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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第十七幕:通しのリハーサル

 手元のタブレットに表示させたタイムテーブルの通りにリハーサルは進んでいく。一周年記念ライブとはまた違った構成と演出で、それでいて遜色ない出来映えだと思った。

 今回の主役であるマイも一生懸命頑張っていて、ちゃんと存在感を発揮していると感じる。


⸺figuraになったことで、誰も私のことを憶えてなかったとしても。私は、私のこと、憶えてる⸺

⸺誰のためでもなく、自分のために頑張ります!

だって私はMuse!が、Muse!のみんなが大好きだから!⸺


 マイの言葉が脳裏に浮かぶ。

 彼女の表情からも、ちゃんとその言葉が伝わってきた。


「良いですね。構成も、曲選択も、演出も。

これは明日の成功、間違いなしですね」


 隣でナユタさんがニコニコしながら呟く。

 全く同感だ。


「これ、俺がプロデュースしなくて良かったです」


「えっ?……あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくって……」

「ネガティブな意味じゃないのは分かってますよ。ただ単に、初プロデュースじゃあここまでは出来なかっただろうって、そう思っただけです」

「⸺そう、かも知れませんね」


 まあ、『純粋に観客として見てられる』って意味も含んでるんだけどね。自分でやってたら、とてもじゃないけど、絶対こんな穏やかな気持ちでなんて見てられなかったろうし。


「……さては、自分でやっていたらとても楽しむどころじゃなかった、なんて考えてるでしょう?」


「…………なんで分かるんですか」

「そりゃあ分かりますよ。前にも言いましたよね?『顔見てたら何考えてるかぐらい分かる』って」

「……本格的に、ポーカーフェイス覚えようかな」

「あっ、ダメですよ?分かりやすいのは桝田さんの魅力のひとつでもあるんですからね?」

「いや、そんな魅力いらないし」

「いります!桝田さんは今のままが一番なんですから!」

「……そんなもんですかねえ。自分じゃあ分かりませんけど」


 なんかいまいち釈然としないけど、ナユタさんが魅力だと言ってくれるんだったら、まあそのままでもいいかな。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 通しのリハーサルは約90分で終了した。

 みんな本番さながらに真剣に取り組んで、まるで満員の観客席に誇示するかのようなクオリティだった。Muse!7人と、ミオやハクを含めたバックダンサーたち、それにバックミュージシャンの人たちも含めた一体感、疾走感。これがまだリハーサルで限られた人間しか見られない、というのがもったいないと感じるほどだった。


 フィニッシュまで歌い終えて、演奏も止まる。

 本番なら緞帳(どんちょう)が降りて閉演、というところ。


「……ハル。途中で歌詞を2ヶ所間違えたわね」

「ふえ~。やっぱバレちゃうかあ」


 レイが観客席を見据えたまま声を出した。

 えっ、間違えたとこあったっけ?


「サキは振りを1ヶ所間違えたでしょう?」

「……ギクッ!」

「アキはもう少しリズム練習が必要ね」

「……わあってるから。いちいち指摘すんなよな」


…さすがレイだな〜。自分も一緒にパフォーマンスしてたのに、よくそんな細かい所まで見れるなあ。


「あとマイは……、まあ、点数にして60点というところかしらね」

「えっ、び、微妙……」

「私たちがパーフェクトなパフォーマンスをした時を100点として、そこを基準にしての評価だから、まあギリギリ合格点と言ってもいいかしら」

「ぎ、ギリギリ、ですか……」

「ふふっ、レイさんは相変わらずスパルタですね。私だったら70点あげてもいいと思いますよ?」


 いや、ユウも結構辛くない?


「全体的にまだ少し動きがぎこちないし、周りを見て合わせようとしてるから半テンポ遅れ気味よ。何とか破綻せずにまとまってるからいいけれど、周りに合わせるのではなくて、自分が率先してリズムを作るぐらいの気持ちを持たなくてはダメよ」

「……そう言うレイだって、無理にマイを確認しようとして2回ぐらいミスったからね?」

「もちろん分かってるわリン。そういう細かいミスを修正して、パーフェクトに仕上げるのが今日の目的だもの。

⸺さあ、手順を確認しながらもう一度、頭からやるわよ」


 そう言ってレイがパンと手を叩く。

 えっ、このままもう1回やるつもりか?


「あー、その前に一旦休憩にしようか」

「あらマスター。その必要はないと思うわ」

「根詰めて連続でやってもパフォーマンスは落ちるだけだと思うぞ。陸上だってインターバル練習があるし、ボクシングの試合なんて3分に一度休憩挟むんだ。もう90分ぐらい連続してやってるし、10分ぐらいは休憩挟んだ方がいいと思うけどな。

明日の本番だってMCのクールダウンがあるんだし、別に悪いことじゃないだろ?最低でも水分補給はしないと」


「……それも一理あるわね。では一旦休憩にしましょうか」


 ハル、アキ、サキ、マイの年少組から安堵の感情が漏れる。

 危ない危ない、ブレーキかけてやらなきゃレイはいつまでも練習してそうだ。年少組にそれはキツいだろ。


「マイ、体力的には問題ないか?」


 ステージ下に寄っていき、マイに声をかけた。

 ステージに上がったナユタさんが、みんなにドリンクを手渡して回っている。いつの間に用意したんだろうか。


「あ、はい、とりあえずは。

でも、連続してもう1回はちょっとキツかったかもです……」

「まあそうだよな。とりあえず、少し休んで息整えときな」

「はい。ありがとうございます」


 頭を巡らすと、衣装のままステージに寝転がるアキの姿が見える。それをリンがいつものように怒っていた。


「……まあ、あそこまで気を抜けとは言わんけど」

「そ、そうですね……あはは……」


「サキは大丈夫か?体力的にキツくないか?」

「えっ、わ、私ですか?」


 自分に声がかかると思っていなかったみたいで、サキは少し驚いている。


「私は……まあ、マイさんよりは慣れていますから。ご心配には及びません」

「そっか。ちょっとキツそうな顔してたから気になったんだけど。大丈夫ならいいんだ」


…いやサキさん?すました顔で何でもないフリしてるけど、感情は正直だね?


「レイ、リン。ちょっと」

「ん、なに?マスター」

「どうかした?何か気になる所でもあったのかしら?」

「いや、リハ中にもし出た(・・)場合の事なんだけど」

「あ、そのことね。サイド別練習とかの時はアタシたちに出撃しろって言いたいんでしょ?別に構わないわよ」


 おっ、なかなか察しがいいなリン。


「ふふん。以心伝心っていうの?マスターが言おうとしてること、言う前に何となく分かるようになってきたかも♪」


…いやあ、まだそこまで心の絆は深くなってない気がするけど。


「話が早くて助かるよ。レイは全体リーダー兼レッスンコーチとしてステージに居てもらわなきゃだし、マイの御披露目なんだからレフトサイドはステージに残るべきだと思ってさ」

「そうね。賛成よマスター」

「でも問題は、全員で歌う全体曲の時なんだよなあ」

「今日ならいつでも中断出来るから問題ないわ。ただ、明日は難しいわね」


 そう。さすがに本番のさなかに抜け出すのは難しいだろうと思う。


「これまでの傾向ですと、開場後に集まった観客たちの発するアフェクトスに引かれてオルクスが現れる、というパターンが多かったですね。それを倒してからステージがスタートするような感じです。

なので、開演前に倒せれば問題ないかと」


 ドリンクを配り終えて戻ってきたナユタさんが口を添える。


「その時に、うまくゲートまで討伐出来ればいいんですが。そればかりは本番前のその時になってみないと、何とも……」

「まあ、それは今考えたってしょうがないわよ。その時々で臨機応変にいかなきゃね」


 まあ、それしかないだろうな。


「リンの言うとおりね。ライブを成功させる、それだけでなくてオルクスから観客も守る。それが私たちの使命なのだから、どんな状況になっても対応するだけだわ」

「……まあ最悪、演出に見せかけてライトサイドだけ抜けてもらうような事にもなるかもな」

「そのあたりの判断はマスターに任せるわ。そういう時の合図だけ決めておいてもらえればいいんじゃないかしら?」

「ん。じゃあ考えとく」


 とはいえそれはさすがに俺の一存では決められない。事前に演出監督とも話を合わせておかなくてはならないだろう。



 休憩を終えて、再び通しのリハーサルが始まる。

 無事にステージを成功させるためには、そのために俺に出来ることは何があるのか。それを考え始めたら止まらなくなって、2回目の通しリハはほとんど何も目に入っていなかった。






お読み頂きありがとうございます。

次回更新は25日です。

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