第二幕:艶消し黒の護身銃
所長室のドアをノックして、許可を得てから室内に入った。
「来たか。まあ座りたまえ」
所長に言われるまま、ソファに座る。
所長室には所長の事務机の他に重厚な樫の応接テーブルがあり、四人掛けのソファが二脚、テーブルを挟むように向かい合わせで置いてある。
その座り心地は抜群だ。所長室と応接室のソファはかなり上質な調度品なので、出来ればずっと座っていたいくらいだ。まあ座るチャンスは滅多にないけどね。
…でも、普段は立ったまま話すのに。なんか長話でもするつもりなのかな?
「まあ話と言っても大した事ではないよ。先日君が欲しいと言っていたモノが仕上がったから、それを渡そうと思ってね」
ええと。なんかねだったっけか?
…ああ、アレだよアレ。
向かいに腰を下ろした所長がテーブルに置いたのは、中途半端なサイズのウエストポーチのようなモノだった。
妙に大きくて、そこそこ厚みのある横長の長方形の物体。色は黒無地で飾り気もないけど、表側の左下隅にMuse!のロゴマークが銀字で刻印してある。なんかちょっとオシャレだな。
これ、材質は何だろう。起毛処理されてて手触りがすごく良くて柔らかい。一見して本革なのは分かるけど、なめし革?羊革?馬革?いずれにせよ、単なる牛革ではなさそうな感じ。
「……なんです、これ?」
「なんだ、憶えていないのか。以前、アフェクトスを射出するタイプの護身銃が欲しいと言っていただろう?」
「いや、それは憶えてるんですけど。……これのどこが?」
「まあ、いいから開けてみたまえ」
言われるままにポーチを開く。
一般的なポーチとは違って、上部の開口部が吸着式のような特殊な素材で留められるようになっている。わざわざファスナーを開いたりボタンを外したり、マジックテープを剥がしたりするような手間がなく、指先を突っ込めばそのまま開き、抜けばそのまま閉じる。
なんだこれ初めて見たわ。便利だな。
あーこれ、アレだ。俺のタブレットがそのまま入れられるサイズなんだな。横にすればピッタリ収まるし、縦に入れれば開口部から少し頭が出るから取り出しもしやすい。すごく良いな。
これはこれで欲しかったものだ。今まではずっと手に持って持ち歩いていたから、左手がずっと塞がったままだったんだよね。
でも、これのどこが護身銃なわけ?
と思いつつ中まで手を突っ込んでみる。
……ん?中に何か固形物があるぞ?外身と同じような、一回り小さな、やや厚みのある四角い物体が。
いや待って?どこに入ってんだ?取り出し口が全然分からん。
「初めて触ってすぐ取り出せるようにはなってはいない。ちゃんと目で見て、指先で触って確認して出してみるといい」
言われるままに上部を開いて視認するけど、それでも内部ポケットの開口部が全く分からない。固形物の感触がある方の生地を丹念に触ってみる。
「1ヶ所、ペンホルダーのように丸く開いている箇所があるだろう?」
あ、ホントだ。あったあった。そのペンホルダーに指を突っ込めば、上の開口部と同じタイプの素材の開け口が巧妙に隠されていて、それが開いた。
なるほど、これは分からんわ。
「ああ、なるほど。ありました」
やっとの事で取り出したそれは、掌に収まるほどの小さなサイズの、艶消し黒に塗られたピストルだった。
四角い感触はこのピストルのホルダーの外枠だったようだ。ポーチを直接触られてもピストルの形状がバレないようにしてあるってことか。
…ていうか、思ってたより全然小さいんだけど。しかもこれはなんて言うか、銃って言うよりは?
「なんか銃っていうか、スタンガンみたいな感じですかね、これ?」
「さすがに見た目からして銃そのものだと、万が一見つかった時にいちいち揉み消すのが面倒だからな。だから見た目はスタンガンだ。
だが、これでも有効射程はおよそ20mあるそうだ。さらに戦闘衣装の魔術の応用で一定のスタン効果もある」
…いや、それだと中身もスタンガンじゃないですか。
「オルクス相手でもある程度ならダメージも与えられるし、例えば瀕死の個体の場合などは君がこれでトドメを刺す事も可能だろう。総じて君の要求したスペックはクリアしていると思うが、どうだね?」
「充分っていうか、思った以上にハイスペックなんですが。ていうか、そういうのが欲しいって話してから出来上がるまで、ちょっと早すぎません?」
その話したのって、確かマイが音楽番組で生歌を初披露した翌日だから……7日?
って事はまだ20日も経ってないじゃん。今日24日よね?
「急がせたのだが、何かまずかったかね?」
「いや、全然まずくはないですしむしろ有り難いですけど。ただ、こういう特注品って開発費用とか期間とか、結構かかるもんでしょう?」
「ああ、そういう事か。
機構自体は既存のMUSE用の武器の応用だから、新規開発ではないんだ。それに出力を抑えた分だけ調整も容易だったそうでな、問題だったのは小型化の要求だけだったと聞いている。
君がこの要望を出した直後に実際に負傷したこともあって、開発と支給については何の異論も出なかった。正式に認可が下りた以上、予算については当然通ったし、ファクトリーも全力を挙げて取り組んでくれた」
いや、だからって3週間足らずでここまできちんと形になるってすごくない?
「まあ、そう言われると一応は筋が通ってますけども……。
あと、このポーチ?キャリーバッグ?これは特に要望してなかったと思いますけど」
「これはついでだな。“表”の業務時にも持ち歩きたいとの要望をどう叶えるかについて色々と意見が出たわけだが、主な問題点は隠匿性、静粛性、そして搬送性だった。
君は服の下に隠すと言っていたが、うっかり見られたり落としたりする危険性が指摘されたため、運搬用のバッグを一緒に開発しようということになった。だがホルダータイプではいかにも銃らしく見えてしまうのでね。普段からマネージャーとしても持ち歩けるタブレットケースに隠す、ということにしたわけだ」
…うーん、理路整然。
けど、それだけであの特殊な開口部シールまで開発しちまうのはどうかと思うなあ。
「ところで、この開口部なんですが、まさか新規開発ですか?」
「当然だ。タブレットもそうだが、瞬時に中のガンを取り出すためにはどういうものが最適か、試行錯誤を重ねた結果、新規開発となった。とはいえすでに試作試験を重ねていたものを仕上げただけだがね」
「いやそんな簡単に言ってますけど、この短期間にこんな全く新しいものをよく作れましたねって話なんですが」
「政府がバックアップに付いていることを忘れたかね?ファクトリーには日本最高の頭脳と技術が揃っているんだぞ?
それに、世に出ていないだけで、普段から民間でも様々なものが開発され試作されている。これもそうしたもののひとつだというだけのことだ」
言われてみれば確かに、今使ってるタブレットも見たことない技術のオンパレードだしな。戦闘指示プログラムとか特にそうだし、シミュレーターのコントロールデスクだってめっちゃオーバーテクノロジーみがあるし。
今更ながら、恐ろしい世界に足踏み入れちまったもんだ。
「…………そういう事ですか、納得しました。じゃあ有り難く頂いていきます」
なので、そう言って引き下がるしかなかった。
「ちなみに護身銃はまだ試作型でね。当然というか試射が出来ていない。なので、まずは実戦で使用する前にシミュレーターで試射をやってもらいたい。そのデータをファクトリーに送ってようやく『完成』となる」
「じゃあ、今すぐに?」
「そうしてくれれば助かる」
「分かりました」
あーなるほどね。要するに、要望出した本人に最終試験を手伝わせようって寸法か。
まあそれくらいはしょうがないか。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は30日です。
この手の指揮官役が主人公役の話ってゲームとかではありがちなシチュエーションだけど、大抵は本人が無力なんですよね。
周りのプレイアブルキャラに守られるからいいやって論法なんだけど、現実的に考えるのなら護身用に最低限の武器くらい持っとくべきだよね、って日頃から思ってたりするんですよね。




