第十三幕:浅黄色と浅葱色
「あそこの交差点を右に⸺」
『曲がった先、約100mだ。たった今出現した。直ちに急行してくれ』
「……あ、了解!」
「おっし、やあっと出やがったな!」
俺のタブレットから流れた所長からの通信を聞くやいなや、傘も放り出してアキが走り出す。
「あ、ちょっと待ちなさいよアキ!ひとりで行くなってば!」
アキの投げた傘を拾おうとしたリンが、その分だけ出遅れる。
「ハルもいっくねー!」
「マスター、お先に行きますね!」
ハルもユウも駆け出して、リンを待った分だけ俺も置き去りにされる。まあそれでなくとも、戦闘指示プログラムを開いたり所長から送られてくる出現オルクスのデータを確認したりで、どうしても俺は遅れることになるんだけど。
出現から接敵、戦闘開始までの短時間に色々やらなきゃならないから、マスターは大変なのよ。
で、えーと、今回出たのは……
「サポートはユウで!」
「分かりました!」
ユウがすぐさま“舞台”を展開する。前衛はアキ、後衛はハル。そしてユウとほぼ同時に俺も、彼女たちの戦闘衣装と武器を指定して戦闘準備を終える。
敵のアフェクトス属性を見て、最初はハルに張らせるつもりだったスケーナはユウを指名する。リンは予定通りに外れてもらった。
捕捉したオルクスは全部で3体、ゲートが含まれていた。やはり残っていたのか、あるいはゲート自体が新たに召喚されたのか。
「おおっしゃ、全部ぶっ◯す!」
「ハル、参上!」
今回の武器選択はアキがハンマー、ハルが銃。ふたりとも構えて俺の指示を待つ。
いやアキお前言葉には気をつけろよな。いくら人に見られてないとはいえ、アイドルとして最低限の外面ってものをだな⸺
「指示まだかよ!遅っせぇな!」
ホントお前人のペース気にしやしねえな!まあ指示を待つようになっただけでもマシだけどさ!
「分かった分かった、やっていいぞアキ」
「っしゃそう来なくちゃな!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ハルもアキもfiguraたちの中では攻撃力に長けたタイプだ。だからさして苦戦する事もなく、3体全て屠るのにそう時間はかからなかった。
ただし、お互い連携もせず、てんでバラバラに動いていたのは少々気になる所だけど。お互いが相方の強さを信頼しているのか、それとも自分で好き勝手動いているだけなのか。つうかお前ら双子だって聞いてるんだけどな!?
「テメェハル!オレの獲物取っただろ!」
「アキちゃんスタートだったんだから、最後のトドメはハルじゃーん。そんなの当たり前でしょ〜?」
「戦闘終了です。スケーナ、閉幕します」
いやいやユウさんや。目の前の漫才スルーしないでやっておくれ。
『皆、ご苦労だったね。無事にゲートも討伐できたことだし、全員帰投してくれて構わないよ』
あーそっか。ゲートを討伐したらその日はもう出ないんだっけ。
「所長、このゲートって……」
『どうした、何か気になることでもあったかね?』
「いえ、ゲート自体はいつも通りでしたけど。
渋谷のゲートって全部であと何体あるんだろ、って考えただけで」
『……なかなか鋭いじゃないか。今討伐したゲートは、元々予測されていた個体数に含まれていない』
ああ、やっぱりね。
「じゃあ、元々想定されていた以上の数のゲートが出現してきてる、って事ですかね?」
『そもそも想定されていた個体数も予測でしかないからね、追加で召喚されているかどうかはなんとも言えん。ただ、これ以上は討伐を続けても、単なるいたちごっこにしかならんだろうな』
「……ということは」
『ああ。ぼちぼち浄化ライブを開催する頃合いだろうね』
なんて間が悪いんだろうな。新宿に攻め込もうかって時に、普段の巡回討伐の集大成となる浄化ライブ開催のタイミングが来るなんて。
『ただし予定を変更するつもりはない。浄化ライブを開催するにも段取りというものがあるのでね、いい頃合いだからといってすぐ開けるというものでもない』
「んまあ、そりゃそうですが」
『そのあたりの細かい調整はこちらで対応する。追って指示を出すから、君たちはそのタイムスケジュールに沿って行動してくれればいい』
ということは、新宿の探査を済ませてから浄化ライブ、ということになるわけか。だったら尚更、新宿でひとりも失う訳にはいかないな。
「分かりました。ひとまず今日は帰投します」
『ああ。皆、気をつけて帰ってくるのだぞ』
「おいマスター、とっとと帰ろうぜ」
「……アンタってば、ホント戦闘しかやる気ないのね」
「オレがfiguraやってる意義なんて戦闘以外にあるわけねえだろ。今さら何言ってんだリン」
「まあまあ。とりあえず駅に戻ろうか。
⸺で、リン。実際見てどうだった?」
「サンプルが悪すぎるわよ!なんであのふたりなのよ!」
うん、まあ、それはマジでごめん。だって双子って聞いてたからさ、普段の仲はともかく息はピッタリだって思うじゃん?
「まあそれは分からなくもないけどさ。
でも結局、あんまり参考にならなかったわね。あのふたりがお互いを信用してないって改めて分かったくらい?」
それに関してはホント申し訳ない。
「えー、ハルはちゃんとアキちゃんのこと分かってるよお」
「ケッ。分かってるって言うんなら、普段からオレのこと立てとけや」
「ぶー!ハルの方がお姉ちゃんなんだから、ホントはアキちゃんがお姉ちゃんを立てないといけないんだよ?」
「オメーがいつ、姉らしいことしたっつうんだ」
「お姉ちゃんはねえ、お姉ちゃんってだけで偉いんだよ!」
「うわコイツ、マジで話になんねえ」
えーと、これ、どこからツッコもうかなあ……?
「ふたりともさ、ひとつ聞いていい?」
「なぁにマスター?」
「あぁん?余計な口出し」
「お前たちって、生まれた時の記憶あるわけ?」
一瞬にして、ふたりとも真顔で黙ってしまった。
そりゃそうだよね。この子たちはfigura、つまり生前の記憶は全て失くしているはずなんだから。そして彼女たちの両親や親族、友達なんかもひとり残らずこの子たちのことを忘れてしまっているはずなんだよね。
だから誰にも、本当のことが分かるわけがない。俺がこのふたりを双子だと認識しているのだって、このタブレットに入ってるデータベースにそう記載されている、ってだけだ。それが事実の記載かどうか確かめる術なんてないし、ましてやどっちが姉か妹かなんて。
「…………ハルは、アキちゃんと双子だって聞いたもん」
「……まあそれは、オレも聞いてる」
それはデータベースの記載通りで、確認すると確かにふたりともfiguraとしての覚醒日は2月4日になっている。けれどそれは、彼女たちが同じ日に命を落としてfiguraになった、という証明にしかならない。
普段の何気ない仕草とか食の好みとか、確かにこのふたりはよく見ていると似てる部分が多いから、双子と言われれば納得もする。それに何より、色がね。
ハルは浅黄色で、アキは浅葱色。このふたりの髪の色で、そのまま彼女たちのイメージカラーにもなっている。
この二色は今でこそ同じ色の表記ゆれみたいに扱われているけど、元々は全く別の色だった。浅葱色は青緑に近い、いわゆる新緑の色で、浅黄色はそれに黄味を強くした、琥珀に近い黄緑色。だからハルはアイドルとしてのイメージカラーを瞳の色でもある琥珀色ということにしている。
「それは、所長から?」
「そだよ!」
「あとホスピタルの先生どももそう言ってたな」
…てことは、やっぱり所長はこの子たちの生前を知ってる……?
「いやホスピタルの先生をジジイって呼ぶな」
「オレの時はジジイしか居なかったんだよ!」
ってことは、ホスピタルの嘱託医もコロコロ変わってる、ってことか。まあ組織の深部に首突っ込んでもいい事ないからな。この話もスルーだな。
「所長とかホスピタルが双子だって言うんなら、まあそうなんだろ。ふたりともそのつもりで仲よくしな」
「あー!マスターが考えるの止めちゃったあー!」
「おいマスター!オレたちの記憶戻してくれよ!そうすりゃあ白黒ハッキリすんだろ!」
だから、記憶を取り戻したって産まれてすぐのことなんて憶えちゃいねえだろ!無茶振りすんな!
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次回更新は25日です。




