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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第十九幕:リハーサルを終えて(2)

 診察を終えてホスピタルを出た時には、もう夕方の6時半を回っていた。みんなはそろそろ食べ終わった頃だろう。そう思いつつエレベーターでリビングまで戻ると、案の定ユウがイブニングティーの用意を始めていた。


「あっマスター!お帰りなさい!」

「お帰りなさい、マスター。お加減はいかがでしたか?」

「うん。お陰様でね、やっと治療終了って事になったよ」

「まあ、それは良かったです♪おめでとうございます」

「やりましたね!」

「とはいえ実際まだ完治してる訳でもないからね。まだしばらくは肩に負担はかけられないな」


 最初に俺の姿に気がついたマイとユウと話していると、他の子たちも気付いて寄ってきた。


「んだよマスター。もうホスピタル通い終了か?」

「……完治、おめでとう、ございます」

「やったじゃない!だったら、完治のお祝いしなきゃね!」

「あら、それだったら明日のライブの成功が、一番のお祝いになると思わない?」

「では、今からでも演出監督に連絡して『マスター完治記念』とサブタイトルを打つべきですね」

「……なんで私たちの大事なライブを『マスター完治記念』なんかにしなくちゃならないんですか。明日のライブはあくまでもマイさんのデビューライブなんですが?」


「うん、だからまだ治ってねえから。通院治療が終わった、ってだけだからな?

⸺あとハル。抱きつき(タックル)禁止な」

「ふえぇ、やっぱダメなの~!?」


 たりめーだ。せめて完治するまで我慢してくれ。ていうか背後からにじり寄ってくんな。


「でも通院治療が終了したということは、少なくとも完治までの目処が立った、という事でしょう?」

「うん、まあな。とりあえず次は、今月末にもう一度検査して治り具合を確認するそうだ。それまでにも何か少しでも違和感を感じれば、いつでも行くように言われてる」

「そーゆーのを『完治した』って言うのよ」


 言わねえだろリン。勝手に言葉の意味をねじ曲げるんじゃない。


「ま、とにかく飯食わしてくれ。俺のは冷蔵庫ん中だよな?」

「はい。ラップをかけてしまってあります♪」


 と、言いながらユウがさっさと皿を取り出してレンジにかけている。なので俺は自分の茶碗を取り出して飯をよそう。リンが急須にお茶を準備しようとしてくれているのを見て……


「あ、お茶よりコーヒーがいいかな」

「えっアンタ、ご飯時にコーヒー飲むわけ?

⸺まあ、いいけど。お砂糖は?」

「無しで」

「じゃあミルクは?」

「無しで。」

「ブラックで飲むの!?」

「俺にとっちゃそれはただの色のついた水(・・・・・・)だぜ?何も問題ねえよ」

「マスター、ブラックお飲みになるんですね。さすがです♪」


 驚きつつもリンがグラスを出して、インスタントコーヒーの粉末にお湯を注いでくれている。それに氷を落としながら、ユウが嬉しそうにパンと手を合わせた。

 いや何がさすが(・・・)なのか、ちょっとよく分かんないけど。


 まあ最初は徹夜で仕事するためのカンフル剤代わりに、苦いの我慢して無理やり飲んでただけなんだけどね。でも慣れてしまったら逆に無糖以外飲めなくなったんだよな。

 だから、市販の微糖コーヒーなんかでももう甘さがわりとキツい。お菓子類などの甘味までダメな訳ではないけど、少なくとも飲料に関しては砂糖はほぼNGだ。


「別にコーヒーに限った話でもないけどね。緑茶も紅茶も烏龍茶も、全部無糖一択だぞ」

「……いや、烏龍茶にはお砂糖入れないでしょ」

「海外では緑茶にお砂糖、入れて飲むそうですね」


 いわゆるグリーンティー、ってやつね。


「あら、マスターは紅茶を無糖で嗜むのね。素晴らしいわ」

「まあ紅茶は、砂糖やミルクが入ってても飲めるけどね。レモンティーだけはちょっと苦手だけど」

「そう?レモンティーやアールグレイなどの柑橘系のフレーバーも美味しいと思うわよ?」

「アールグレイは嫌いじゃないけど、レモンは酸味がちょっとね。ストレートならダージリン、ミルクならアッサムが好みかな」

「いいチョイスだと思うわ。今度、マスターともティータイムをご一緒したいわね」

「まあ。良いですねえ」

「うん、暇があればね」


 話が途中からレイとの紅茶談義になった。

 話してる間に席におかずの皿も全部揃ったので、手だけでいただきますして食べ進め、会話しながら食事を終えた。あとはグラスに注いでもらった、氷の浮いてるアイスコーヒーが半分残ってるだけ。


「って、もう食べ終わってるし!アンタちゃんと噛んで食べたの!?」

「いや見てただろ。ちゃんと噛んでたし美味しく頂きました」


 早食いは……まあ、かつての職業病みたいなもんだしな。

 ちなみに今ダイニングに残っているのはレイ、ユウ、リン、サキの4人。ハルとマイはリビングでTV見てるけど、アキはさっさとエレベーターのある廊下の向こうに消えたし、ミオは「ではそろそろ失礼します」って言い残してやはり部屋に戻った。ハクは気がついたらもう居なかった。


「ていうかマスター、色々と趣味多すぎでは?自動車にもそれなりのこだわりがありそうですし、料理もできるし、紅茶まで詳しいとなったら、ちょっと色々ものを知りすぎてるような気がするんですけど」

「この程度は知ってるうちにも入んねえよ。まあ俺もいい歳したオトナだからな、年齢分の人生経験ぐらいはそれなりに積んでるってだけさ。

サキも俺ぐらいの歳になれば色々身に付いてると思うぞ?」

「……どうですかね。私たちは、所詮はfiguraですし」


 あっサキ、なんて事言うんだ。

 ……いや、今のは確かにちょっと失言だったな。この子たちはfiguraで、肉体的にはもう成長しない(大人になれない)んだしな。

 でも、知識や精神までそうだと思い込んで欲しくないなあ。


「……figuraでも何でも、今を生きてる(・・・・・・)ことに変わりはねえだろ。

そんな悲しいこと、言うな」

「…………」

「そうよサキ。人生は楽しまなければね」


 黙って聞いてたレイが、さり気なくフォローを入れてくれた。

 それを受けてサキから複雑な感情が立ち上る。


「そう、ですかね……」


「まあサキぐらいの年頃はみんなネガティブになるもんだよ。だからあんまり深く考えなくていいと思うぞ?

そんな事より、もっと楽しいこと考えようぜ。スイーツのこととか、テディマンのこととか、色々あるだ⸺」

「てっ、テディマンが好きだなんて誰がいつ言ったんですか!ぜ、全然そんなもの、好きでもなんでもありませんよ!ごっ誤解を招くようなこと言わないで下さいよ!」


 だってお前、毎月ネットショッピングで『テディマン』シリーズのグッズ買い漁ってるじゃん。そういうの、事務所が把握してないとでも思ってる?

 あ、ちなみにテディマンって、命が宿ったクマのぬいぐるみがキモ可愛い仲間たちと冒険を繰り広げる人気漫画のシリーズね。TVアニメ化や映画化もされてて中高生女子に大人気なんだよね。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「あ、あのさマスター」

「ん、どうしたリン?」

「その、これなんだけど……」


 食べ終えたあと、自分の食器をキッチンで洗っていると、リンがもじもじしながら話しかけてきた。

 彼女の掌には、先日手に入れた『記憶の鍵』が。

 あー、やっぱり気になるよな。


「まあ気になる気持ちは分かる。でも、ひとまずライブ終わるまでは待ってもらおうかと思ってたんだよな。

今夜片付けても良かったんだけど、どんな記憶なのか分からないし、変な記憶だったりしてパフォーマンスに影響してもアレだしな」

「そ、そっか。……そうよね!今はライブに集中しなきゃだもんね!」


 納得したんだろう、リンがパッと笑顔になった。


「そうそう。だから無事にライブが終わったら、明日の夜にでもやろうかと思ってさ」

「分かったわ!じゃあ一旦忘れる!」

「悪いね。先に言っとけば良かったんだけど」

「いいわよそんなの。アンタだって色々忙しかったんだし!

ふふ、そうと決まればスッキリしたわ!さあ、ライブ頑張るわよ!」

「頼もしいねえ。よろしく頼むよ」

「まっかせなさい!」


…そういう所がチョロいって言われるんだけどね、リンは。


 まあでも、言えばちゃんと分かってくれるのは彼女の長所だと思うし、こっちとしても助かるってものだ。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は8月5日です。

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