第二十一幕:「強さ」の葛藤
【お詫びとお知らせ】
連載を再開します。
ミオの内面の描写をどうするかで納得できる表現に手間取ったのと、ちょっと別件で時間を取られていたので、更新が止まってました。スミマセン。
それとともに章タイトルを【新宿伏魔殿-パンデモニウム-前夜】に変更します。もう20話超えてるのにまだ1日が終わってなくて、さすがに新宿突入まで同じ章でまとめると長くなりすぎるので、いわゆる前後編に改めます。
ちなみに、前夜は全二十八幕となります。その後は【新宿伏魔殿-パンデモニウム-突入】の章へ移ります。
話はまだまだ続くので、お付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。
少し悩んだものの、やっぱりミオと話をするべきだと思った。ひとまず、結果的に彼女の一番辛いだろう話になってしまったことだけでも詫びておかないとな。
だが、リビングにも食堂にもミオはいなかった。となると、部屋か。
女子寮に上がって、四階の奥のミオの部屋の前まで進む。
普段はあらぬ疑いをかけられないよう、彼女たちの部屋には極力近寄らないようにしている。特にこんな奥まで来ることは基本的にない。
でも、今はそんなことは言ってられないので、意を決してドアをノックした。
「ミオ、いるか?」
「……しばらく、独りにしてもらえませんか……」
いつもの彼女からは想像も出来ないような、消え入りそうな細い声が室内から返ってきた。
「その、なんだ。謝らないと、と思って」
「マスターに、謝って頂くことなど、何も……」
「いや、でも、君の心の一番触れて欲しくない所に触れちゃったみたいだからさ。——その、知らなかったとはいえ、申し訳なかった」
ドアのすぐそばまで彼女の気配が近寄ってきて、同時にその感情も漂ってきた。茶色がかった暗めの灰色……ってことは、これは葛藤か。“信頼”の黄緑と“嫌悪”の薄紫を合わせたら、こんな色になるんだよな。
「……ユウに話を聞いたのですね。しかしマスターはよくご存知ないまま話をされたのですから、それとこれとは関係ありません。
ただ、私が、私の心が、それを区別出来ていないだけです」
ユウの言った通りだったか。ミオも頭では解ってても、心ではどうにもならないんだろうな。
廊下に座り込み、ドアに背を向けもたれかかる。
「まあ、立ち話もなんだし、ちょっと座ろうか」
「えっ?」
「ミオも座りなよ。ドア開けなくていいから」
返事はなかった。
ただ、衣擦れの音がして、ドアの向こうからもたれかかってきた感触があった。
「ミオの心の中は俺には解らないし、立ち入っていいとも思わない。なのに、気付かないうちに踏み込んで荒らしてしまっていたみたいだ。それに気付いた以上、それだけは謝らないとな、と思ってさ」
「…………」
「ユウは、君はちゃんと解ってるはずだって言ってた。でも、解ってもらえればそれでいいって話でもないと思うんだ。ミオだって17歳のひとりの女の子だ。辛い話はどうしたって辛いだろ。
そこを前もって気付いてやれなかったデリカシーのなさは、やっぱり謝らなくちゃダメと思うんだ」
ドアの向こうから、感情だけが漂ってくる。入り乱れて混ざり合ってぐちゃぐちゃで、これ多分ミオ自身も自分がどういう感情になってるのか分かんなくなってんだろうな。
「私は……自分の気持ちを抑えることが、出来そうにありません。頭では解っているのに、心が、どうしても、受け付けなくて……」
嘘偽りのない本心だと感じた。
偽ったり隠したりすることなく正直に吐露してくれるのなら、こっちとしてもやりようはあるはずだ。
「君とハクは今まで本隊所属だったし、兵器としてしか扱われてこなかったんだから、戦闘の効率とか戦果とか、そういう思考が抜けなくて当然だよな。なのにそれを全否定するとか、配慮が足らなかったと思う。反省してます」
figuraとして生き返った彼女たちの記憶と経験の大半は、言うまでもなくオルクスとの戦いが占めている。
本隊から〖MUSEUM〗に移ったユウたち3人や、最初からMuse!に所属したハルたち年少組ならまだしも、本隊に残っていたミオとハクには戦闘しかなかったはずだ。魔防隊、つまり特殊自衛隊の所有する兵器として扱われたこと、世間一般から秘匿されていること、それ以外にも俺がまだ知らない彼女たちのおそらく全部が、戦闘特化なんだ。
ミオの発言やハクの思考がそこからなかなか抜けないのも当然だ。何もなかったところにオルクス殲滅という使命だけ詰め込まれて、それが心と身体の奥底にまで染み付いてるんだから。
だから俺がミオの考えを否定したこと、それは彼女の全部を否定したに等しい。そりゃ動揺もするだろう。
「それに君たちが本隊に所属していた時に一緒だった、ソラって子。その子を戦闘中に失ったって話、データベースで閲覧して知ってたんだ。なのにそれを思い出させるどころか、また繰り返すのかって責めたも同然なんだから、さすがにあれは無神経すぎた。本当に申し訳ない」
加えて、ソラとのこと。詳しいデータを見たわけではないから正確に判断できているか分からないけど、ユウの言うとおりにミオが彼女の最期を唯一目撃したというのなら、そのことで自分を責めているのだとすれば。
そのソラの時と同じ失敗をまたやらかすつもりなのかと、叱責したも同然だ。ミオにそんなつもりはなかっただろうし、なかったからこそショックだったはず。
「それに気付いた以上、俺に出来るのは謝ることと、ミオたちの気持ちを思いやってあげる事だけだと思うんだ」
「…………」
「とは言っても、ミオがどんな経験をしたのか自分で見てきた訳じゃないから、俺は本当の意味では君の気持ちに寄り添えない。ソラって子のことも、聞いて知ったところで知識として共有する事にしかならんから、どっちみち俺はミオの『味方』にはなれても『仲間』にはなれない。その意味では、ユウたちの方がミオによっぽど近いだろ。
それでも、仲間の死を乗り越えた実例を見せてやる事ぐらいならできる。それしかできない、と言った方が適切かも分からんけど」
「……!」
「心とか、気持ちとか。自分の中にある自分のものなのに、自分じゃどうすることもできないから、辛いよな。俺だってそうだ。後輩が死んだことを、自分のせいで死なせた事実を、自分の中で消化するのに3年かかった。——自分の気持ちが自分で抑えられるようになるまで3年間も使わなきゃならなかった、と言った方が正しいかな」
それを考えれば、ミオがまだ立ち直れてないのなんて当然のことだ。なにしろ、オルクスが出現するようになってからだけでもまだ3年。ハクが最古参で、データを見る限りだとミオもソラもそれから1年以上経ってからfiguraになっている。
そう考えると、ソラがロストしてからおそらく1年も経っていないはず。近い時期にfiguraになって、ずっと共にあった仲間を失った悲しみを、そう簡単に忘れられるはずがない。
「……マスターは、お強いですね」
「別に強くはねえよ。結局俺には忘れることしか出来なかったんだから。でも君は、忘れることなく乗り越えようともがいてる。
俺に言わせりゃ君の方がよっぽど強いよ。俺だったらとっくに心が折れてる自信があるね」
「……私は、強くなんかありません」
「君が自分で自分のことを強いと思えないっていうのは、『強さ』の種類が違うってだけなんじゃないか?」
「強さの……種類……?」
「解釈は様々だと思うし、ミオの解釈が正しいか間違ってるかは俺には判断出来んけど。君自身が自分を強いと思えないのなら、それは君の心がそう判断してるって事だと思う。
だったら、違う方向から見て、考え方を変えてみたらいいんじゃないか?」
「考え方を、変える……?」
「強い、って言葉。『強くなる』って言葉の意味。人によって受け取り方は様々あると思うんだ。ミオが目指してるのは戦闘での強さなんじゃないか?味方をどんな敵からも守れるほど自分が強くなれれば、もう二度と誰も失わなくて済む。そういう事だろ?
それはそれで正解だと思う。でも君は俺を強いと言った。その『強い』は戦闘での強さを言った訳じゃないよな?つまり、そういう事だよ」
「…………マスター」
立ち上がる物音、鍵が開く音。それからドアの開く音。
振り返ると、泣きそうな顔のミオが肩を震わせて立っていた。
「私は、私は……マスターのように、強くなりたいです……。
どうしたら、どうすれば、マスターみたいな強い心を持てますか……?」
感情が千々に乱れて、思考が袋小路に入り込んでいるのがありありと分かる。ミオは崩れ落ちるように膝をつくと、そのまま座り込み、手で顔を覆ってしまった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は12月25日です。
更新日はクリスマスですけど、作中ではまだ7月末なので特にイベントはありません(笑)。




