第三幕:赤銅色の八つ当たり
「アタシはまだ、アンタのこと認めたワケじゃないんだからね!」
はい、そうですねリンさん。
てかリビングでいきなり説教始めるの、やめてもらっていいですかね。
「あらあら。リンさん、何の騒ぎですか?」
「どうもこうもないわよユウ!アタシはね、こんなヤツの指示に従うのなんて冗談じゃないって言ってるの!頭ボサボサだし、服ヨレヨレだし、無精ヒゲ伸ばしっぱだし見るからにデリカシーなさそうだし!アンタね、禁煙パイプ咥えてボサーッとしてんじゃないわよ!
オマケになんでコイツ、女子寮に住み込んでんのよ!」
…それはまあ、僕に言われても。
しかし酷い言われようだな〜。
リンの全身から、赤銅色の“感情”が立ち上っている。これは怒りと羞恥が混ざった色合いだ。
「ナユタさんからも説明がありましたよね?住み込みなのはマスターの身の安全と、業務の利便性を考えての決定事項だ、って」
「だって男が一緒に住むなんてアタシ聞いてないし!」
…うん、僕も聞いたの昨日だし。
なんでリンがこんなに怒っているかと言えば。
朝、部屋を出てきた彼女と廊下でバッタリ出くわしたんだよね。
リンさんってば俺が同居するってのを忘れてたらしく、すっかり油断してて下着姿で。多分朝風呂でもするつもりだったんだろうけど、俺と目が合った瞬間に固まって、それはもう外にまで聞こえそうな大絶叫のあと大慌てで部屋に逃げ込んで。
完全に出会い頭のことで呆気にとられて固まってたら、服を着直して出てきた彼女に胸ぐら掴まれて。
…で、朝っぱらからこうしてリビングで、リン台風のまっただ中で正座させられる羽目になってます。はい。
いやでも、この台風停滞中でしばらく逃げられそうにないなあ。なんか昨日のマズい指示の件まで怒り始めてるし。
仕事、あるんだけどなあ。
外は朝から雨が降っている。なんかこっちの気分まで雨に濡れてるみたいだ。
ピピッ。
手元のタブレットから通信の着信音がした。
ナユタさんだ。
『マスター、起きてますか?
今朝はまだ事務所に顔を出していないようですが』
「はい、今リンさんに怒られてます……」
『……はい?』
「ほらリンさん、マスターはお仕事があるんですから」
「……えーっと。リンはアキと今日の昼イチからスポーツ特番の収録。ユウはサキと10時から情報バラエティの生出演だね」
「わ、分かってるし!」
「はい、大丈夫ですよ」
「収録は俺もナユタさんと一緒に立ち会うんで、よろしく」
「なんで!アンタが!来るのよ!」
『リンちゃん。マスターがマネージャーも担当するって話、昨日聞きましたよね?』
「うぐっ。そ、そうだけど!」
『いいから、すぐマスターを解放して下さい』
「~~~~~!」
リンは顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
まあねえ、気持ちは分かるんだけどねえ。
「まあさっきのアレは俺も悪かったと思ってるし、後日なんかお詫びするからさ。もうそろそろ勘弁してよ」
「そ、そんな口約束だけで逃げようったってそうはいかないんだからね!」
「リンさんったら」
「分かってる。約束するって」
「朝っぱらからウルセエなあ。見られたぐれえ何だよ減るもんじゃなし」
「うるさい!減るの!」
いや減らないけどね?
むしろ減ったらビックリだわ。
ていうか、アキ意外とこういうトラブルにも顔出すんだ?なんか俺様キャラだし馴れ合うの嫌いなのかと思ってたけど。
…ま、まあ、とにかく急がないと。
「えーっと。ユウ、申し訳ないけど後任せていいかな?」
「はい、大丈夫です。行ってらっしゃい」
「ていうか!なんでアイツ、アタシ達のこと呼び捨てにしてんのよ!」
…いやだって所長が昨日、どちらが上位者かハッキリさせるためにも全員呼び捨てにしろ、って言ってたし。
それも僕のせいじゃないよ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「大丈夫ですか?何か問題でも?」
「いやまあ、かくかくしかじかで……」
ようやく顔を出せた事務所で事情を話すと、ナユタさんはしばらく腹を抱えて笑っていた。
…まあ客観的に見て、被害者は僕の方じゃないかなーなんて思ったりもしないでもないけど。
でもまあ、女所帯の男独りはそれだけで絶対悪だからなあ。
いやナユタさん、笑いすぎ。
「朝から何の騒ぎかしら?」
「あ、おはよう、レイ」
「おはようマスター。何かリンが騒いでいたようだけど?」
「レイちゃん聞いて。リンちゃんが……」
かくかくしかじか。
「リンにも困ったものね。多分、バツが悪くなって当たり散らしてるだけだと思うけれど」
…はい、同意見です。同意見ですけど、それはこっちが言ったらだめなやつ。
「まあ、そこはユウに後を頼んできたから」
ああそっか、ユウにもお礼しないとな。
「ユウに任せたのなら大丈夫よ。きっと上手くなだめてくれるわ」
「そう願いたいね。で、レイは今日はオフってことで、ハルとふたりで午前と午後と巡回お願いできるかな?」
「了解よマスター。任せて」
「ありがとう。じゃあ俺はナユタさんと挨拶回り行ってくるから」
「ええ、行ってらっしゃい」
なーんか今日もドタバタしそうだなあ、と。
そんな事を思いつつ、まだ少し笑ってるナユタさんと一緒に事務所を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あらー新人さん?初々しい……ってほど若くもないけど、でもなかなかいいオトコねえ♡」
「ええと、はい。今度からMuse!のマネージャーを新しく担当する事になりました桝田悠です。よろしくお願いします」
「マスタちゃんて言うのね。こちらこそ、よろしくお願いね♪アタシのことは、ナオコって呼んでくれればいいわよ☆」
いやなんでオネエの人に挨拶してんだろうか。
誰この人?芸能人?
訪れたのは在京キー局のひとつ、首都TV。
Muse!の現在の出演番組の半分近くが首都TVの制作なので、それで一番最初に挨拶にやって来たというわけだ。大手キー局なので、ナユタさん的にはこのナオコさんみたいな業界関係者と顔を合わせることも想定にあったのだろう。
「私からもよろしくお願いします、ナオコさん。まだまだ新人ですから至らない所も多いかとは思いますが、しばらくは私の方でもサポートしたいと思いますので」
「ナユタちゃんも大変ねえ。でもこれで少しは楽になるんじゃないかしら?良かったわねえ」
「はい。そうなるといいんですけど……」
いやいやナユタさん、プレッシャーかけないで。
「こちらのナオコさんは大手芸能事務所〖ムーンライトスターズ〗の統括マネージャーさんです。業界のことに大変お詳しいので、桝田さんも何かあったら相談してみて下さいね」
「いいわよぉ、なーんでも頼ってくれちゃっていいからね☆他ならぬナユタちゃんの頼みだから聞いちゃうわよ、アタシ♡」
「今日は午後から、リンとアキの収録でそちらの〖ルクステラーエ〗さんと収録ご一緒しますので、その時にまたご挨拶に伺いますね」
「あら、そうなの?じゃあ後でまた逢えるわね♪」
「はい、よろしくお願いします」
そこまででナオコさんと一旦別れる。
たまたまバッタリ会ったからとはいえ、局の関係者よりも先にあの人に挨拶したのはどういう事なんだろうか。
「ナオコさん、統括マネージャーの肩書きで現場に来られてますけど、実はムーンライトスターズの社長さんなんですよ。この業界で影響力の大変強い方なので、仲良くしておいて損はありません」
「社長!?社長が直々に現場仕切ってるんですか!?」
「そうなんです。生涯現役、というのがモットーだそうで。自社のタレントだけでなく、他社のタレントさんにもマネージャーさんにもスタッフさんにもとってもよくして下さる方で、私も最初の慣れない頃はずいぶんお世話になったんですよ」
言われてみれば、結構いい年だったような気がする。でもそれは、ムーンライトの社員さんはやりづらいだろうなあ。
しかし、あんなオネェのオッサンが、大手芸能事務所の社長ねえ。
世の中、色んな人がいるなあ。
それにしてもTV局なんて初めて入ったけど、なんというか、ゴミゴミしてるな。
まあでも、現場なんてどの業界も案外似たようなものかも。綺麗なのって外から見える所だけなんだよね。
【お断り】
続き番号は振ってませんが、第三幕〜第五幕までで「1話」です。長くなったので分割し、分割するには短かったので加筆し、そうするとタイトルがそぐわなくなったのでタイトルも別々のものになりました( ̄∀ ̄;
あと作者はどうも超長編を書く時は「テンポのよい急展開の連続」というのが苦手のようだ、と最近になって気付きつつあります(爆)。かといって設定の都合上、ほのぼの日常系で押し切るわけにもいきません。
そんなわけで、話は少しずつ動いてゆきます。どうか気長にお付き合い下されば幸いです。とりあえず、【はじまりの1週間】は全37話(三十七幕)の予定で、フィギュラと呼ばれる少女たちと主人公とが少しずつ絆を深めていく章になります。それを踏まえてお付き合い下さいますようお願い申し上げます。




