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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第十六幕:いつものケータリング

「桝田さんの特自からの報酬は、事務所の金庫の中にあるはずです。帰ったらきちんとお渡しします。本当に、ごめんなさい……」

「いや、あるんならいいですよ。そんな謝らないでいいですから」

「だって……報酬未払いとか、絶対に始末書ものですし……」


 ありゃあ。それ所長に怒られるやつや。


「給料日って、いつなんでしたっけ」

「……自衛隊の俸給日は毎月18日です。今月は今週の火曜日でした」


 18日……18日。

 あー、ナユタさんが休んだ次の日かあ。あの日は確か俺が方々に復帰挨拶に行かされてヘロヘロになって、そんでリンにアフェクトス注入して『記憶の鍵』を手に入れたんだっけ。

 そうかそうか。その前日にぶっ倒れて、俺に部屋上がられて看病されたことで頭から飛んじゃったんだな、きっと。


「…………ああ、そうそう。18日でしたね、思い出しました。

ほらナユタさん、あの夜ちゃんと俺に渡してくれたじゃないですか。憶えてないんですか?」

「えっ?そ、そんなはずは……」

「いや、貰いました(・・・・・)よ。ほら、リンの『記憶の鍵』を手に入れたって報告しに行ったじゃないですか。あの後、確かに」


 わざとらしくそう言いながら、人差し指を唇に当てて『しーっ』としてみせ、併せて目配せも送る。

 実際には無かったことをあったこと(・・・・・)にしよう、と言っているわけだ。おそらく所長がモニタリングしているはずなので、これ以上迂闊な事は言えない。言えないからジェスチャーで意志疎通を図る。

 そしてそれは、ナユタさんにもちゃんと伝わった。


(ほ、本当に、良いんですか?)

(もちろん。今日ちゃんと出してきてくれるなら、ね?)


 ナユタさんが頬を寄せてきて、インカムのマイクを手で塞ぎながら小声で聞いてくる。

 だから同じように、小声で返す。


(あっ、ありがとうございます!桝田さん、優しい……!)

(俺はきちんと貰えればそれでいいですもん。ただ、隠滅はちゃんと完璧にやって下さいね?)

(もちろんです!任せて下さい!)


 よし、密談成立。


「そ、そうでしたね!お渡ししたのすっかり忘れてました!」


 ステージ上では、全体の歌合わせが終わってサイドごとの個別練習に切り替わっていた。


「ちなみにMUSEUMの給料日は末締めの25日になります。桝田さんの入社日は一応、先月の29日ということになっていますから、固定給の日割り計算ということになってしまうので、今月分はあまり期待しないでおいて下さいね……?」

「まあそれは仕方ないですよ。現状特に金銭的に困ってるわけではないから大丈夫です」

「そうですか、良かった。

でも、来月はきっとびっくりすると思いますよ?」

「そうなんですか?じゃあまあ、楽しみにしときましょうかね」


 びっくりする、ということは、それなりに多めに貰えたりするんだろうか。まあ、この歳まで生きてきて正社員になるのは大学出て以来二度目だし、そういう意味では楽しみでもあるけど。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 昼前までサイド別、楽曲別の練習をみっちりこなして、段取りを確認して、それから食事休憩に入った。

 昼食は楽屋にケータリングが届いているはずだ。


「は~!お腹空いたぁ!今日のお昼ご飯は何かしら?」

「そうねリン。楽しみだわ」

「ハルもハルもー!早くご飯、食べようよー!」

「はい、もう私もお腹ぺっこぺこです!お昼、楽しみですね♪」

「ですね!早く行って早く食べましょう!」

「……そんな慌てなくてもお料理は逃げませんよ。それでなくても疲れてるのに、無駄に騒がないでもらえませんか」

「ベッドねえかよベッド」

「アキさんと一緒に、おやすみなさい……」

「マスター。手洗い・うがいの出来る洗面所はどちらですか?」


 みんな、口々に好き勝手言いつつ楽屋へと急ぐ。今回用意されている楽屋は9人で使う大部屋なのでかなりの広さがあり、そこにスタッフがケータリングを準備する手はずになっている。朝はテーブルしかなかったけど、今頃はもう料理が並んでいるはずだ。

 洗面所と言われてもこの施設には普通のトイレぐらいしかないので、手洗いはともかくうがいはパレスから持ってきたうがい薬で済ませてもらうしかないな。ただ、一応無味無臭のものを用意したけど、それでもちょっと薬液の違和感は残るはず。そうした違和感を訴える子たちには、事前に用意しておいたペットボトルのミネラルウォーターとマグカップを渡して口腔をすすいでもらうことにしよう。

 さて、みんな心の準備はいいか?楽屋のドア開けるぞ?


 ガチャ。


「おっ、帰ってきたな。準備出来とるぞ~!」


 そこにいたのは白髪頭で恰幅のいい年配の、白い調理服にコック帽でエプロンをつけた男性の姿。腕組みしていーい笑顔で、ニッカリ笑ってらっしゃる。その後ろには小柄で温和そうな、男性と同年代のご婦人の姿も。


…えーと。

パレスの、いつもの調理師さんご夫妻……ですよね?


「どうしました?パレスには専属の調理師さんがいらっしゃるので、いつもと同じようにお昼を作って頂いたんですが。

……何か、問題でも?」


 いやナユタさんさあ、不思議そうな顔で訊いてるけどね。いつもとは違う味を食べられる、って楽しみにしてたこの子たちの顔、見てごらんよ?

 まあ、この調理師さんの料理っていつもめっちゃ美味いから、それはそれで安心感あるし良いんだけどさ。


「ま……まあ。いつもの調理師さんでしたら安心して食べられますから♪」

「というか、いつもより豪華な品揃えではないかしら?」

「というよりこれは、ちょっと張り切りすぎでは?これリンさん食べ過ぎちゃいますよ」

「だ、大丈夫だし!勝手に決めつけないでよね!」


 うん、先に釘刺しとかないと絶対食べ過ぎそうだよなこれ。

 リンだけでなくハルもユウもね。



 長テーブルを揃えて椅子を並べた席に、いつもの並びで全員が座る。俺とナユタさんの席ももちろん用意してあった。最初はやや落胆した様子だったみんなも、美味しそうな匂いといつも以上に豪勢な料理を前に、すっかりテンションが上がっている。

 ちなみに、バックミュージシャンの人たちや他のスタッフさんはそれぞれ別室が用意されていて、そちらの料理もこの調理師さんが全部作ったのだそうだ。普段はご夫婦ふたりだけで作ってくれているんだけど、さすがに今日は人手を増やしてもらったとのこと。

 まあそりゃそうだ。演者とスタッフと全部合わせて50人は下らない人数がいるから、さすがにその人数をご夫婦ふたりだけで調理から配膳まで捌くのは無理だろうし。


 昼食を終えて、ユウが持ち込んでいたティーセットでアフタヌーンティーを全員で楽しむ。ポットは持ち込みの電気ケトルで、ミネラルウォーターを入れて食事の間に沸かしておいた。

 結局これもいつも通りなんだけど、もう誰も気にしていなかった。要するに、いつも通り(・・・・・)が一番(・・・)だ、ってことだね。

 せっかくなので調理師さんにも一緒に食べませんかと誘ってみたけど、片付けがあるからと丁重に断られた。まあそりゃそうか。特に今日は朝から準備に動いてくれてたはずだし、明日の本番の用意もあるだろうしね。


 昼休憩を挟んで、午後からはいよいよ実際の衣装を来ての通しリハーサルだ。女の子たちの着替える部屋に居座るわけにもいかないので、黒一点の俺は自動的に楽屋を追い出される。

 とはいえ、着替えが済むまでどこで時間を潰そうか。ロビーの自販機のある休憩スペースにでも行くかな。



『桝田さん、今どちらにいますか?皆さんの着替え、終わりましたよ』

「分かりました。じゃあ楽屋に戻りますね」


 ナユタさんから電話がかかってきて、楽屋に戻った。ドアをノックして、入室の許諾が室内から返ってきてからドアを開ける。


 いつものMuse!制服に身を包んだ9人がそこにいた。

 レフトサイドは赤を基調にしたミニスカートスタイル、ライトサイドは青を基調にしたパンツスタイルで、レイとバックダンスに回るミオとハクは白を基調にしたキュロットスカート姿。

 思わず見惚れてしまうほど全員が完璧に着こなしていて、よく似合っていた。


…いつ見ても、何度見ても衣装姿を目にする瞬間はドキドキする。この子たちと関われるようになったことが、いまだにちょっと信じられない。


「どうしたのマスター。見とれてるのかしら?」

「ホント、いい加減慣れなさいよねアンタ。

⸺でもま、悪い気分じゃないわね」

「ふふっ。本番ではもっともーっと見とれさせちゃいますから、期待してて下さいね、マスター♪」


…嬉しいこと、言ってくれるなあ。


 彼女たちと、ナユタさんも含めて、全員でホールに移動する。バックミュージシャンの皆さんもすっかり準備を終えているようだ。

 彼女たちは舞台袖に、俺はナユタさんとふたりで観客席に移動する。

 通しのリハーサル、初めてだな。じっくり見させてもらおうっと。






お読み頂きありがとうございます。

次回更新は20日です。


話の区切りを見直して、1話増やしました。

【マイのデビューライブ】は全二十二幕の予定になります。

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