第十二幕:焦茶色の頑なさ
ピピッ。
『相変わらず、騒がしいなお前たちは』
ここで所長が通信を繋げてきた。当たり前だけど、これまでの会話も全部傍受してたみたいだな。
だけどここまで黙ってたのに、このタイミングで通信を入れてきたってことは……
「あ、出ましたか?」
『いや、それはまだだ。まだだが、“マザー”の予測が更新された。道玄坂からなるべく離れないようにしてくれたまえ』
「じゃあ、この近辺に出そうって事ですか」
『その可能性が高そうだ。午前中も言ったと思うが、“マザー”の予測も絶対ではない。だが、信頼するに足る精度を常に保っているのも事実だ。故に“マザー”の予測に基づいて行動するのが現状で最善と考えるべきだろう』
道玄坂から離れるな、ということは、少し北側に戻らなければならないという事だ。今歩いてる通りが地図上の区分でいえば道玄坂地区の南の端になるから、もうひとつ北の通りに出た方がいいだろう。
「分かりました。もう少し先まで歩くつもりでしたが、一本北の通りに移りますね」
『ああ、そうしてくれ』
「うええ……この広い道を外れて脇道入れってか」
『どうした、何か文句でもあるのか?』
「…………。」
今歩いてる道は歩道も広く、車や自転車の雨しぶきを浴びるおそれがほぼ無いため、アキも今まで文句を言わず歩いていた。
それは分かってるんだけど。
「しょうがねえだろ、バトルのためだと思って我慢しな。ていうか、どのみちいつかはこの道離れるんだから一緒だろ?」
「……確実に出るって保証でもあるってんならよ、脇道だろうが路地裏だろうが全然突っ込むんだけどよォ……」
「四の五の言ってないで諦めろって。ほら、次の交差点で曲がるからな」
「チクショー!こうなったら、さっさとゲート引きずり出してヒネり潰してやんよ!おらマスターとっとと喚びやがれ!」
だから喚べねえって言ってんだろ。
「じゃあ早く出てくるよう頑張って念じててくれ。
⸺で、だ。最初はユウとリンと、どっちが外れる?」
「アタシはどっちでもいいけど」
「私は、リンさんに見ていてもらった方がいいと思います」
正直、ユウとリンとどちらが外れても俺としては構わなかった。どっちにしろ、ふたりともに教える気でいたから。
だけどそう言い切ったユウの感情は、断固たる決意と頑なさ⸺“焦茶色”で塗りつぶされていた。
「……なんで?」
感情を見れば明らかなんだけど、何食わぬ顔をして聞いてみた。正直に話すとは思えないけど、それでもやっぱり理由だけは問い質さないと。無条件で認めるわけにもいかないし。
「私はあの時、マスターから直接ご意図をお聞きしていますし、レイさんからもお話を聞いています。ですが、リンさんはまだマスターから直接お聞きになっていませんよね?」
「んまあ、そう言われればそうだけど」
「でも、リンもレイやユウから一応聞いてるんだよな?」
「マスターが負傷したりした時の、臨時の指揮役でしょ?レイが言うには、“舞台”も担当せずに完全フリーで戦場全体を見渡せるから、戦況を把握したり戦術の組み立てのためには絶対経験しといた方がいいって話だったけど。
だから一応シミュレーターでは何度かやったわ。確かに第三者の視点で見ると、戦術面でも把握の仕方が全然違ってくると感じるわね」
「ユウが言ってるのはそういう事だけじゃなくて、俺がどういうものを見てどんな指揮をやってるか、そういう所をリンはまだ直接見てないから、っていうことだよ。
まあ、それを言うならユウにもまだきちんと見せてはないんだけどな」
「私は……出来れば指揮官ではなく兵卒として戦いたいんです。私に皆さんを指揮する資格はありません」
「なんでだよ。ユウが事実上の最古参で最年長なんだから、俺はお前が一番適役だと思ってるんだけどな?」
一番最初にfiguraになったのは確かにハクだろうけど、彼女は1年近く昏睡状態になって戦線離脱を余儀なくされていた時期があったと聞いている。それを考えると二番目のfiguraで戦線離脱経験のないユウが、キャリア的には最古参と言っていい。年齢もレイの次に年長で、他のfiguraたちを率いるのに不足があるとは思えない。
それだけじゃなく、ユウは性格も穏やかだしお姉さん気質だし、でも甘いだけじゃなくて締める時はきっちり締めることもできる。Muse!としても初期メンバーで、他の子たちからも一目置かれてる重要なメンバーだ。
「私は、一番古いだけですよ」
それを聞いて、リンが何か察した顔をする。
俺も何となく、分からないでもない。
⸺お前は色々と背負い込みすぎなんだ。もっと皆を頼れ。皆に甘えろ⸺
⸺私がそう出来ないのは、所長が一番よくご存知でしょう?⸺
ホスピタルでの所長とユウの会話が脳裏に蘇る。やっぱり、ユウがひとりで活動していた時期に何かあったんだな。
それが何かは分からんけど、おそらく彼女はそれで他の子たちに何らかの引け目を感じてしまっている。アイドルとしての全体リーダーがレイだという事もあるけど、おそらくその引け目のせいで、ユウは必要以上に『前』に出過ぎないようにしているんだろう。
この分だと、ユウはMuse!のサイドリーダーも自分が務めるべきじゃないと思っているのかも知れないな。今それを受けているのは最初の3人に入ったことで、変に固辞すると却って不審がられると思って、断るに断れなくなっているだけなのかも。
「ユウの気持ちは分からんでもないけど、ユウっていう『先輩』を差し置いて指揮することになる他の子の気持ちも考えてやってくれないか。レイやリンはまだいいとしても、サキは下手すると萎縮しちまうぞ?」
「それは分かっています。だからレフトサイドもリーダーをやらせてもらってますし、今回のお話もお断りするつもりはありませんよ。ただ、私の気持ちはそうだ、というだけの話です」
ユウとは一度じっくり話し合う必要があると感じた。だけど、今ここで深掘りするべきじゃないな。堂々巡りで答えなんて出なさそうだし。
「……分かった。ユウの気持ちは忘れないようにしとくよ」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
俺が退いたことで、ユウも話を終わらせる気になってくれたようだ。すうっと“焦茶色”の頑なさが霧散してゆく。
「じゃあ、アタシが外れるって事でいいわよね?」
「うん、そうなるね。……まあ実際のところ、出てくるかどうか次第なんだけどさ」
「午前中はゲートを破壊できなかったということですから、可能性はあると思いますよ?」
「まあでも、ここ最近出現も減ってるからなあ。こればかりは何とも言えんね」
実際、マイのデビューライブの少し前から渋谷地区の出現数は減少傾向にある。ナユタさんもデビューライブで討伐したゲートが最後ではないかと言っていたくらいだ。
もしもこのままゲートを殲滅できたと判断されれば、渋谷の作戦も完了って事になるかもね。
首都高下の通りとその一本北の通りを繋ぐ道は、上下一車線あるそこそこの通りで、脇道という雰囲気じゃない。歩道もそれなりに広いので、まあまあ歩きやすい。ただ、目指しているのはそのもうひとつ先を東西に延びる、田園都市線が地下を走っている上下二車線の大通りだ。
ユウのことを考えながらしばらく歩くと、道の向こうにファミレスが見えてきた。目的の通りの交差点の向こうの角にある店だ。そこを右に曲がると、その先には渋谷駅がある。
「あそこの交差点を右に⸺」
そう言いかけた時。
『曲がった先、約100mだ。たった今出現した。直ちに急行してくれ』
タブレットから、所長の声がそう告げた。
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