第八幕:午前中の巡回バトル(2)
サキとふたり、先行しているレイたちの後を追って走りながら戦闘指示プログラムを開く。遠目に見えてきたオルクスの姿を確認した上で、彼女たちの戦闘衣装を手早く指定して戦闘準備を整える。
傘を差したままではタブレットが扱えないのでやむなく畳んだ。雨に濡れてしまうけど、俺はともかくタブレットは防水だから平気だし、気にしなきゃそれで済むはずだ。
そんな事より、今は戦闘に集中しないと。
「目標発見!“舞台”、展開します!」
真っ先にオルクスと接敵したミオがスケーナを展開する。展開する前にチラッと振り返ったのは、後方の俺の位置を確認したんだろう。あまり離れているとミオ自身がひとり無防備になってしまうし、スケーナも全員が揃ってからでないと張りづらいだろうし。
ミオのスケーナは、出現したオルクスを全て問題なく捉えている。だがそのオルクスの顔ぶれがいつもと少し様相が違っていた。捕捉した3体はスマッシャー、トランプル、そしてスラッシャー。いずれも個体強度が高めの、普段見かけることが少ないオルクスだ。
というか、これはちょっとマズい。何がマズいかってスマッシャーとスラッシャーが揃っていることだ。
スマッシャーは両腕だけが肥大した小人の姿で、力任せにMUSEたちをぶん殴ってくる。それだけでもまともに食らえばシャレにならない大ダメージになるが、そのスマッシャーがスラッシャーを装備する事があるのだ。
今回初めて相対するスラッシャーは、分かりやすく言えば“巨大な剣”だ。それが宙に浮いて勝手に動いて斬りかかって来るのが特徴で、俺自身は実戦で戦うのは初めてだけど、シミュレーションではマイがコイツに斬られて戦闘不能になるのを何度も見ている。
スマッシャーがスラッシャーを装備した形態には別に名前がつけられていて、それ自体が一個のオルクス個体として扱われる。それを〖エクスキューショナー〗と言って、マウスやイビルアイなどの一般個体はおろか、トランプルやスラッシャーのような強個体よりもさらに強い“剛個体”のひとつに数えられている。
スマッシャーの馬鹿でかい腕がスラッシャーを掴んで、その馬鹿力で繰り出す斬撃の威力なんて、恐ろしくて考えたくもない。実戦でまともに食らえば即座に戦闘不能、最悪ロストまで起こりかねない。
「美しく戦いましょう」
「倒しても、いいですか?」
「相手にとって不足はないわ」
だが、レイにもハクにも、そしてミオにも臆するような素振りは全く見えない。長らく袂を分かっていて今回久々に組んだはずなんだけど、こうしてみると何か特別な安心感がある。
「何でしょうね、皆さんのこの安心感……」
サキも同じこと考えたみたいだ。
「ちゃんと見ておきなよ。ふたりの連携とか、ミオのサポートの仕方とか。指揮役をする場合、戦場全体をまず把握する事が一番大事だからな」
「もちろん分かっています。マスターの指示の内容やタイミングも、しっかり盗ませてもらいますからね」
「さあ、始めるわよ」
ミオの一言で、レイもハクも身構える。
合わせてオルクスが動き出す。
「まずはスマッシャーだ。ハク!」
「了解です」
ハンマーを振りかざして、ハクがスマッシャーとの距離を詰めていく。まずはコイツを倒して、エクスキューショナーに“進化”するリスクを潰しておくべきだろう。スラッシャーは強個体だが、コイツはまだ一般個体に分類されるオルクスだからまだ与しやすいはず。
「パワースマッシュ。叩きます」
ハクは正確な連続攻撃から振りかざしたハンマーを叩きつける。だが、さすがに一度の攻撃ではスマッシャーもそう簡単には倒れない。
スマッシャーが腕を振りかぶり力を溜めてゆく。コイツの唯一にして最大の攻撃、ぶん殴り攻撃がハクに向かって放たれる。
「見切りました」
だが、ハクはそれを事もなげに完璧にガードしてみせた。彼女はマイみたいに圧される事さえなかった。
ホント、内股気味でなよっと立っているだけのようにしか見えないのに、この子の安定感はハンパないな。本人にも動じたような素振りは全くないし。
「ハク、下がりなさい!」
そして代わって前に出たレイの銃が火を噴く。
彼女は華麗な銃捌きで連続射撃から距離を詰めていく。大口径の大型拳銃、それも彼女の場合は二丁拳銃で、まるで踊っているかのように軽やかに、そして優雅に躍動する。
「美しく決めるわ。食らいなさい!」
レイは確実に全弾当ててみせた。すでにハクの攻撃でだいぶ弱っていたスマッシャーは、2、3歩ふらついたかと思うと、そのまま倒れ込んで霧散していった。
よし、これでエクスキューショナーの出現はなくなった。
「撃破しました」
「造作もないわ」
次の敵に向かう前に、レイがチラッと俺の方を見る。
うん。君の言いたいことはちゃんと伝わってるからね。
「次、捕捉。警戒して!」
ミオの声に反応してふたりとも立ち止まる。その目の前にはトランプルの巨体があった。大型獣の四肢の部分だけ切り取ったような、それでいてその四肢は人の足という悍ましい姿が、まるで馬が立ち上がるように前脚を高く跳ね上げた。
「コイツは踏みつけが厄介ね。油断しないで!」
ミオが警告するまでもなく、ふたりも俺もそんな事は承知の上だ。特にコイツは、戦闘が長引けば防御スキルを発動させるからどんどん硬くなってゆく。
防御力を下げるハクのデバフ魔術を発動させたいところだが、まだわずかに溜まっていなかった。なら仕方ない。
「レイ、魔術を!」
「勝負所ね!」
レイの戦闘衣装にセットされている二種類の魔術のうち、サブスキルは味方全体の攻撃力アップ。一時的にほぼ倍近くにまで上がる強力なものだ。そしてこちらはすでに発動可能になっている。
「ハク!」
「分かりました」
その上で、再びハクの攻撃からスタートさせる。出来ればトランプルは攻撃の隙を与えることなく、一息に叩き潰してしまいたい。
「ちょうどピッタリ、当たります」
先ほどと同じく、ハクが連続攻撃から振りかざしたハンマーを叩きつける。
間髪を入れずに、
「ミオ!」
「了解!弾け飛べ!」
ミオも予測していたのだろう。彼女に着せているドレスの攻撃スキルをトランプルに叩きつける。そこまでやって、ようやくトランプルは動きを止めた。脚を折って座り込んだかと思えば、煙のようにアフェクトスを撒き散らしながら消えてゆく。
「次で最後よ。気を抜かないように」
休む間もなくミオが示し、レイとハクが駆け寄っていく先には巨大なスラッシャーの姿がある。黒光りする湾曲した片刃の剣、RPGなんかでお馴染みのシャムシールを想像してもらえれば分かりやすいだろう。ただ、刀身だけで人の背丈を超えるほどの大きさがある。
手も足も、どころか顔すらないのでどういう意思を持ってどう判断してるのか全然分からないが、近付いて来るレイたちのことは認識しているようで、切っ先を下げて威嚇してきている。なんか、闘牛が姿勢を低くして角を向けてきているみたいに感じてしまう。
「これで最後ね」
「倒します」
そのスラッシャーが、唸りを上げながら飛んできた。
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