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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第十五幕:アフェクトス注入⸺レイ

「レイ。このあと、アフェクトスの注入しようかと思うんだけど、どうかな?」


 シミュレーションルームを後にしてリビングに上がるエレベーターの中で、レイに言ってみる。

 明日からの新宿探索に備えて、少なくともリーダー3人は『記憶の鍵』だけでも入手しておいた方がいい気がする。リンの鍵はもう発現しているから、できれば今日のうちにレイとユウの注入をやってしまいたい。

 まあ、俺や彼女たちが疲れてしまったら本末転倒だから、そこは体調や疲労と相談ではあるけど。


 エレベーターに乗っているのは俺のほかはレイ、リン、ハク、ハル、アキだけだ。ミオとユウはシミュレーションルームに残ってトレーニングするというので、程々にしとくように釘を刺しておいた。

 ちなみにミオはハクも付き合わせようとしてたけど、ハクはその前からひとりで訓練してたからと許可しなかった。訓練は用法・用量を守って正しく行いましょう。シミュレーター利用履歴を確認する限りでは最近のハクはダントツで回してるんだから、少しは休ませないと。


「私に、注入を?それは……構わないけれど」


 レイからは少しだけ緊張の感情。


「うん、じゃあ君の部屋に行こうか」

「ええ、分かったわ」

「ほえっ?レイちゃんアフェクトスの注入するの!?

ハルもやりたい、やりたーい!」

「ハルはまた今度な。順番にやってくから待っててくれ。アキも、ハクもな」

「そっかー、分かったー!」

「オレは別にどっちでもいいぞ」

「マスターに、従います」


「リンの鍵を片付けるのは、悪いけどまた今度にしようか。気になってるだろうけど、もう少し待っててもらえるか?」


 横で身を固くしているリンにも声をかける。


「……その、アタシは構わないわよ。マスターの都合もあるだろうし、信じて待ってるから」

「うん、ありがとうな」


…うーん、『信じてる』の言葉が微妙に重い……。

まあ、リンからの“信頼”が強くなってるせいなんだけど。



 リビングに向かうリンたちと別れて、レイと3階まで上がる。


「どうぞ。私の部屋よ」


 通された部屋は、パステル調に統一された内装のお洒落な部屋だった。壁紙から替えられていて、元の部屋の色合いはほぼ天井と柱にしか残っていない。

 窓には精緻な刺繍が施されたレースのカーテン、部屋の中央には小ぶりだが豪奢なテーブルが置いてあり、それを挟むようにひとり掛けソファが二脚。テーブルの上には埋め尽くすほどの花が飾られた花瓶……花瓶あるよね?花に埋もれてて見えないけど。

 片方のソファの横には棒状のアロマを挿した小瓶を置いた小さなサイドテーブルがあり、もう片方のソファの後ろにはなぜか裸のトルソーがある。これはお気に入りのドレスでもかけておくつもりなんだろうか。

 トルソーの左右には趣味のいい化粧台と、ティーセットの入っている小さなガラス戸の棚。壁には高そうな花の絵がいくつか掛かっている。


 総じて、気品というか美しさに充ちた部屋で、いかにもレイらしい部屋だった。


 ん、あれ?ベッドどこにあるんだ?

 ……ああ、背の高いベッドサイドウォールが置いてあってその向こう、奥の壁に沿って横向きに据えてあるのか。もし万が一寝ている時に部屋に入られてもベッドサイドウォールの影になって、直接寝姿が見られないようになってるんだな。

 つまりウォールの向こうは、レイの完全プライベート空間ってわけだ。


「男の人と同じ部屋にいるのは新鮮ね。これもよい経験になるのかしら」

「いや、どうだろうな」


 んーまあ、女子寮まで上がってくるような男性は俺しかいないけどな。何かの拍子に工事業者が来たりするようなこともあるだろうけど、そういう一般人とレイが自室でふたりきりになるようなこともないだろうし。

 もしもレイに彼氏とか出来たらその時は……っていやいや、この子figuraだしな。


「じゃ、始めようか」


 長居し過ぎても余計なことを考えるだけだから、さっさと本来の用事を済ませてとっとと退散することにしよう。この子とふたりきりになる時間は可能な限り減らすべきだ。

 だってぶっちゃけた話、この子19歳で法的にももう成人だし、肉体的にも精神的にも自立した大人と言っていいし、うっかり気を抜くとひとりの女性(・・・・・・)として見てしまいかねないんだよね。歳だって俺と9歳差で、28歳(アラサー)になった今じゃ普通に守備範囲(・・・・)なんだよな。


「ええ。では、お願いするわ」


 そしてこの微笑みね!マスターに対する全幅の信頼があるんだろうけど、俺がそういう不埒な考えを持ってるかも知れないなんて微塵も考えてなさそうだもんな!

 だから余計に下手打てねえし!


 心を落ち着かせながら、いつものように右手で鍵を作る。呼応するように、レイの胸に『霊核(コア)』の鍵穴が浮かぶ。

 彼女もやはり、少し緊張しているようだ。

 その右肩に軽く左手を添え、「いくよ」と一言かけて、右手で鍵を挿し込み回した。

 同時に鍵は青く染まる。この部屋には青哀(シアン)のアフェクトスが充ちている。


「あぅ……んん……っ」


 身体がピクリと反応し、レイが軽く悶える。


「……ん、ん……っ、

あ、あああああっ……!」


 あっという間に部屋に充ちる青哀(シアン)のアフェクトスが流れ込んでいく。レイの背がのけ反り顎が上がり、喘ぎが次第に大きくなって、絶叫とまではいかないが叫びにも似た、悲鳴に近い声になる。

 彼女が右腕にしがみついてきた。

 レベル4相当、と目星を付けた所まで注ぎ込む。あまり無理はさせられないので、程よい所で鍵を抜いた。


「…………もう、終わり?」


 額に汗を浮かべ、肩で息をしながらも、努めて冷静に彼女が訊いてきた。


「うん。注入にはまだ慣れないだろうから、あんまり強がらない方がいいよ。辛かったり、痛かったりとか、ないか?」

「ええ、多分大丈夫。ただ……少し血圧が上がっているかしら」

「少し座ろうか。無理は禁物だぞ」

「ええ、ありがとう……」


 レイをソファに座らせ、自分ももう一脚のソファに腰を降ろす。しばらく深呼吸させ、リラックスさせる。

 そうこうしていると、胸に浮き出たままの彼女の『霊核(コア)』の鍵穴の上に青い光が集まってゆく。目測どおり、『記憶の鍵』が発現したのだ。

 ということは、今後は今日彼女に入れたアフェクトス量がひとつの目安ということになる。感覚的なものでしかないから、しっかり覚えておかないと。


「これが、私の『記憶の鍵』なのね……」

「うん。これをもう一度『霊核(コア)』に挿し込んで、開いた『迷宮』を踏破した先に、君の記憶が眠っているはずだ」

「私の、記憶……。

知りたいような、知るのが怖いような……」

「まあ、ひとまずは明日以降だね。今日のところは心身を休めることを優先しよう。気分の方はどう?少し落ち着いたか?」

「ええ、OK、落ち着いたわ」


 確かに呼吸とともに、精神状態も落ち着いてきたようだ。紅潮していた顔色もすっかり元に戻っている。


「…………鏡を見ても、いいかしら」

「そりゃ別にいいけど、何か気になることでも?」


 レイは化粧台の前のスツールに座り直して、自分の姿を確認する。

 知ってか知らずか、顔が綻んでいる。


「⸺ふふ。私、前より少し美しくなったと思わない?」


…ああ、レイの青哀(シアン)は“美しさ”だもんね。


「どうもアフェクトスを注入した後は、その属性(いろ)に性格や思考も少し影響を受けるみたいなんだよな。今注入したのは青哀(シアン)で、レイの青哀の感情は俺の見る限り“美しさ”とか“美意識”とか、そういった類の感情だ。だから、自分を美しくなったと感じるんじゃないかな」

「そうだったのね。だったら、私が美しさを追い求めるのも当然、なのかもね」


 俺の方を振り返って微笑む彼女の姿は、何故だか本当に、前より少し美しくなったような気がした。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は11月5日です。

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