第六幕:鼠色の雨の下
パレスを出た時点で、すでにどんよりとした曇り空が広がっていた。どうやら、そう時間を置かずに降り出しそうな雰囲気だ。
「今日の巡回は、雨具を持って出た方が良さそうね」
「……雨の中を街ぶらするとか、考えただけで憂鬱ですよ」
「何言ってるのサキ。奴らにとっては雨でも晴れでも関係ないのだから、雨だから出ない、なんて事あるわけないわ」
レイのつぶやきにサキが反応し、ミオにたしなめられている。いつにも増してサキのテンションが低い。
あれかな?女の子特有の、天候で体調がある程度変動するっていう、アレなんかな?
--この子たちに限っては、違うと思うけどね?
「んまあ、俺も出来れば雨の日は部屋でまったりしたいところだけどな。そういう訳にもいかんから仕方ない」
「……分かってますよ、そんなこと」
いつものように徒歩で駅へ向かい、指示にあった通り電車で神泉駅に向かう。電車の移動中に早くも雨が降り始め、トンネルを抜けて電車が駅に着く頃にはすっかり本降りになっていた。
「桝田です。神泉駅に到着したんで、ひとまず駅の北方面へ向かいたいと思います」
『分かった、そうしてくれ。具体的なルート選択は君に任せる』
「分かりました」
少し考えて、駅北側の通りに出てから渋谷駅方面に向かうことにした。
空を見上げると、黒に近いと見えるほど暗い鼠色の分厚い雲。そこから止めどなく雨が落ちてくる。雨まで雲と同じ色みたいだ。
神泉駅の周辺は背の低いビルやマンションなどが多く、狭い道が入り組んでいる。古くからの住宅街でもあり、雨の日中ということで人影もほとんど見当たらないから、ひとまず分かりやすい大きな通りに出た方がよさそうだ。
「やれやれ。じゃあ、行きましょうか」
サキのその一言で彼女と俺と、レイ、ミオ、ハクはそれぞれ、傘を差して北口から出て歩き始めた。
「そういえば、雨の中で“舞台”を展開したらどうなるんだ?」
「雨には濡れなくなるわね。スケーナは閉鎖空間だもの」
「あ、やっぱりそうなのか」
「ただ、スケーナをずっと展開しておくのは事実上不可能です。展開するfiguraの負担が大きくなりすぎます」
「マスターが、そうしろと言うなら」
…いや言わないからねハク?ただでさえ君とミオはずっと二人組でスケーナの負担込みで戦ってきたって知ってるのに、そんな鬼畜なこと言わないからね!?
ていうかせっかくだし、この際だから色々聞いてみようかな。
「スケーナを張った状態の時って、別のMUSEがさらにスケーナを展開する事はできる?」
「それは試した事はないけれど、きっと不可能ね。第一、スケーナの中にスケーナを張る意味がほとんどないわ」
「……まあ、確かに意味ないよな。じゃあ、スケーナがもし破れたとき、その瞬間に別のMUSEがスケーナを張り直すことは?」
「それは可能だと思うわ。ただ、前線に立っていると瞬時に反応するのは難しいかも知れないわね。4人目がいることが前提になるんじゃないかしら」
「なるほど、いつもの3人体制だと無理か。というか、戦闘中にスケーナを破られるような事が起こり得るのか……って所から考えるべきか」
「スケーナを担当するサポートが直接攻撃された場合には、実際に破られた事もあるわね。あれは集中を乱されれば解けてしまうから」
「そうならないためにも、私たちはサポート役となるMUSEを守って戦わなくてはなりません」
思いつきでどんどん質問していく。“舞台”のことをはじめ、魔術に関することは俺は門外漢だからサッパリだ。
それに対して主に答えるのは、経験豊富なレイとミオだ。ハクは無口で話し方もおっとりだし、こういう場面で出しゃばることがあまりない。サキは感覚的には分かるだろうけど、あまり口出ししないところを見ると、おそらくまだ人に説明できるほど理解してないのかも知れない。
「……マスターって、ヘンな所ばかり気にしますよね。あ、言っておきますが私の理解度が足らなくて口を挟まないなんて事はあり得ませんので。単に後輩が出しゃばるものではないと控えているだけですので」
「変な所っていうか、スケーナを始めとした魔術に関しては俺は全然分からないからな。疑問に思ったことはその都度全部聞いておこうと思ってるだけだよ。ってかお前今俺の心読んだ?」
「マスターじゃないんだから、そんな変態みたいなこと出来るわけないじゃないですか」
おい変態とか言うんじゃない!ほら見ろミオが身を竦めて物理的に引いちゃったじゃないか!
「⸺スケーナは、閉ざされた舞台。オルクスと、アフェクトスだけを、閉じ込めるもの……です」
そんな俺たちの三文漫才に一切乗ることなく、ハクがポツリと呟いた。
「うん、それは分かってるよハク。だけど、いつもみんなのスケーナは俺も含めて囲ってくれるよね。あれって『閉じ込める対象』を任意に選べるのか?」
「基本的には『アフェクトスを閉じ込めるもの』だと思うわ。だからオルクスも、オルクスの出すアフェクトスも閉じ込められるのじゃないかしら。
マスターは、いつも私たちと一緒にいて私たちのアフェクトスに包まれているから、それでスケーナに入ることが出来ているのだと思うけれど」
コテンと首を傾げるハクに代わって、レイがそう説明してくれる。なんかハクが一番感覚頼みで動いてるような気がしてきたな。
ピピッ。
『スケーナは霊核を介して、MUSEの意志の力で展開するものだ。だから展開するMUSEがある程度任意に捉える対象を選ぶことができる』
所長が通信を繋げて話に割り込んできた。多分聞いていられなくなったんだろうな。
だけど、そうか。『霊核』が介在するんだった。
「そうなんですね。じゃあもしも、スケーナを担当するMUSEが俺を排除しようと思えば……」
『おそらく、マスターはスケーナの外に取り残されるだろうな』
話しながら歩いていると、少し大きな通りに行き当たる。今まで歩いてきたのは一方通行の狭い路地だったが、この通りは上下一車線ずつある、それなりに車通りの多い道だ。
そこを東向きに方向転換して、渋谷駅方面へ向かう。
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