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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第十幕:Muse!たちのサイン

 レイたちと一旦別れ、自室に戻って濡れた服を脱ぎ、身体を拭いて着替えてからリビングに顔を出すと、居残り組みんなでマイを囲んでいた。

 おっ、ちゃんとサイン考えてるな。


「マイ、サイン決まった?」

「あっ、マスター。お帰りなさい!」

「マスターお疲れさまー!レイちゃんたちお風呂行ってるよー!」

「てかアンタたち、帰ってくるのちょっと早くない?」

「うん、巡回始めてそう時間経たずに出現してきてさ。他には居なさそうだから帰っていいって所長が」

「そうなんだ。ま、早めに帰ってこれて良かったじゃない♪」

「んだよ、サボって帰ってきたわけじゃねえのかよ」


 今日は所長がオペだっつってんだろ。そんな事したらガチで怒られるわ。


「あの、マスター。こんなのでどうですか……?」


 おずおずとマイが見せてきた色紙には、筆記体で大きくMAIの3文字が。

 うん、これ、ただ単にアルファベットで書いただけだよね。まあ、これでもいいと言えばいいんだけど、ちょっと寂しいかなあ。


「もっとカッコよく、サラサラ~って書きたいんですけど……なんかどれもしっくり来ないというか。やっぱり、もっとちゃんとしたのじゃなきゃダメ、ですよね……」

「んー、マイが書くことに意義があると思うから、別にこれでもいいとは思うんだけどね。でもこれ、何枚書いても同じ書体で書けるか?」

「…………書けない、です……」

「それじゃあダメじゃない。サインは筆跡を統一しなくちゃ。同じものを何枚書いても同じに見えなきゃサインとは呼べないわね」

「最悪、ニセモノだって言われちゃったりしますものね。それにちょっと見た目も寂しいですし、もう少し練り込む必要があるのではないでしょうか」

「で、ですよね……」


 まあそこは、練習あるのみだと思うけど。


「一応、皆さんのも見せてもらったんですけど、どれも可愛くてしっかり書けてて、凄いなあ、って」

「なんか参考になったサインはあった?」

「そ、それが……」


 口ごもりながら、マイはチラッとアキを見た。

 いや待て、それはお前さすがに……!


「サインなんか、どーだっていいじゃねぇかよ」

「いや、どうでも良くはねえだろ」

「ファンにとって大事なのは、『アイドル(オレら)が触った物をもらえる』ってことだろうがよ。だったら最悪、手でも握ってやりゃあそれで満足すんじゃねぇの?」

「いや握手会にほとんど出てねえやつが言っていいセリフじゃないぞ!?」


 事あるごとに体調不良だなんだって逃げ回ってるんだってな?知ってんだからな?


「だってよ、何が悲しくて知らん奴の手ェ握ってやらなきゃならねえんだよ」

「アイドルがファンサ嫌がってどうすんだよ!……で?アキ(おまえ)のサインはマイの参考になるレベルなのかよ?」


 知ってて敢えてそう聞いてみる。マイのためにもきっちりダメ出ししといてやる。


「オレの?真似するだけ無駄だと思うぜ?」


 そう言ってアキが取り出したのはコロコロみたいな手持ちのローラー。アキはそれをユウがサッと取り出した色紙に、斜めに無造作に転がした。

 緑の太いインクの帯が一直線に伸びる。中央にデカデカとAKIAKIAKIAKI……と間断無く続くアルファベットの白抜きの大文字。その上下には細い帯の中に、やはり白抜きでMuse! Right Sideの文字がびっしりと並ぶ。


「じ、直筆じゃなくても良いんですか……!?」

「んなもん、オリジナルなら何だっていいんだよ」

「良いわけないだろ」

「リンみてえに、そこらじゅうで事あるごとに書いてばら撒いてるよりかはマシだろうがよ」

「……悪かったわね、ばら撒いてて」


「いや、そもそもサインだって立派なファンサだからな?」

「なに当たり前のこと言ってんだ。限られた選ばれし者だけが手にすることのできる、ファン垂涎の限定」

「んなわきゃねえだろうがよ」


 なんだその無駄なプレミアム感は。

 まあ一面の真理ではあるかも知れんけどさ、そこまで出し惜しみするようなもんでもねえからな?


「手書きしたくないからってそんなスタンプまで作っといて、それすら持ち歩くのが面倒だからって滅多にサインしようとしないし!アンタホント、ファンをバカにし過ぎよ!」

「バカ言え。飯屋だって一見(いちげん)お断りなんて横暴(・・)がまかり通るんだぞ。アイドルにだって馴染みの客を贔屓する権利くらいあんだろ」

「客って言うな。まあ客だけど」


…今日びのアイドルでファンサしないで済ませてるのなんて、多分アキだけだよねー。


 まあアキ(コイツ)は、荒ぶるアイドル(アラドル)なんて反則すぎる個性を確立しちゃってるからなあ。でもそれも、ファンのみんなが許容してくれてるからこそってのを忘れて欲しくないんだけどな。


「ていうかダメだからなマイ?悪魔(アキ)のささやきに耳を貸したりしたらダメアイドルになるからな!絶対ダメだ!」

「え、あ、はい!」


「んだよマスター、頭堅ぇな~」

「お前のはファンが許してくれてるからギリギリグレーに容認されてるだけだっつの!普通ならアウトだアウト!」

「確かに、他のグループのアイドルさんたちも、スタンプをサインにしている方はひとりもいらっしゃいませんものね……」


「あら。それ、アキのスタンプサインじゃない」


 と、ここでシャワーを浴びに行ってたレイたちがリビングに戻ってきた。風呂上がり独特の乙女たちの色と香りがリビングに一気に充満して…………うーん、やっぱこれ黒一点にはキツいわ……。


「アキは手を抜く所は徹底的に抜くものね。そのこだわりはある意味で美学だとは思うけれど、マイに真似させられるかと言われれば、ちょっとどうかしらね」

「真似させられるワケないでしょ!」


 つうかレイもレイだぞ。アキのこれは美学でも何でもないからな!


「あの、参考までに、レイさんたちのサインも見せてもらっていいですか!?」

「ええ、お安い御用よ」


 そう言ってユウから色紙を一枚受け取ると、レイはサラサラと流れるようにペンを走らせる。すぐに見事な筆記体のサインが出来上がった。


 凄いな。達筆過ぎてなんて書いてあるかサッパリ読めねえ。

 ……あ、『Muse! Ray of Sunshine』か。

 これはいかにもレイらしいな。自分の名前に掛けて「周りを明るく照らす人」か。


「はい。出来たわよ」

「わあ……凄いです!」

「私のはこれです」


 そう言ってサキも色紙を受け取って、サラサラと書き上げる。

 独特の字体の平仮名で「さ.き」と書いて、周りにサッと髪型描いて……あ~なるほど、これサキの似顔絵のデフォルメになってるのか。「さき」の丸まってる部分をメガネに見立てて、ピリオドが鼻代わりで、その下に書いたのって引き結んでちょっと口角の上がった口、だよな?


「わあ、可愛い!」

「ふふふ、可愛いでしょう?もっと褒めてくれてもいいんですよ」


 キラキラした目で褒められて、サキがドヤ顔になってやがる。なんかムカつく。


「アキではないけど、サインなんて考えるまでもないわ。⸺例えば、こんなのとか」


 そう言いつつミオが書いたサインは、色紙一杯に大きく筆記体で『Mio』とだけ。

 うーん、無駄を嫌うミオらしいというか何というか。ていうか待てお前、いつの間にサインの練習なんてしたんだよ。


「ミオさん、実は以前からこっそり」

「ちょ、ハク!勝手に何言ってるの!?」


 あー、さては合流前からアイドルになる日を夢見て練習してたパターンか。


「でも、これってすごいミオさんらしいです。シンプルで、力強くて」

「無駄を省いて効率的、と言って欲しいわね」


「ミオさんがサインの練習してたってことは……ハクさんにもサインってあるんですか?」


「はい。あります」


 あるのかよ。


 ハクがサラサラと色紙に筆ペンを走らせる。

 いや、その筆ペンどっから出した?


「できました」

「こ、これは……!」


 色紙一杯に書かれたのは、極太筆ペンで黒々と、漢字で『(ハク)』の一文字。しかも、ものすごい達筆。教科書に載ってるお手本みたいな行書体だ。

 あーこれ、「魂魄(こんぱく)」の魄か。ってかハクってこの字書くんだ!?


「……マイ、これ、真似できる……?」


 マイが真似するなら「舞」になると思うけど。


「む…………無理、ですぅ……」


 だよねえ。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は10日です。



【小ネタ】※ある意味ネタバレを含みます。

・レイのサイン

 「a ray of sunshine」は直訳すると「一筋の陽射し」、すなわち太陽の光のことを指します。そこから「周囲を(明るく)照らす人」や「希望の光」「期待を抱かせるもの」「周囲を幸せにしてくれる人(物)」などの意味でも使われる言葉です。

 レイの名前のスペルを具体的にどうするか考えて色々調べていた時にこの言葉を見つけて、それで彼女の英語表記は「Rey」になりました。通常はこれだと男性名(レイモンドやレイノルドなどの略称)なんですが、まあ彼女リーダーだし、宝塚の男役的な雰囲気もちょっとあるから、まあいいかと(笑)。


・ハクの名前の漢字表記

 ハクの漢字「魄」については色々候補を考えたんですが(当初は「白」の予定だったけどヒネリがなさすぎて変更)、最終的に候補に残ったのは「珀」と「魄」でした。

 「珀」は漢字辞典系のサイトではいずれも意味が「琥珀に使われる漢字」としか出てこず、命名辞典系のサイトでは神秘的だの美しいだの秋の季語だのと出典の分からない意味が並びます。一方で「魄」はたましい(魂)を意味し、その魂の器である身体(肉体をとりまとめてその活力のもとになるもの)のことをも意味します。また月光の意味もあるとか。

 どちらの漢字でもハクのキャラクター性を損なうものではなく、彼女の本来の(生前の)姿や現在の姿の雰囲気なども考えあわせて、「魄」を選択しました。

 なお投稿直前まで「珀」の予定でしたが、2020年12月から活動開始したシンガーソングライターの珀さんの存在を知ったため、急遽変更した次第です(笑)。


 いやまあ、元の二次創作作品の元ネタを考えると「白」一択なんですけどね……(笑)。ハクの名前も最初はそれを念頭に置いての命名だったわけですし( ̄∀ ̄;


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