第十八幕:最高効率
ハクを連れ帰って一緒にリビングまで上がると、相変わらずハルはTV見てるし、リンはスマホいじってるし、レイは優雅に紅茶を飲みながら小説を読んでいた。
「あらマスター、おかえりなさい。ハクも一緒なのね」
「えっハクびしょ濡れじゃない!もしかして公園に行ってたの!?」
「あっハクちゃんだ。濡れたままだと風邪引いちゃうよ〜?お風呂入っておいでよ!」
レイがまず俺とハクに気付いて、リンが慌ててバスルームからバスタオルを取ってくる。ハルはちょっと驚いたようにそう言うと、再びTV画面に戻った。
いやハルさんや。マイペース過ぎないか?
「あとのみんなは、相変わらず?」
「ええ。サキとアキは自分の部屋にいるし、ユウたちもシミュレーションルームから戻ってきていないわね」
「今日の夕食担当は?」
「それはアタシだからもうぼちぼち準備するけど。あっマスター、ユウたちにそろそろ戻ってこいって言ってきて」
いやリンさんや。上司をアゴで使うのやめなさいよ。
でも壁の時計を見るともう夕方の5時を回っていた。確かにそろそろシミュレーションを切り上げさせて、夕食の前に汗を流させた方が良さそうだな。
一旦自室に戻り、体を拭いて着替えたあと、研究棟のシミュレーションルームに向かった。
音漏れ防止のための前室を通り抜けてルームに入ると、熱心にバトルを繰り返す彼女たちの姿が目に飛び込んできた。
「あっ、マスター!お疲れさまです!」
「あら、マスター。ハクさん見つかりましたか?」
「…………今度は、どうしたんですか」
彼女たちのバトルをしばらく眺めていたら、バトルが一段落したタイミングでマイに気付かれた。それをきっかけにユウもミオも俺がいたことに気付く。
いやあ、なかなか熱の入った訓練っぷりで。特にミオの熱血スパルタ訓練とそれに必死で食らいつくマイの頑張りは、見ててちょっと感動すら覚えなくもない。バトルそのものもスムーズな連携と適切なスキルタイミングの選択とで安定した戦いぶりだった。俺が指揮してるのとあんまり変わらない。
ま、それはいいんだが、見ていて少し引っかかった事がある。
「いや、もう5時過ぎてるからさ」
「ああ、もうそんな時間になりますか」
「ええっ?全然気付きませんでした!」
「では、そろそろ切り上げることに致しますね」
「まあそれはそれとして、3人ともこっち来て」
コントロールデスクのモニターの前に3人を呼び寄せて、先ほどのシミュレーションバトルのリプレイ再生をみんなで見た。
前衛にマイ、後衛にミオ、そして補助にユウを置いて、画面の中の彼女たちは意思統一された動きで躍動している。基本的には個々の判断で動いているものの、全体としてミオが指揮統率していた。
ミオの戦術的思考はさすがの本隊仕込みというべきか、俺自身も色々と参考になるものだった。
「これ見て何か言うこと、ある人?」
マイは分かってなさそうで首を傾げた。ユウは一見して表情が変わらず、感情も凪いでいる。そしてミオは。
「どうでしたかマスター。マイの現状の実力を鑑みた上で最高効率を追求しました。このまま経験を積めば、まだ経験の浅い彼女も一端の兵器に……あ」
おおっと、それ以前の問題が出てきちゃったよ。
「ミオももうぼちぼち、その思考から抜けて欲しいんだけどなあ」
「も、申し訳、ありません……」
「まあ長年植え付けられた意識はそう簡単には変わらんと思うし、焦らず少しずつ改善して行こうか。あとマイにその思考を植え付けちゃダメだからね」
「は、はい……」
マイはキョトンとしたままなので、まだ染まってはなさそうなのが救いかな。
「それでね、さすがはミオ……って言いたい所なんだけどさ」
「はい……、何か問題でも?」
「次はミオの“舞台”で、マイをメインアタッカーにしてやってみて」
「えっ?」
「だから。『いつもと違うやり方を見せて』って言ってんの」
「……何故です?今のが最高効率の戦術だと思いますが」
ミオ、やっぱり解ってないか。
ちょっとそれは問題かもな。
ひとつ前のバトルのリプレイを呼び出して倍速再生をかける。そのもうひとつ前のも、さらに前のも、次々に倍速再生する。
全部、同じだった。
それを見せられる3人のなかで、ユウの表情と感情だけがわずかに動いた。
「これが最高効率なのは異論はないよ。でも、この戦術が取れない時はどうする?」
「……!?」
「ひとつの戦術しか試さないんじゃあ、シミュレーターの意味ないだろ?色んなパターンを試して、実戦での戦術の幅を広げるようにするのが『正しいシミュレーターの使い方』なんじゃないか?」
「……それは、まあ、そうですが……」
「もっと言えば、どんな編成でもある程度変わらない安定した戦果が挙げられるように訓練しないとダメだと思うんだよ。それを見せて欲しいって頼んだつもりなんだけど、伝わんなかったか?」
倍速リプレイの中の彼女たちは常に前衛がマイ、後衛がミオ、補助がユウで固定だった。敵設定のオルクスは種類も属性もバラバラなのに、戦闘衣装変更と魔術の発動タイミングなど、微調整だけで対応していた。
微調整だけでいけるということは、戦術や編成に汎用性があるということ。それはそれで素晴らしいことだけど、それで対応できないシチュエーションに遭遇した時には一気に脆くなってしまう。
「デイリークエストでアフェクトスの収集が出来るようになって、ミオがたくさん回していっぱい稼いでくれてるのもデータで見せてもらってる。デイリーの編成は現状であれ以上はないと思う。
でも、それ以外の編成や戦術のパターン、全部試してみた?属性とか、ドレスや武器の組み合わせとか、スケーナを誰が担当するかとか、パターンはいくらでも増やせると思うんだ」
「……」
「もちろんミオの事だから、本隊時代も含めて今まで戦って経験を積んできた中で、そういうのは全部試した上での今だと思うよ。でも、最近はこの3人での固定パーティでシミュレートしてることが多いよな?マイを鍛えてくれているんだとは思うけど、自分の考える“最高の戦術”をマイに押し付けることになってないか?」
「……えっ」
「例えばこの最高効率の編成だけしか練習してなかったとして、いざ実戦って時にもし新型が出てきたら?それまでの最高効率の編成が、その新型に対して最適解じゃなかったらどうする?
最高効率の練度を上げるのは重要だよ。それは分かる。だけど、だからってそれ以外を切り捨ててもいい訳じゃなくて、戦術の手札はなるべく多い方がいい。俺はそう思うんだけど。
どうかな?俺、間違ったこと、言ってるか?」
とうとうミオは、俯いて黙ってしまった。
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