第十四幕:バフとデバフの使い方
渋谷駅までたどり着いたので、ひとまずMUSE関連の話は終わり。人に聞かれていい話じゃないからね。
電車に乗り込み、目黒駅で降りて、パレスに帰り着いた時はまだ午後3時を回ったばかりだった。
「戻ったか、ご苦労だったね。あとはゆっくり休んでくれたまえ。私も少し所用を片付けたら今日はもう引き上げよう」
「はい、お疲れ様でした」
…まあ、帰ると言いつつ、どうせ夜までいるんだろうけどさ。
「マスター、ちょっとシミュレーター付き合ってくんない?」
所長室を出たところで、リンがそう言ってきた。彼女の感情を見て、何がやりたいのかはすぐ分かった。
「おう、もちろんいいぞ」
「あら、でしたら私たちもお付き合いしましょうか?」
「ハルも行く?」
「あー、オレはパスな」
「アンタねえ、たまには付き合いなさいよね!」
「アキもたまにはシミュレーションやった方がいいぞ?お前だけ飛び抜けて利用率低いからな?」
「ただのデータをなんぼシバいたところで、ちっとも楽しかねえっつうの」
まあ、アキは戦闘で命のやり取りを楽しんでるタイプだから気持ちは分かるけどな。でもお前、大事なことを見落としてるぞ。
「あのな、シミュレーターってのは『実戦でいかに効果的に、爽快に戦うか』を試すものでもあるんだからな?お前が今やってるみたいな、思うままに暴れるだけなんてのは効率としても爽快さとしても下の下だからな?」
「……ああ?オレのやり方にケチつけようってのか?」
「そりゃあだってお前、先にスキル使う間もなく動かれたら文句のひとつも言いたくなるだろ。それにお前、もっと爽快に敵をぶん殴ってみたくないか?実戦だと無理に止めてまでバフ盛れねえけどさ、シミュレーターであらかじめ訓練しとけば実戦でも活かせるだろ?」
「……へえ、やけに自信ありそうじゃねーか。そこまで言うんだったらアンタのやり方、見せてもらおうか」
よし、上手いことアキをその気にさせられたぞ。
「じゃあ決まりだな。でもその前にみんな1回着替えてこようか。濡れた服のままじゃ気持ち悪いだろ?着替えたらエレベーターホールに集合な。あとハル、降りてくる時にハクを呼んできてくれる?」
「ほえ?よく分かんないけど分かった!」
分かったのか分かんないのかよく分からんけど、とにかくハルはリビングへの階段を駆け上がっていく。それを見送って、俺もリンたちも一旦自室に戻った。
簡単に身体の水気を拭き取って服も着替え、事務所棟一階のエレベーターホールに降りる。やがてリンとユウが降りてきて、アキも約束通りやって来た。
それからしばらくして、ハルがなぜかレイとミオを連れて降りてきた。
「んーとね、ハクちゃんどこ行ったか分かんないってー!」
「お帰り、マスター。みんなでマイのサインを指導していたのだけど、気付いたらハクだけ居なくなっていたの」
「ハクでしたら、おそらくシミュレーションルームで自主訓練しているかと思いますが」
「ハクが?本当に?」
「私もそうでしたが、本隊所属時は訓練は義務でした。ですから時間さえあれば訓練します。そうしておけば何も言われませんでしたから」
…うわあ、この子たちホントに兵器扱いされてたんだ……。
ハル、アキ、ユウ、リンにレイとミオも伴って研究棟のシミュレーションルームに向かってみると、確かにミオの言う通りにハクがひとりでシミュレーターを回していた。
ハクがその身に纏っていたのは、見たことのない戦闘衣装だった。
全体的に青を基調にした、丈の長いジャケット調の長袖の上衣にホットパンツ、ロングブーツという出で立ちで、一見すると戦闘に特化したドレスには見えない。だがそれを身に着けたハクは白銀の両刃の剣を手に、次々と出てくるオルクスを片っ端から両断して回っている。多分だけど、攻撃力強化とか付いてそうな感じがする。
「ミオ、あのドレスは?」
「はい、【請願兵装】です。本隊所属の戦闘衣装は主に三種類、回復に特化したあの請願兵装と、魔術補助を目的とした【加護兵装】、それに攻撃力付与のある【威力兵装】の三種です」
「あれ回復特化なの!?」
とてもではないけど、そうは見えない。だってハクは出てくるオルクスをほぼ全部一撃で切り裂いている。いくら出てくるのが一般個体だけとはいえ、これは凄い。
「ハクが独りで訓練する際は請願兵装を好みます。体力回復効果があるので、長く訓練していられますから」
「アタシたちが本隊にいた頃からそうだったわ。ハクは元々最初のfiguraで、独りで全部の敵を倒してきた子だからね。だから単独で長時間戦う訓練を、あの子は自分に課してるってワケ」
リンが解説を入れてくれた。
「ああいう性格で人と争うこともないし、誰かの指示を忠実・的確にこなす子だから、それで普段は目立たないけどさ。戦闘では単独でも動けるし、ホント頼りになるのよ」
「そうだったのか……」
でも、彼女は単独で戦い続けたせいで体力も精神力も感情も使い果たして長い昏睡に陥った。資料で見た限りだと、そう。
「……とりあえず、いったん止めさせようか」
おそらくだけど、放っておくと体力か時間のどちらかが尽きるまで延々とやってそうな気がする。
レイの武装を整えさせ、ハクの戦闘に割り込んでもらう。その間にシミュレーションルームのコントロールデスクから操作して、プログラムを止めた。
「あ……マスター」
「ハク、訓練は適度に休憩を挟みながら無理のないペースでやりなさい」
「でも、訓練は」
「義務じゃないよ。言ったろ、君は“兵器”じゃないんだから」
ハクの瞳がわずかに見開かれる。驚いてるのは感情を視てるから分かるけど、表情からは読み取れないな。この子をアイドルとしてデビューさせるためには、歌やダンスよりもまず感情表現を学ばせるべきかも。
「そう、ですか」
ややあって、彼女は目を伏せながらそれだけ答えた。俺が口先だけでなく、本当に人間扱いするつもりなんだと、分かってくれたならいいんだけど。
ていうかハクの戦闘を見てたアキが後ろでウズウズしてんな。お前もお前で分かりやすいったらないな。
「止めさせといてなんだけど、ハク、もう少しシミュレーションバトル付き合える?」
「はい。それは、大丈夫、です」
「ん、じゃあちょっとアキにシミュレーターの使い方教えてやりたいから、ハクも付き合ってくれ」
「はい、マスター」
レイにシミュレーターのセッティングと起動をお願いする。オルクスは3体、種類は彼女におまかせだが属性は指定させてもらった。
前衛はアキ、後衛はユウ、“舞台”を張る補助はハク。アキの戦闘衣装は【魔女の外套】、ユウにはメイン衣装でもある【Muse!】、ハクには最強のドレスである【殲滅武装】を選択する。
レイ、ハル、リン、ミオは俺の隣で見学。リンとレイは特に、俺の采配を注視しているのが肌で感じられる。
普通にバトルを進めて最後の1体になった所で、ハクとユウのサブ魔術を発動させる。ハクのドレススキルは敵の防御力と攻撃力各50%ダウンに加えて敵の攻撃力アップ阻止&バリア阻止、ユウのそれは味方の攻撃力60%アップなので、複合して敵の防御が50%ダウン、味方の攻撃力は60%アップだ。
「よしアキ、撃ってみ」
「おっしゃ◯ねやあ!」
言われた通りに我慢していたアキが弾ける。暴力的なまでに銃を連射し、追加でスキルを使うまでもなく最後の敵を消し飛ばした。
うん、いや、だからな?言葉遣いもう少し何とかならんのかお前は。
まあそれはともかく、フィニッシュしたあと動かないアキの背に声をかけた。
「どうだ?気持ちよかっただろ?」
「…………。」
…あれ、そうでもなかったのかな?
「……こいつぁ、確かにマスターが言うだけの事はあるじゃねぇかよォ……」
…ああ、なんだ。快感にうち震えてただけか。
「【殲滅武装】をサポートに置くのはどうかと思ったけど、ハクのサブスキル[絶望の監獄]は他に誰も真似できない、って事よね。そしてユウの[鼓舞]並みに攻撃を上げられるのは……」
「レイの[殺害宣告]しかないわね。そしてユウの[鼓舞]は今回設定した敵に対して有利属性で、ハクの[絶望の監獄]は属性均等、だからハクを補助に置いたのね」
「そういうこと。リンもレイも分かってきたね」
ちなみにユウのサブスキルと同等の効果があるレイのサブスキルがセットされてるドレスは、今回の敵に対して属性不利だからバフの効果も落ちてしまう。レイがいるのに彼女を使わなかったのはそういうことだ。
「サポートはどうせ戦わないんだから無理に属性を合わせる必要はないんだよね。だったらハクの【殲滅武装】もサポートに置ける、って事だよ」
「でもマスターよぉ、どうせオレに【魔女の外套】を着せるんだったらよ、オレのサブスキルで良かったんじゃねーのか」
「そりゃあ確かに攻撃力上昇だけならアキの[魔女の秘薬]が一番強いけど、アレは発動したら味方のスキルが封印されちゃうだろ」
現状の全員のドレスのセットスキル中で一番攻撃力が上がるのは確かにアキの言う通り、アキに着せたドレスのメインスキル[魔女の秘薬]だろう。味方の攻撃力80%アップの壊れスキルだ。
でもあれは他のスキルと効果が重複しないし、効果時間中は味方の全スキルが封印されてしまうから逆に使い勝手悪いんだよね。
「それよりも今見せたかったのは、スキルタイミングの大切さだから。
ただ殴るんじゃなく、攻撃アップと防御ダウンを適切なタイミングで組み合わせればもっとずっと多くのダメージを与えられる、って部分だから」
「他のMUSEとの協調……戦術の連携……ふーん、なるほどな……」
「その他にも会心攻撃とか重ねられればもっと爽快になるはずだけどな。あと、今は使わなかったけど、使えるようなら連弾スキル叩き込むのも気持ちいいしな。
そういうの、事前に試すためにもアキにはちゃんとシミュレーター使って連携確認やって欲しいんだよね」
「まあ、マスターの言い分に理があるのは認めてやんよ。今後はライトサイドの合同訓練ぐらいは顔出してやってもいいぜ」
アキの返事に、リンが驚いた顔をする。
レイが微笑みながら頷いている。
「ふふ。訓練嫌いのアキさんに訓練の約束させるなんて、マスターはやっぱり凄いです!」
ユウ、おだててもなんも出ねえぞ?
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は30日です。




