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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第三幕:失われた街『新宿』

「それと、これも支給されることになった」


 支給された護身銃の試射をするため立ち上がって退出しようとしたら、先に立ち上がった所長が書棚下の引き戸を開けて無地の白い紙袋を出してきて、そう言いながらテーブルに置いた。


「なんです、これ?」

「マスター専用のアンダーウエアだ。オルクスの攻撃に対して一定の防御効果が見込まれる特注品になっている。開けてみたまえ」

「……え、マジで?」

「今回君が負傷したのは攻撃に対して何の備えもなかったからだ、という結論に達してな。能動的防御という観点からマスター用護身銃を準備するのなら、受動的防御の方も当然準備すべきだろう。

だが、さすがに戦闘用スーツなどの着用は目立ちすぎる上、開発も新規になるし費用も嵩むのでね。ひとまず、MUSEの戦闘衣装(ドレス)と同じ素材で私服の下に着用出来るタイプの目立たないものをファクトリーに開発させた。

戦闘の際にはもちろん着用してもらうわけだが、いつ戦闘になるか分からない以上、必然的に毎日常に着用してもらうことになる」


 所長がソファに座り直してしまったので、再び腰を下ろしつつ説明を聞きながら紙袋を開くと、中には確かに黒無地で長袖の、スポーツ選手がよく着るような感じのアンダーウエアが入っている。しかも5枚も。

 ていうか、ファクトリー働かせすぎじゃない?


「いや、多くないですか?」

「むしろ少ないのではないかね?洗い替えという意味でも数は多い方がいいだろう?」

「えっこれ、洗えるんですか?」

「洗えなくてどうする。MUSEのドレスと同素材だと言っただろう。あれもステージや戦闘で着たあとはきちんとクリーニングするのだぞ?」

「いやまあ、そう言われればそうですけど」

「特に今は夏場だ。毎日着用する事を考えても最低1週間分は必要だろうと言ったのだがな。残念ながら製造が間に合わなかった。

だから、ひとまず今はこれだけで我慢してくれ」


「いや我慢も何も、こっちはまるで想定してなかった品なんで。むしろ有り難いですよ。ただ、これ、通気性とかどうなってるんですかね?」


 触ってみた感じだと薄くて軽くてしなやかで、本当にスポーツ用アンダーウエアと見た目にはなんら変わりない。

 だがオルクスの攻撃をある程度防げるというのなら、それなりに密度があるんじゃないのか。もしそうなら、これを着ることで蒸れたり熱が籠もったりするんじゃないか。だとすれば冬場はともかく夏場は着られたもんじゃない。


「心配するな。MUSEのドレスもそうだが、オルクスの攻撃に対する防御力はアフェクトスを纏うことで得られる魔術的な作用によるものだ。だからこれ自体は市販のアンダーウエアと大差はない。繊維の密度が高い訳でもないし、背面は部分的にメッシュ地にもなっている。市販品と違うのは、メモリアクリスタルを素材の一部に使用したことで魔術の防護膜(シールド)を張れるようになっているという点だ。

マスターである君はもちろんMUSEたちもそうだが、体格や肌感覚などは通常の人間と変わらないだろう?であれば着用する衣服が不快であっては意味がない。そのあたり、ファクトリーも当然分かっている」


 あーなるほど、魔術か……。


「それを聞いて安心しました。有り難く使わせてもらいます。

ただ、これを常時着とかなきゃいけないって事になると半袖とかなかなか着られないですね……」


 黒地の長袖ってのがね。少なくとも見た目は暑苦しく思われるんじゃなかろうか。


「まあ、そのあたりの着合わせは君の好きにするといい。どうしてもというなら、防御力が下がるのを承知で半袖タイプも作らせるから、遠慮なく言ってくれ」

「……防御力が下がるんですか?」

「防護膜はウエアの生地に覆われている部分のみの発動になる。つまり半袖だと、君の両腕は無防備のままということだ」


 いやいやそれって!結局頭が守られてないってことじゃん!

 でも夏に長袖はキツいしなあ。護身銃もあるとはいえ、結局はMUSEの子たちに守ってもらうのが前提、って事かあ。となると……


「遠慮なく言っていいのなら、半袖はやっぱり欲しいですね。あと色も黒だけでなく白系が欲しいです。白なら夏場に着ててもそこまで暑苦しくは見えませんから」

「……本当に遠慮しないな。だがまあいい、確かに君の言うとおりだ。追加で製造させよう」


 ということで、無事に半袖と白ウエアの増産が決まった。


「さて、じゃあとりあえずシミュレーターで試射してきますかね」


 言いながら、今度こそソファから立ち上がろうとする。ちょっと後ろ髪を引かれるが、いつまでも座っておく訳にもいかないし。


「……実はもうひとつ話があってな」


 所長の纏う雰囲気が、途端に重苦しくなった。

 何だろう。何を言い出すんだ。


「特自には特任の探索チームがある。その特任チームが最新の探査報告を纏めてきた。それに基づき、明日から特殊ミッションを発令する。

そのことを、マスターである君には事前に伝えておくべきだと思ってな」

「特殊ミッションって、何をするんです?」


「失われた街『新宿』の調査だ」

「……!」


 あそこに、あの場所に、また戻れだと……!?

 思い出したくもない、あの忌まわしい街に!?


「今更説明するまでもないが、我々MUSEUMの最大の目的は、オルクスを殲滅して東京に平和を取り戻す事にある。そのためには、あの日、オルクスが初めて確認された地区『新宿』の現状を調査し、その謎を解き明かすことが不可欠だ。

君にとっては思い出したくもないだろうし、その心情は察して余りあるが、MUSEのマスターとして任務に当たってもらう以上はどうしてもやってもらわねばならん」


--ついに、この日が来たんだね。


…やっぱり避けては通れないかぁ。


「……まあ、いつかはあそこに戻らなくちゃダメなんだろうなとは思ってました。貴方に拾われてオルクスと戦うことになった時から、いずれこうなることは薄々分かってたわけですし。

確かに思い出したくもないけど、忘れることもまた出来ないものです。なら、決着を付けるしか、ないでしょう?」

「そう言ってくれると助かる。だが、『新宿』は()()世界から(・・・・)忘れ去られた街(・・・・・・・)だ」

「もちろんそれも分かってますよ。何も知らないフリしてればいいだけですからね」


 というかむしろ、ナユタさんやあの子たちの前でいきなり告げると俺が動揺すると思ったんだろう。それで俺の“正体”が露見するような事があってはまずいから、事前に教えてくれたんだろうな。

 まあ、その心遣いは有り難い。特にナユタさんは察しがいいからな。


「なにぶん、今まで3年間ほとんど誰も足を踏み入れられなかった場所だ。特任チームですら未帰還率が40%を超えており、一度足を踏み入れれば何が待ち受けているかも分からん。最悪、そのまま幾人か帰らぬような事態にもなりかねない。

にも関わらず、パレスに居残る我々には出来るサポートに限りがある。現場では、君に全てを託すしかないんだ」


 所長の、(くろつち)セツナの表情が、声が、感情が、厳しさと真剣味を増してゆく。


「だから、くれぐれも、あの子たちを頼む。

私の知る限り、あの日以降の『新宿』から無事に生還した人間は君だけだ。その経験と知識とで、あの子たちを助けて、導いてやってくれないか」






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は9月5日です。

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