は人を襲って喰うばかりではなく、“奴ら”同士でも襲い、戦い、殺し、喰らい合っている。

 なんなんだこいつら、知性ってもんがないのか。


「に、兄さん……あれ……!」


 悠が指差した方向、半壊したビルの向こうを仰ぎ見る。そこに、見えるはずのないものが見えた。


「……なんで都庁が見えてんだよ……!」

「それもだけどそこじゃないよ兄さん!」


 闇雲に逃げていたし、そこらじゅう全部瓦礫と化しているから正確な現在位置なんてすぐには分からない。だけどそれでも新宿は歩き慣れた街だし、ビルの残骸や通りの雰囲気からある程度推測できる。

 見えていたのは新宿都庁の偉容だ。本来なら林立するビル群が視界を塞いで、絶対見えやしない位置にいるはずなのに。


 だがその姿は、そこに在ったのは、見慣れた無機質なツインタワーではなく。植物のような、生物の尾のような、人の手足のような、得体の知れない無数のナニカで半ば覆い尽くされた“塔”だった。ソレは都庁の面影なんて微塵も残ってなくて、全体的なシルエットと大きさと駅からの大まかな方角で、何とか都庁だと判別出来る程度のモノ(・・)でしかなかった。


「なんで、なんで都庁が、あんな事になってんだよ……!」


 都庁でさえああなら、都知事や職員をはじめ都の行政機能はほぼ絶望的だろう。となると、都民を助けるどころではないはずだ。


「もうダメだよ……東京は終わりだ……」

「警察……いや、自衛隊が来れば……いや……」


 ふと気付けば、青白く光る得体の知れない、浮遊する“玉”の群れに取り囲まれていた。

 ソレは呆然と都庁を見上げる悠に纏わりついているように、見えた。


「悠、おい、逃げ——」


 警告を、最後まで発することが出来なかった。

 俺の声に振り返った悠の向こうに現れた巨大な口(・・・・)が、悠を丸呑みにしたのだ。


 飛び散る鮮血。

 骨の砕ける、嫌な音。

 無情にも閉じられる、口。


「悠!?おい、嘘だろ……!」


 冗談じゃない!悠は最後の肉親なんだぞ!

 それをこんな所で、こんな形で、失ってたまるかよ!


 咀嚼のためか、“大きな口”が一旦閉じた口を開いた。無我夢中でそこに飛び込み、右足と右腕を突っ込んで身体ごとつっかえ棒のようにして、口を閉じるのを無理やり阻止する。

 後先考えている余裕も、そんな意識も、もはや無かった。


「悠!」

「兄さ、ん……痛い……!」


 悠はまだ生きていた。だけど血まみれで、見えているのも上半身だけだった。下半身は喉の奥に呑み込まれたのか、それとも。


「待ってろ!今助けてやる!」


 返事の代わりに、悠は血の塊を吐き出した。

 ヤバい。イヤだ。そんな今にも死にそうな姿を、仕草をするな。

 お前にまで死なれたら、俺は一体どうすればいいんだよ……!


「悠、掴まれ!」


 唯一空いている左手を悠の方に伸ばす。


「が……は……!」


 悠がまた、血の塊を吐き出した。

 その肌に、紫色の筋が浮き上がって無数に走る。その筋が悠の瞳まで到達すると、白目までみるみる紫色に染まっていく。

 まさかこれ、悠を吸収、いや同化してる……のか?


 気が付けばいつの間にか、見えていたはずの悠の両腕が見えなくなっている。


「悠、おい、悠!」


 もはや返事はなく、悠は呻き声とも叫び声ともつかない声を上げるだけだった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は20日です。

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