第二十三幕:自分だけの正しいこと
「本当に、そうでしょうか」
「……ん?」
「私、ミオさんに都合よく扱われてるなんて思ったことありません。まだミオさんとはシミュレーションバトルだけですけど、いつでも私が出来ないことを、出来るようになるまで付き合ってくれます。ユウさんもです。いつもレッスンに付き添ってくれて、分かるように教えてくれます。それこそ自分の時間を使ってまで。
いつだって、おふたりは私のために頑張ってくれてます。私がきちんとやれるまで、正しいやり方を教えてくれるんです」
あー、まあ、マイの視点からだとそう感じるのも無理はないか。
「私の前にもfiguraとして活動されてた方がいたんですよね?ミオさんの先輩だったっていう人。私がその人と比べて全然ダメだから、ミオさんは悩んで、困ってるんじゃないですか?私がその人と同じように出来れば、ミオさんも困らなくなるんじゃないですか?
私、どうしたら、いいですか……?」
そしてやっぱり、この子も解ってないんだな。
「後輩のお前が、ミオの先輩と同じように出来ると思うか?出来るわけねえだろそんなもん」
「でも、だって……」
「あんまりミオをバカにするな。そうやってミオを、彼女たちの中にある大事な思い出を、塗り替えようとするな。
お前はその子の代わりじゃないし、ミオもユウも、そんなこと望んじゃいない。まだなんにも出来ないくせに、思い上がるんじゃないぞ」
「そ、そんなつもりじゃ……」
つい込めてしまった怒気に、マイから困惑と怖じ気の感情が漏れる。
「あとな。正しいやり方、って何?」
「……えっ?」
「マイはどうやってそれを『正しいやり方』だと判断したんだ?」
「えっ、いや、あの、それは……」
「ミオが正しいと言ったからか?だったらそれは、あくまでも『ミオにとって正しいやり方』でしかなくて、『マイにとって正しいやり方』じゃないかも知れないぜ?」
「それは……その……」
「そして、お前にはまだ『何が正しいのか』を自分で判断する力はないと思うぞ?力というか、経験とか知識とか判断力とか、そういうの」
「…………。」
「今のお前は戦闘に関してはほぼミオだけ、歌とダンスに関してはほぼレイだけにしか教わってないんだ。だから今のお前が感じる『正しいこと』はミオが言うそれになってるんだ。でも、そうじゃないんだよ。
何が正しいか判断するためには、もっと多くの人から話を聞いて教えてもらって、自分の中に色んな意見を蓄えていかなきゃダメだと思うぞ。そうして蓄えた多くの意見の中から、『自分だけの正しいこと』を見つけていかなきゃならないんだ」
「自分だけの、正しいこと……」
やっぱりマイには経験が足らない。圧倒的に足らなさ過ぎる。まあfiguraになって1ヶ月程度なんだから無理もないんだけど。
でも、だからこそ、今ここでしっかり矯正しておかないと。
「例えばの話だけどさ、マイは『人を殺していい』と思うか?」
「えっ!?そ、そんなのダメです!絶対ダメ!」
「なんで殺したらダメなんだ?」
「えっ?ええっと……その。なんで、って言われても……」
「法律で禁止されてるからダメなのか?じゃあ、法律で『殺していい』って決められたら殺せるようになるか?」
「む、無理ですぅ……」
「じゃあ、ミオが『殺していい』と言ったら殺せるか?」
「ミ、ミオさんはそんなこと言いません!」
「うん、俺も言わないと思う」
「へっ!?」
「つまりそういう事だよ。——信頼する先輩は絶対に間違ったことを言わない。少なくとも自分が間違いだと感じるようなことは言わない。その信頼感が逆転して『信頼する先輩の言うことだから正しい』になってるんだ、お前の場合は」
「そう、なんでしょうか……」
マイからみるみる迷いの感情が溢れてくる。
「そうだよ。でもミオだってひとりの女の子だし、マイより歳上と言ってもまだ17歳だ。俺に言わせれば人生経験もまだまだだし、間違うことだって当然あるはずだ。なんなら俺だってまだ28年しか生きてねえし、俺だって間違うときは間違う。
人間なんてそんなもんだ」
そもそもミオだって、figuraとして覚醒してまだ1年くらいしか経っていないんだから、その彼女を盲目的に信じ込むのは相当に危ういことだ。
「そして、もしも俺とミオの意見が違ったとき、マイはどっちが正しいと考える?」
「えっ!?そ、そんなの分かんないです……」
「だよな。そういう時に、自分の中にある『自分だけの正しいこと』で判断するしかなくなるんだ。そしてそれは多くの人の話を聞いて、色んな経験をして、自分の中に積み上げたものの中から自分で作るしかないんだ」
「……はい……」
「お前の一番の欠点は『自分に自信がなさすぎること』だよ。自分を信じられないから、人の意見で判断しちまうんだ。
でも、お前に自信がない理由はハッキリしてる。それは『figuraになって自分の過去も記憶も全て失ったから』だよ」
「あ……」
「自分の中に今まで培って来たはずのものを全部いっぺんに失って、自分がカラッポになってしまったから、だから自分で何も決められなくなった。
不安で仕方なくて、何をやっても自信が持てなくて。だからミオやユウに頼るしかないんだと思う。違うかい?」
マイの感情が、どんどん“理解”と“納得”の色に塗り替わっていく。相変わらずこの子は分かりやすいな。
「はい……。私、何をしててもそれが正しいのか分からなくて。お掃除をしててもやり方は全部覚えてるのに、なんでそれを知ってるのか、どうしてそのやり方を選んだのか、全然分からなくて、怖くて、不安で……」
「でも、戦闘に関してはミオの言うことを聞いてさえいれば上手く出来る、『正しく』やれるって信じられる。——そういう事だったんだよな?」
「……マスター、私、ミオさんの言うことを聞いちゃいけないんですか?だったら私、どうしたらいいんですか?」
マイは目にいっぱい涙を溜めていた。感情も今度は“不安”で塗りつぶされている。
「ミオの言うことを聞いたらダメだとか言うつもりはないよ。彼女だけじゃなく、ユウにもレイにもリンにも聞いたらいいんだよ。ハルだってサキだって、自分なりの『正しいこと』を持っているはずだよ。ハクだってアキだってそうだ。
そういうのを、出来るだけたくさん集めて参考にして、その中から選んだり組み合わせたりして、それに自分の経験も踏まえた上で『自分で作ればいい』んだよ。そんなに難しい事じゃないはずだぜ?」
「……!」
「そうして積み重ねて自分で作ったものが、心の中の揺るがない一本の芯になるんだ。今のマイはそれがないから、不安で自信がないんだよ」
「揺るがない、一本の芯……。
それが作れれば、私も自信を持てるんでしょうか?
『自分だけの正しいこと』を見つけられるんでしょうか……」
「本当は、もう持ってるはずなんだよマイは。今までの15年の人生の中で、培ってきたものがたくさんあるはずなんだ。掃除へのこだわりなんかまさにそうだろ?figuraになったせいで忘れてしまってるだけで、本当はちゃんと全部あるはずなんだ。
でも、それを忘れてしまってる以上は、ひとまず『新しく積み上げる』しかないんだ。——そしてお前はもう、ひとつだけ積み上げた物があるだろ?」
「……えっ?」
「こないだ、生放送で歌いきったじゃないか」
「あっ!」
「やり遂げた実感、あっただろ?反響もたくさん見て、大きな自信になったんじゃないか?」
「はい!私でもやれるんだって、私にも出来たんだって、嬉しくなっちゃいました!」
さっきまで涙目だったのに、あっという間に満面の笑顔になっちゃって。
でも、この笑顔こそがマイの一番の魅力なんだよな。
「そうやってひとつずつ、ミオもユウも他のみんなも積み上げていっての今があるんだ。だからマイも焦らなくていい。すぐには無理でも、頑張っていれば結果はついて来るんだから。
その結果が出るまでは、迷惑かけてもいいんだよ。一人前になってから、みんなに恩返しすればいいんだから」
「はい!私、頑張れそうな気がしてきました!マスター、本当にありがとうございますっ!」
満面の笑顔で、前転しそうな勢いで深々と一礼すると、マイはそのまま中庭から駆け戻っていく。やれやれ、自信のない子を誉めて伸ばすのも大変だ。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は新年の1月5日です。
皆様良いお年を!




