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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第五幕:護身銃の試射バトル(2)

「じゃ、3人ともよろしくな」


 俺の一言で、リーダー3名の即席チームは戦闘態勢に移行する。即席と言ってもMuse!/MUSEはこの3人でスタートしたんだから、チームワークは問題ないはずだ。


「⸺では、始めましょうか」

「フン。やってやろうじゃない」


「“舞台(スケーナ)”展開、OKです♪」


 “舞台(スケーナ)”はユウが担当し、レイが前衛(フロント)、リンが後衛(バック)に構える。敵となるオルクスも姿を現した。設定は三匹ともマウスだ。

 この場合、普段よくやるのはスイッチアタックでバックから攻撃してもらう戦法だ。フロントが標的(ターゲット)を引き受けている隙にバックが、最初から全力で攻撃を叩き込めるというのがそのメリットだ。だけど今回の場合、倒さずにいい具合に弱らせてから俺のところまで逸らしてもらわないといけないので、普通にレイから攻撃をスタートしてもらった。

 レイは上手いこと加減して、(オルクス)のHPをわずかに残した状態で攻撃を終え、反撃に備える。シミュレーションのバトルは実際の戦闘とは違うので、敵も味方も各種のデータが数値化され、個々の個体(アバター)に分かりやすく表示されているからそうした微調整もやりやすい。


「マスター行くわよ、準備はいいかしら?」

「いいよ、いつでも来い!」


 瀕死状態のオルクス、つまりマウスが大きな口を開いてレイに襲いかかる。彼女は剣を横に構えて、上手く攻撃を受け流して俺の方に流してくれた。


「マスター、ちゃんと仕留めなさいよね!」


 そう言いながら、リンが万が一に備えて詰めてきてくれる。まあデータなんだから心配は無用だと思うんだけど、こういうところがリンの面倒見の良いところでもある。

 というか、いざ実戦で本当に逸らしてしまった時の予行演習も兼ねているつもりなんだろう。


 タブレットバッグに指先を突っ込む。

 シミュレーションルームに来るまで何度も練習したので、これは一発で成功する。内部ポケットも一発で探れるように、部屋で目印としてポケットの端にペンを一本挟んでおいたので、スムーズに開くことができた。

 護身銃を掴み、そのまま引き抜く。


 あっしまった。アフェクトスを充填する練習やってないや。


「ちょっとマスター!?何やってるのよ!」


 寸前でもたついた俺の姿に、間に合わないと見たリンが“マウス”をハンマーで叩き潰す。護身銃からアフェクトスの弾丸を射出出来たのはその直後だった。


「悪い、もらったばかりでまだ発射練習が足りてなかった」

「もう!ビックリさせないでよね!」

「まだあと2体いるわ。次はお願いね」


 2体目もレイが上手く加減して、ガードの際に上手く逸らしてくれる。だが今度はスムーズに射撃までいけたものの外してしまった。それをまたリンが代わりに倒してくれる。


「下手くそか!もう、ちゃんとやんなさいよ!」

「しょうがねえだろ!撃つ練習まで込みで初めてなんだから!」

「あと1体います!マスター、しっかり!」


 3体目もまたレイが上手く逸らしてくれる。三度目の正直で、今度はちゃんと当てることができた。

 だが実戦でもよくあることだけど、3体目は個体強度が高く、この護身銃の威力では倒しきる事が出来なかった。

 その代わり、オルクスはスタンの効果で動きが止まる。そこをリンがハンマーで叩き潰した。


「なによそれ、倒せないじゃないの!」


 さっきからリンの感情が、焦りとか憤怒とか赤怒(マゼンタ)系ばっかりだ。後でおだてて機嫌直させとかないとなー。


「元々、オルクスを倒せるような威力は護身銃(これ)にはないんだよ。そもそもfiguraの力もない俺がオルクスを倒そうとするとかなり難しいと思うしな。

でも、ちゃんとスタンが効いて動きは止まったからさ。あの一瞬さえあればリンなら追い付いてくれるだろ?」

「……そうなんだ。まあ、あれだけガッチリ動きが止まれば、アタシ達誰でも間に合うと思うわ」

「あのスタンが毎回効くのなら、当てさえすればマスターの身は安全ね。後は私たちに任せてくれれば、今度こそ完璧に守ってみせるわ」


 戦闘が終了し、レイも俺の元にやってきた。ユウがスケーナを解除する。


「残念ながらスタンは確定で効くわけではない。だから、皆も油断はしないようにしてもらいたい」

「でしたら、リンさんの動き(フォロー)が皆さんの参考になるかと思います」

「とりあえず、データ的にはこれで充分ですかね?

足らないならもう一戦しますけど」

「いや、最低限のデータは取れたから充分だろう。ファクトリーはアンダーウエアのデータも欲しがっていたが、さすがにそれはおいそれと試すわけにもいかんしな」

「じゃあ、このまま巡回に出ても?」

「そうしてもらいたい。で、午前中は誰が出る?」

「レイ、サキとハク、ミオを連れて行きます。午後はユウ、リン、ハル、それにアキで」

「……4人組(フォーマンセル)にするのか?」


…あ、そのことを所長にまだ説明してなかったんだっけ。


 実戦で自分が負傷した時や、全員で出撃して二手に分かれないといけなくなった場合などの『マスターが指揮を取れなくなった状況』を想定して、マスターである俺以外の面々が戦闘指揮を代行できるよう、教え始めている事を所長に説明する。

 まあ戦闘指揮と言っても、俺以外の子が出来ることはスケーナの中で戦場全体を俯瞰して、敵を攻撃する順番やスキル発動順の組み立て、それに敵の迫ってくる方向を前線に知らせる程度のことだけど。敵の捕捉やスケーナ内での探知、それに戦況や状態異常の把握は、元からスケーナを張るサポーターの役割だ。


「……また君は相談もなしに勝手なことを。

⸺だが、まあいい。確かに必要な事ではある」

「あ、やっぱり事前に相談しとくべきでしたか。いや、前にマイを連れて4人で巡回した時に、思いつきでレイに話してからちょいちょいやってるんですよ」

「それで?全員に教えているのか?」

「いえ、適性なども考えてリーダー3人とサキに絞るつもりです」

「どこまで進捗しているのかね?」

「ほとんど進んでませんね。思い立ってからレイにまず見せて、次にリンに見せようとした所で負傷しちゃったんで」


 そう、俺が負傷して巡回に同行できなくなった時点で、一旦止まっちゃってるんだよね。ようやく復帰したからには、そこもまた進めないといけないと思ってる。

 そういう意味で、今所長に話して許可をもらっておくのは、今後を見据える上でも必要なことになるはずだ。


「マスターの考えはアタシもナユタも含めて全員理解したから、マスターの休業中もなるべく機会を設けるようにはしてたけどね。一応、アタシたち3人はシミュレーターも含めて何度か試してもいるわ」

「私はまだですけどね。『最初はマスターに見せてもらえ』って、皆さんやらせてくれないので」


「……なるほど、すでにある程度は進んでいるわけか。では今日は……」

「あくまでもオルクスが出ればですけど、出来れば今日は4人全員に、まあ最低でもサキには見せたいですね」

「そうか。まあ、焦ることはない。どうせそれも普段から君の言っている『万が一に備えての準備』なのだろう?おいおい進めていけばいい」

「……って言ったその日に襲われちゃったんですよね。まあ焦りは禁物ですけど、ある程度は急ぐべきかと思います」

「ふむ、それもそうだな。まあ君の裁量に任せよう。皆に無理のない範囲でやってくれたまえ」

「了解です」


 というわけで、無事に所長の許可も得た。


「では、巡回に出ます。今日はどこを回りましょうか」

「“マザー”の出現予測は神泉(しんせん)方面を示している。今日は渋谷駅ではなく神泉駅に向かってくれ」

「分かりました。では行って来ます」


 そうして、全員でシミュレーションルームを後にした。もう9時半になってしまったから、早く出発しないとな。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は15日です。

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