第二十二幕:マイのデビューライブ
「〖Muse!〗のみんな。準備はいいかしら?」
レイがみんなに声をかける。
「はい♪大丈夫ですっ♪」
「もちろん!いつでもイケるわよ!」
「ハルもー!早く歌いたーい!」
「ここまで来て、準備出来てないなんて言うのはアキさんくらいですね」
「ああん?オメー、オレのこと疑ってんのかぁ?」
「ま……まあまあ、皆さん、一生懸命練習しましたから……!」
アキに茶々を入れつつもサキの顔には非難の色はなく、それにツッコミを返すアキの顔も自信に満ち溢れていて。
だからマイ、心配しなくて大丈夫だぞ。
ってかお前ら、一番後輩で主役のマイに気ぃ使わせんなよな。
「LADY……」
円陣を組んで、全員が、声を揃える。
円陣の中心に右手を差し出し、全員でその手を重ねて。
「GO!」
掛け声とともに、その手を天高く突き上げる。
そうして、彼女たちは、ステージに飛び出して行った。
ほぼ同時に、観客席から割れんばかりの歓声が沸き起こる。7人が配置に付いたのを見計らって、1曲目のイントロがスタートする。その瞬間から観客席のボルテージが全開になった。
いつの間にか、もうすっかり見慣れてしまった、Muse!のステージの始まりだ。
「毎度のことながら、凄い盛り上がりですよね」
「それだけ、彼女たちがファンの心を掴んでいるということです」
「今更ですけど、凄い世界に足を踏み入れちまったんだなあ、って思います。マジで」
舞台袖で彼女たちのパフォーマンスを見ながら、ナユタさんと話をする。
「あ、そろそろマイちゃんの舞台挨拶ですよ」
ナユタさんとふたり、並んで舞台に注目する。
オープニングナンバーが終わり、マイがひとり前に出る。残りのメンバーはその後ろに一列に並ぶ。
「皆さん、はじめまして。
私はレフトサイドに新しく加入した、マイと言います。
ええと、まだ新人ですけど、精一杯頑張ります。
私の歌声で、皆さんがほんの少しでも元気を出してくれたら……とっても嬉しいです!」
観客席に詰めかけた“掃除用具”たちから、たくさんの声援が飛ぶ。
「皆さん、今日はたっくさん、楽しんで行って下さいね!
それでは、聴いて下さい。次の曲は⸺」
「なんかこう、感無量ですよ。
出会ってすぐに理不尽に命を奪われて、なんの因果かfiguraになって。訳も分からないままアイドルやらされて。
色々なものを失って、きっと辛いこともたくさんあっただろうに。
それでも今、こうして歌っているマイの姿は⸺」
ナユタさんが嬉しそうに俺に目を向けてくる。
「とてもキレイだな、って。
心から、そう思いますね」
「ふふ。そりゃそうですよ。
だって彼女は、アイドルですから!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それでは!ライブの成功を祝して……」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
パレスに戻ってからの夕食は、いつも通りの打ち上げパーティになった。
レイの音頭で全員が乾杯し、思い思いにグラスに注がれたドリンクを飲み干す。もちろん成人しているレイとユウを含めて全員が20歳未満なので、飲んでいるのはジュースだけど。そしてテーブルには、調理師さんご夫婦が残業してまで腕によりをかけてくれた、豪勢な料理の数々が並んでいた。
「マイ、お疲れさま。素晴らしいステージだったわ!」
「ライブ、最高でしたね!マイさん、あなたのおかげです♪」
「えへへ~!みんな、お疲れさまー!」
「馴れ合いは好きではありませんが。まあ今日くらいは良しとしますか」
「おう、じゃあサキはもう部屋に戻っていいぞ。お疲れ」
「なっ……!だから今日くらいは良いって言ってるじゃないですか!」
「……マイもマスターもよくやったわね。アタシが直々に褒めてあげる!」
いやリンさんや。褒めてくれるの嬉しいけどさ、隣のショートコント無視しないであげて?
「……悔しいけれど、さすがに結果を出してるだけのことはあったわね」
「はい。皆さん、すごいです」
みんなに口々に褒められ注目を浴びて、その中心でマイが恥ずかしそうにはにかんで、でも彼女からはいつもの自分を卑下する言葉は出てこなかった。
まあ一部、皮肉屋同士の不毛な小競り合いはあるけれど。
「皆さん、楽しそうですね」
ダイニングで繰り広げられる黄色い喧噪を聞きつつリビングに下がると、窓際に独り佇んでいたナユタさんが微笑んでくれた。
「そうですね」
それに答える俺も幸せな気持ちになっている。
「マスター!居ないと思ったら!マスターも一緒に食べましょう!」
「そーだよー!マスターもみんなと一緒にお喋りしようよー!」
「いや、俺はいいよ。しばらくみんなで楽しんでおいで」
マイとハルが俺を呼びに来たけど、何となく、彼女たちだけの空気を壊したくなかった。
本当に、ただ、何となく。
「嫌がってるんだからいいじゃないですか。
マスターはそこでナユタさんとオトナな話でもしてて下さい」
サキは皮肉を言ってるつもりだが、思ってることと敢えて逆のことを言う天邪鬼気質が丸分かりだ。
「いいから、アンタも来いっつーの!」
とうとうリンまでやってきて、俺の腕を掴んで引っ張って行こうとする。
「ああもう分かった、分かったから!そんな引っ張んなって!
⸺じゃあ、スイマセン。ちょっと行って来ます」
「ふふ。はい、行ってらっしゃい」
ナユタさんがにこやかに見送ってくれる。
ナユタさんも一緒に……と言おうとして、言い出せなかった。彼女が“透黒”の感情⸺“拒絶”を漏らしていたから。
隠してるつもりなんだろうけれど、時々、ナユタさんからは彼女たちと距離を取ろうとする感情が見え隠れする。それが何故なのかは分からないしずっと気になってはいるけれど、今それを言い出してこの場の雰囲気を壊すわけにはいかなかった。
だから結局、俺だけがダイニングの彼女たちの輪に飲み込まれ、ナユタさんは独り取り残される形になった。
パーティは夜遅くまで続いた。
気付いた時には、彼女の姿はもうなかった。
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