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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第二十幕:緑青色の自信

 意図しなかったとはいえ、ミオの抱えているトラウマをガッツリ抉ってしまった事に気付いて、青ざめるも後の祭り。

 ヤバいマジでどうしよう。


「ミオになんて詫びればいいんだろう……本当に申し訳ない話をしてしまった……」

「あまりご自分をお責めにならないで下さい。ミオさんも、ちゃんと解ってくれていると思います」

「でも、ミオにとって一番辛いことを思い出させる話だったんじゃ……」


「いいえ、そうではありません」


「……えっ?」

「マスターがお話されたのは、『今のやり方では、いつかマイさんを死なせてしまうかも知れない』というお話でしたよね?」

「ええと、うん、まあ、そのつもりだったけど」


 オルクスと命を懸けて戦うというこの子たちの使命。それを後輩への指導のまずさで死なせてしまった俺の過去の経験になぞらえて、もっとよく考えるように諭すつもりで話はしたけれど。


「ええっ!?そ、そうなんですか!?」

「ミオさんにはちゃんと伝わっています。そして、その話はfigura(わたしたち)が抱えている過去の話とは微妙に違う話だというのも、彼女はきっと解ってくれています」


 過去の話……全員で戦ってソラって子がロストしたっていう、その話だよな。


「だって、彼女はミオさんのせいで命を落と(ロスト)したわけではないのですから」

「え……そう、なのか?」

「はい。ミオさんが、自分のせいでそうなってしまったと思い込んでいるだけなんです」


 そう言えば、ソラって子がロストしたことは知っているけど、どういう経緯でロストに至ったのかは詳しく聞いてないな。


「そもそも、彼女はミオさんの先輩に当たります。ですからマスターのお話とは前提から状況が異なります。ミオさんも解っているはずですよ」

「だったら、いいんだけど……」


「あっ、あの私、話がよく解ってなくて……。

どういうこと、なんでしょうか……?」


 俺とユウの話に取り残される形になっているマイが、おずおずと言葉を挟んでくる。


「マイさんが加入する前、オルクスとの戦闘でロストに至ったfiguraがひとり、いたんです。その子の話ですから分からなくても仕方ありませんよ」

「そ、そんな人がいたんですか……」

「ソラさんという子なんですが、その時はとても厳しい戦いで、私たち全員が戦闘不能になるほどだったんです」

「ええっ!?」

「最後に残ったソラさんが相討ちになる形でそのオルクスを仕留めて、私たち全員を救って下さいました。ミオさんはその時、一時的に意識を回復して、そのせいでソラさんの最期を唯一目撃してしまったんです。たけどミオさん自身も戦闘不能には変わりなくて、それで彼女を助けられなかったと自分を責めているんです」


 そうだったのか。それなら、自分が意識を回復しただけでなく戦線に復帰できていればソラのロストはなかったかも知れない、とミオが自分を責めていても不思議はないな。


「今はまだ、難しいかも知れません。でもいつかきちんと乗り越えられたら、その時にはミオさんはちゃんとマイさんにも話してくれると思います」

「そ、そうなんですか……?」


 ユウがマイの方に身体ごと向き直る。そうして、真剣な表情を浮かべてマイに語りかけた。


「マイさん。私たちは、命を懸けてオルクスと戦っていますよね」

「は、はい……」

「そして私もミオさんも、マイさんの先輩にあたります」


 アイドルとしてはマイのほうがミオの先輩になるわけだけど、figuraとしてはミオやハクのほうがマイの先輩ということになる。もちろん、オルクスとの戦闘に関しても。だからこそマイもシミュレーションでミオの指示に従っているわけだし。


「つまりマスターは、後輩のマイさんを戦闘でロストさせないためにもっとよく考えて指導して欲しい、とミオさんにお願いしたんです。

マスターはご自身でそれができなくて悔しく辛い思いをなさったからこそ、ミオさんにはそういう思いをして欲しくないと願って下さって、さっきのお話をされたんです」


 ああ、やっぱりユウはちゃんと解ってくれてたんだ。


「でもそれは、あくまでも先輩である私たちが考えるべきことです。マイさんは今はただ、経験を積んで戦闘技量を磨くことを頑張って下さい。もちろん、アイドルとしてもです」


…うん、いつもの容赦ないユウだねえ。


「はい……。

その、戦闘のことはまだまだ全然なので、もっともっと頑張りたいです。アイドルも全然ですけど、その……、このあいだのデビューライブは本当に楽しかったです。まだまだ私なんか全然下手っぴなのに、そんな私の歌も皆さん喜んで聞いてノッてくださって。だから歌い終わったあと、とっても気持ちよかったんです」


 マイがポツポツと話し出す。

 感情も、決意と覚悟とやり切った自信⸺緑青(ろくしょう)色が、ほんの少しだけ顔を覗かせる。


「だから、またあれを味わってみたい……って、また味わえたらいいな、って。そういう気持ちがあります」


 マイの感情に“自信”が出てきたのはすごくいいことだ。やっぱり自信を持つには、成功体験が一番だよな。


「音楽番組の生歌披露の時もそうでしたけど、ライブのあとにネットのニュースで話題になってるの、私、読みました。

ビックリしたけど、公式の、その、マスターが上げた写真とか動画とかも見て、コメントもたくさん読んで。私の歌でも皆さんに喜んでもらえるんだって、たくさん、たくさん勇気をもらいました」


 マイ、エゴサしてたんだ。

 でも、良い顔になってるな。


「アイドルは歌うことで皆さんに勇気と感動を与えられる。でも、今はまだ歌うことで私の方がたくさん勇気付けられてる……。

だけど、それじゃダメだって思って。ファンの皆さんにいただく分よりもっともっとたくさんの勇気と感動を、皆さんに分けてあげられるようにならなきゃ、って……」


「ふふっ。マイさん、すっかりアイドルの顔になってますよ」

「へっ!?そ、そうですか!?」

「うん。良い顔してたな」

「そ、そんな、私なんか全然まだまだで……」

「サキにも言った事だけど、『私なんか』なんて言うな、マイ」

「……えっ?」

「一緒に暮らしてみて分かったと思うんだけどさ、アイドルって言ったって中身は普通の等身大の女の子だ。みんなマイと歳もそう変わらないし、好き嫌いもあれば怒ったり泣いたりもする」

「は、はい……」


…マイはMuse!に憧れてた、Muse!の大ファンだった頃の自分を失っているから、今はまだ実感湧かないかも知れないけどね。


「でも巡回で街に出ればいつだってファンに囲まれるし、ライブをやれば大勢の人を熱狂させられる。Muse!のみんなは、普通の女の子で、同時にアイドルなんだ」

「そう、ですね……」

「そしてマイも、普通の女の子(・・・・・・)だろ?」

「えと、私は、その、普通すぎて逆にダメっていうか……」

「じゃあアキと比べたらどうだ?」

「あ、アキさんとですか!?」

「アイツは『普通』を通り越してちょっと変わった(・・・・・・・・)やつだけどさ。普段は訓練もレッスンも嫌がって逃げてばかりで、ファンに勇気とか感動とか与えるつもりも全然ないし」

「そ、そこまでは言わないですけど……」


 まあ、アキの場合は『頑張らないことで勇気づけてる』んだろうけどな。世の『頑張れない人たち』を。


「でも、ステージに立てばアキだって立派なアイドルだ。1周年記念ライブでもちゃんと輝いていただろ?」

「は、はい!それはもう!」

「アイツはアイツなりの『アイドルの姿』というのをしっかりと見定めて追ってるんだ。だからちゃんとアイドルになってる。

だからマイも、『マイらしいアイドル』を目指したらいい。俺はそう思うけどな」


「私らしい、アイドル……」


「ふふっ。マスターは、私たちのことを本当によく見て下さってますね。私嬉しいです!」

「いやだって、それが仕事だし」

「マイさん。シミュレーションは切り上げて、レッスンに行きませんか?一緒に歌唱パートの練習しましょう!」

「……!はっはい!私やります!」


「いやだから、もうメシだって」

「あっ、そ、そうでした!」

「ふふ。じゃあお夕飯終わった後にでも」

「あー、いいけど、もう夜だから程々にな。ってかまずは汗流しておいで」

「そうですね。ではマイさん、背中流しっこしましょうか」

「はい!お願いします!……あっマスター、ありがとうございましたっ!行ってきますっ!」


 そうしてふたりも、慌ただしくシミュレーションルームを出て行った。

 なんか途中で話変わっちゃった気がするけど、うーん、まあこれはこれで大事な話だし、いいか。

 彼女たちを見送り、コントロールデスクでログアウト処理をして部屋の証明を落としてから、俺も寮棟のダイニングへと向かった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は30日の予定ですが、もしかしたら1回お休みするかも知れません。



【前回(十九幕)の後書きにつけるはずだった話】

主人公・悠の語る警備員のエピソードですが、多少アレンジしているものの作者の実体験です。

若い頃に交通誘導警備員のバイトをしていたことがあるんですが、作者の入社の直前にその会社では死亡事故が起こって営業停止の行政処分を受けたそうで、当時の先輩や所長から事故の状況やそれを踏まえた対策などを散々叩き込まれました。

その後、一度辞めたあとしばらく経って出戻ったんですが、その辞めていた間に作者も顔を知ってる後輩が、やはり現場の事故で亡くなりました。その後輩は直接知っているわけでも自分で教育したわけでもなくて、辞めていた間にその会社の受け持つ現場に何度か通りがかって差し入れした程度の間柄だったんですが、それでもやっぱり亡くなったと聞いた時にはショックでしたね。


道路工事の現場での死亡事故、あまり報道もされないから目立ちませんけど、昔は毎年のように全国どこかで起こっていました。今はだいぶ対策されて減ってはいますが、それでも事故は起きています。

警備員って現場では一番格下に見られてこき使われる上、法律で厳しく規定されて法的な権限は一切無し(例えば信号機には法的拘束力があるけど、警備員の合図に従う法的義務はない)、それでいて事故を起こせば警備会社の責任になるっていう、弱い立場です。しかもそのうえ工事業者には単価を値切られて、ほぼ最低賃金レベルの薄給でしか働けません。

公共工事が無駄の温床みたいに言われて必要な予算まで削られまくって久しいですが、しわ寄せがモロに来ているひとつが警備業界です。そうなる前は少なくとも、肉体労働に相応しいレベルの給与をもらえてたんですけどね。


まあ業界離れてだいぶ経つんで、今はもっと改善されていることを祈るばかりですけど。でも警備業法が改正されたなんて話も聞きませんしねえ。


そんな警備員の人たちに、どうか少しだけ優しくしてあげて欲しいなと思います。差し入れしろとか言いませんから、工事現場で止められたからって文句言ったりしないで、「お疲れさま」と一言言ってあげて下さい。

特に女性の方。女の子にそう言われるだけでも現場のテンションが爆上がりしますので(笑)。よろしくお願いします!

(なんのお願いしとるんや)


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