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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第十八幕:リハーサルを終えて(1)

 2回目の通しリハーサルは全員特にミスもなく、レイも満足したようだ。バックミュージシャンとの連携も問題なさそうだし、あまり練習し過ぎて疲れを溜めてもよくない。なので、俺が提案して演出監督や音響監督の同意も得た上でリハーサルを切り上げた。

 それから片付けてホールを退去したのは、夕方5時を回ったところだった。結局、今日はオルクスの出現は確認されなかった。


「戻ったか。仕上がりはどうだね」


 パレスでは所長が出迎えてくれた。


「はい。無事にリハーサルを終えることが出来ました。明日はいいステージを見せられると思いますよ」

「そうか、それは何よりだね。明日に備えて今夜は皆、しっかり休んでくれ」

「「はい!お疲れ様でした!」」


 元気よく返事して、めいめいリビングへの階段を駆け上っていく。みっちりリハーサルやった後だっていうのに、みんな元気だな。


「君もだぞ。明日も1日彼女らに付いていてもらわねばならんからな。今夜は早めに休んだ方がいい」

「……そうですね。幸い、今日は出なかったけど、明日は出てくるでしょうからね」

「それが分かっているなら今さら改めて言うまでもないな。明日も皆のこと、頼んだぞ」

「はい。所長も今日はもう早めに上がって下さい。いつも残業してるでしょ?たまには早く帰ってゆっくり休まれた方がいいですよ」


 後ろで聞いてるナユタさんから、わずかに緊張の感情。

 だいぶさり気なく偽装工作したつもりだったんだけど、やっぱり気付いちゃうよな。


「なんだ、私を気遣ってくれるのかね?

だが、生憎とまだ色々と仕事があってだな」


 あー、まだ金曜だから霞ヶ関も永田町も動いてるもんな。今日今のうちならやれるって仕事、多いんだろうな。


「特に急ぎの仕事とかが特になければ、週明けに回してもいいんじゃないですかね?特に明日はライブ本番ですし、出来れば所長にも、なるべくパレスのことを優先してもらいたいというか」

「そうしたいのは山々だがね、残念ながらそういう訳にもいかないのだよ。

すまんが、その気持ちだけありがたく受け取っておこう」


 あー、終了ー。

 『気持ちだけ受け取る』の言葉が出た時は、大抵は『それ以上は聞けない』だもんな。これ以上言ったら逆効果になる。

 うーん、出来れば所長には今日のところは帰って欲しかったんだけどなあ。


 ていうかナユタさん、内心めっちゃ緊張と不安でいっぱいなのに、それを一切表情にも仕草にも出さないって凄いな。さすが、魑魅魍魎はびこる霞ヶ関で所長(この人)の下に付いてきただけあるな。


「ああ、そういえば。ササクラがホスピタルに来て欲しいと言っていたぞ。昨日は顔を出せていないだろう?」


 うげ、忘れてた。

 確かに、今日行けば治療終了で、テーピングもパッドも取ってもらえるようなこと言われた憶えがある。そして毎日行く約束だったのに、昨日は1DAYジャックの仕事で潰れたから結局行かなかったんだよな。

 でも、今降りると俺が戻ってくるまでナユタさんが帰れなくなっちゃうんだよな。だからって仕事もないのに残ってると、絶対所長に怪しまれるだろうし。

 マズいなあ、どうしようか。


「あー、はい。じゃあ顔出しときます」

「伝えたからな。ちゃんと行くんだぞ」


 そこまで言って、所長は所長室に引っ込んでしまった。後には俺とナユタさんだけが残される。

 そういや、ナユタさんには帰れって言わなかったな。


(……どうしましょうか)

(どうしましょっかね。……金庫ってどこにあるんです?)


 目配せ&小声でやり取り。


(事務室の奥の、いつも施錠されている部屋の一番奥です)


 あー、俺が唯一鍵を預かってない部屋だ。

 そっか、あれ金庫室だったのか。道理でキーボックスにも鍵がないわけだ。おそらく、所長とナユタさんぐらいしか鍵を持ってないんだろうな。


(こっそり出してきたり、出来ます?)

(所長室に所長がいたらバレちゃいます、ね)


 ダメじゃん。


(じゃあ、今日は無理しない方がいいですね)

(そうですね……ごめんなさい……)


「ところで、ナユタさんには帰れって言わなかったですよね」

「私、これからオペレーションルームで少し仕事が残っていますから。元々夕方には先に事務所に戻らせてもらう予定だったんです」

「あ、そういうこと?」


 じゃあまたいつもみたいに夜7時~8時まで下で仕事して、それから所長と一緒に退社するパターンかあ。


(じゃ、とりあえず明日以降でいいですよ)

(いえ、その、お渡しするのは可能な限り早い方がよくて……。金庫室への入室は記録が残っちゃうので)

(そんな事言っても、無理は禁物でしょ?)

(そうですね……本当、ごめんなさい)

(まあ、仕方ないですよ)


「じゃあ、とりあえず俺、上で飯食ってホスピタル行って来ます」

「はい、行ってらっしゃい」


 しょうがない。入室記録が残るというのなら土日は当然入れないだろうし、早くて来週の月曜以降だな。もしくは……


(いっそのこと、25日でもいいですよ。それなら怪しまれないでしょ?)

(確かに、それが一番無難かも知れませんね……)

(受け渡しよりも隠滅を優先させましょう。穏便に済ますのが一番です)

(ありがとう、ございます。ほんと、ごめんなさい)


 申し訳なさそうなナユタさんに手を振って、寮棟のリビングへと上がる。ホールの観客席でナユタさんにも言ったとおり、現状金には困ってないから特に問題はない。まあ、今までせっせと貯めた貯蓄が少しずつ目減りしてってるのが、気にならないと言えば嘘になるけども。

 それよりもむしろ、銀行の口座を作ってもらいたいぐらいだ。200万もの大金を部屋にいつまでも隠しとくのはさすがに不安になる。

 そのあたり、所長に相談しとこうかなあ。


 そんな事を考えながらリビングへと足を踏み入れると……。


 リビングには、誰も居なかった。

 そっか、みんな風呂だな。


 キッチンを覗くと、昼間は会場まで出張してくれてたってのに、調理師さんご夫妻はしっかり夕食まで作ってくれていた。ちょっと働かせすぎじゃない、これ?

 でもまあ、リハで疲れて帰ってきてからさらに自分たちで夕食まで用意しなきゃならん、ってなると、それはそれであの子たちがちょっと可哀想ではあるけど。

 まあいいや。とりあえず、リビングに書き置きだけ残して先にホスピタル行ってこよう。まずは部屋に戻ってシャワーだな。



 シャワーを浴びて、服装を整えてエレベーターで地下へ降りる。

 ホスピタルでササクラ先生に小言を言われつつ処置をしてもらう。それからレントゲンやMRI、それに簡単な検査をして、日常生活に問題がないことや痛みが出てないことなどを話した上で、正式に治療終了を告げられた。

 これでようやく、ホスピタルの通院生活ともおさらばだ。


…まあ、ササクラ先生がどこまで秘密に感づいてるかは微妙なところだけどね。表向きは平静を装ってて感情の動きも穏やかだけど、いくつか心に疑念を抱いてるっぽいし。


 まあ、そのあたりは所長の揉み消しに期待するしかないな。ササクラ先生やコウヅマ医師が何か企んでたとしても、あの人なら抑えられるだろ。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は30日です。

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