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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【はじまりの1週間】
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第二幕:宵闇色の怖気

「……あら?レッスン場、誰か使ってますね」


 ナユタさんにそう言われて見ると、確かにレッスン場の鍵だけがない。


「予定では?」

「スケジュール的にはもうレッスンは終わってる時間なんですが。

自主練かしら?でも申請も8時までしか出ていないんですが……」

「まあ、じゃあ行けば誰かいるってことですかね。もしくは戻ってきている途中かも」

「だと思います」


 ということでナユタさんと一緒に事務所を出た。

 時刻は夜8時。もう陽もとっくに落ちていて、外は点在する電灯の灯りと周囲に建つビルの明かりが頼りだ。その街灯の点在する歩道を車通りの多い表通りに沿ってしばらく歩き、ある曲がり角で通りから逸れて脇道に入る。そこそこ大きな運動公園の脇を通り過ぎると、テナントビルが見えてきた。そこの3階を借り切ってレッスン場にしているという。

 位置関係的には、このレッスン場は“パレス”から運動公園を挟んで裏側に位置する、ということになる。


 ビルを見上げると、確かに3階に明かりがともっている。ここまで誰ともすれ違わなかったし、まだ誰か居残っているのは間違いないだろう。


「やっぱりまだやってるみたいですね」

「ですね。じゃあ、私はここで。このビルはエレベーターホールまではセキュリティがないので誰でも入れますから」

「はい、わざわざありがとうございます。お疲れ様でした」

「それじゃ、お疲れ様でした」



 歩き去るナユタさんを見送ってからビルに入り、エレベーターに乗り込んで3階まで上がる。エレベーターを降りると小さなホールがあって、その右手に給湯室とトイレ、左手にロッカールームがあり、正面のガラスの押し戸から灯りが漏れていた。

 ここまで来ても何の音もしないなんて、防音しっかりしてんなあ。


「お邪魔しまーす……」


…知らない所に入るのは、なんかちょっとだけドキドキするよね。


 つうか、ホントに全然何の音もしないんだが。本当に誰かいるのか?


「おーい。誰かいる……?」


 ガラス戸を開けて中に入り、何となく小声でそう呟きながら靴を脱ぐ。土間があって脱いで上がるようになっていて、下足箱を見たらスニーカーが1足入っていた。


…やっぱり誰か来てる。でもこれ、誰の靴?


 なんとなく物音を立てたらいけない気になって、抜き足差し足で廊下を進み、ダンスレッスン室をそっと覗く。中ではサキがひとり、座禅を組んで瞑想していた。レッスンウエアなのか、Tシャツにスウェットパンツというラフな格好をして、首にタオルを掛けている。


 いや十代の女の子が瞑想って。

 もしかして古風な趣味なのか?


 そっと扉を開け中に入ったはいいものの、声をかけるのも憚られたので、壁際に音を立てないよう静かに座る。だが気配がしたのか、サキは目を開けてこちらを見た。


「誰かと思えばマスターですか。何か用ですか?」

「あー、邪魔して申し訳ない。鍵管理もやることになってさ。確認したらここの鍵がないから誰か使ってるのかと思って」

「そういう事でしたか、お疲れ様です。でも、8時までは使用申請していたはずですが」

「ナユタさんはもう終わってると言ってたけどな。それにもう、8時過ぎてるし」


 壁に掛かっている時計は、8時を5分ほど過ぎたところを指していた。


「……確かに過ぎていますね。うっかり時間を誤ったようです。私としたことが、大変申し訳ありません」

「いや、そんな謝ることじゃないよ。熱心なのはいいことだし、俺は施錠確認出来ればそれでいいから」

「では掃除ののち着替えて来ますので少々お待ち下さい」

「あ、うん。掃除しないとな」

「マスターは手伝わなくて結構です。使い慣れた人間が掃除して次すぐ使えるようにしておくのが合理的ですし、掃除の仕方をいちいち説明するのも効率が悪いので」

「あ、そう……」


…うーん、やっぱり信用されてないなあ。


 サキはテキパキと掃除を済ませ、ロッカールームに消える。しばらくして出てきた彼女は菫色のミニスカートに白いブラウス、若草色のカーディガンという姿だった。おそらくこれが彼女の普段の私服姿なんだろう。

 肩からスポーツバッグを提げているので、さっきまでのウエアやタオルは脱いでその中に入れているのだろう。


「これ、レッスン場の鍵です」

「うん。ありがとう」


 サキに渡された鍵を受け取り、靴を履いて、ガラス戸からエレベーターホールに出る前に戸口にあるレッスン場の照明を全て落とした。


 その場全体がいきなり真っ暗になる。

 後ろで息をのむ気配が、した。


 あれ、おかしいな。電気消しただけでここまで真っ暗になるか?

 と思いつつ、手に持ったままのタブレットの電源ボタンを押してライト機能をオンにして、先ほど触ったスイッチボックスを確認すると、エレベーターホールの照明スイッチもそこにあった。あー、なるほど、エレベーターホールの照明まで全部落ちてるのか。なんも確認しないでスイッチ全部触っちゃったな。

 いや、なんでここでオンオフできるようになってんだよ。


…ていうかさあ。めっちゃ怯えてるんだけど。


 何食わぬ顔をしてエレベーターホールの照明をつけて、それから振り返ると、案の定、顔をひきつらせて固まったサキが棒立ちになっていた。


「悪い、うっかり全部消しちまった」

「だだだ、大丈夫です!べ、別に全然、なんともないですから!」

「いや怖がってるだろ?」

「ぜ、全然、全っ然!そんなことありませんよ気のせいです!」


…うん、そういう事にしとこうね。うん。


 レッスン場のガラス戸を施錠し、サキを促してエレベーターに乗り、ビルの外に出る。彼女はまだ全身が強張っていたが、ひきつった笑顔で無理やり身体を動かして何とかついて来た。けど平静を装ってるつもりで動揺が全く隠せていない。

 うーん、この子案外怖がりだったんだな。知らなかったとはいえ、ちょっと悪いことしたなあ。


 6月末とはいえ夜8時を回るとさすがにとっぷり陽が暮れている。特に公園付近は照明も少なく暗がりが多いので、別に暗闇が苦手でなくともちょっと不気味さが拭えない。今日は特に1日中曇りだったし、今夜は月も雲に隠れて出てないため、なおさらだ。


「サキ、大丈夫?」

「な、何がですか!?私は別に怖がってなどいませんから!」


…うん、まだ何も言ってないけど。

まあ、そっとしておいてあげよう。


 ていうかサキのレッスンスケジュール、今後はマメに確認しておかないとなあ。


「なんだったら、手繋ごうか?」

「いいい要りませんよ触らないで!」



 手繋ぎこそ断られたが、結局その後パレスに帰り着くまでの間、彼女は俺から1m以上離れることはなかった。俺の袖や裾にしがみつかなかったのは、多分なけなしのプライドを振り絞ったのだろうと思った。






いつもお読みいただきありがとうございます。



もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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