第十二幕:“透明”の新人(2)
「あのなマイ。あんまり自分の映りを気にしたって仕方ないんだぞ?お前はハルやユウみたいな『キャラ立て』がまだ出来てないんだから」
自分の魅せ方、売り方やアイドルとしての立ち居振る舞いがマイはまだ分かってない。そのせいで必要以上に引っ込み思案になってるんだろうな。
まあしょうがないよね。こればっかりは、場数を踏んで成ってくしかないもんな。
「お前が自分で自分のキャラが分かってないように、見てるファンの人たちも分かってないんだ。だから素のままでいいんだよ」
「い、いいんでしょうか……」
「ダメだと思うんなら、ハルみたいな元気っ子やるか?」
「へっ!?い、いや、それは……」
「じゃあユウみたいなゆるふわお姉さんやってみるか?」
「そ、それもちょっと……」
「な?自分のキャラじゃないって思うだろ?」
「はい……」
「キャラってのは『作る』もんじゃないんだよ。自分の普段の言動が人に見られて評価されて、そして『できる』もんなんだ」
おっとりしてゆるふわな雰囲気のユウも、元気いっぱいのハルも、なんなら美しく気高いレイも今時の女の子なリンも斜に構えたインテリメガネなサキも、あれ全部素だもんな。アキだけは若干作ってる感じがするけど。
そういう意味ではクールビューティーなミオや無口で大人しいハクだって、すでにキャラが立ってるし。
「マイちゃんは新人さんで一生懸命なところが初々しくて可愛いですよ!すっごい応援したくなっちゃいます!」
「ほらコバヤシさんも言ってくれてるだろ。お前は『新人』なんだから『一生懸命』やってれば、みんなそれを見てくれるんだよ」
「じゃあ、私、このままでも……?」
「マイちゃんカワイイから大丈夫だよ〜!」
「マイさん、私も前に言いましたよね?貴女は一生懸命だからつい応援したくなる、って」
「そうだね。マイはいつだって『前向き』で『一生懸命』で『努力を怠らない』のがウリだと思うな。それはもう、立派なお前のキャラだと思うけど」
みんなから口々にアドバイスを受けてマイが少し考え込む。
そして次第に何かを掴んだ表情になってゆく。
「そ……そうですよね!私まだまだ『新人』だから『一生懸命』に『努力』しなくちゃダメですよね!でも、それなら私でもやれそうな気がします!」
「そう。つまり今のまま、一生懸命頑張ってる有りのままを見てもらえばいいんだよ。だから何も心配することないんだよ」
言ってみればマイはまだ“透明”だ。
これからどんな色にも染まれるし、自分で染めることもできる。変な色に染まらないよう気を付けるのは、周りの俺やユウの役目だからマイが気にする必要ないんだよね。
「はい!分かりました!ありがとうございます!」
あっという間に満面の笑顔になるマイ。
一生懸命に頑張る姿も確かに魅力なんだけど、やっぱりこの子の一番の魅力はこの笑顔だよなあ。
「マイちゃん、本当に可愛いですねえ。あんな笑顔見せられたら単推しになっちゃいそう……」
次の番組の収録スタジオで、出番が来てカメラの前に出て行く3人を見送りながら、コバヤシさんがポツリと呟く。同じ女性をここまで魅了するんだから、あの笑顔の魅力は本物だと思う。
「マイが笑うと、なんかホッとするんですよね」
「そう!それなんですよね!いつも一生懸命で悩んで考えて必死に頑張ってる子が心から笑うのって、なんかこっちまで報われた気になっちゃいますよね!」
「……コバヤシさん、もうマイ推しじゃないですか」
「えっ?……あ、いや、そう見えちゃいました?
い、一応私、箱推しなんですけど……」
…そう言いながら、まんざらでもない様子だよね?
「こ、この収録を終えたらちょっと遅いですけど朝ごはんですから。30分しかありませんけど、楽屋にご用意してありますので!」
あ、話題変えて誤魔化した。
別に単推しでもいいと思うんだけどなあ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝食の後もラジオ番組を中心にいくつか出演し、お昼の情報バラエティにコメンテーターとして出演。遅い昼食を取った後は再びラジオ番組をはしごして、昼下がりのドラマの時間帯には後日放送のバラエティの収録。夕方のニュース番組に顔出しして、夕食を慌ただしく取ってからはゴールデンタイムのバラエティに生出演、さらに夜のニュース番組に生出演。
という感じで、全部終わった時はもう夜9時になっていた。
「皆さん、今日は本当にお疲れ様でした!」
「こちらこそ、ありがとうございました。万全のサポートで本当に助かりました」
「「「ありがとうございました!」」」
「いえいえ、そんな、こちらこそ!」
最後までずっと付き添ってくれたコバヤシさんに、全員でお礼を言って首都TVを後にする。彼女、明日と明後日は有給を取っていて、ライブのチケットも自前で購入してくれたのだそうだ。
…そんなの、事前に聞いてればこっちで用意したのになあ。
まあ、当日は楽屋招待ぐらいはしてあげてもいいんじゃないかな。
「は〜、今日はいっぱい、楽しかったねえ!」
「私……もうクタクタですぅ……」
車に乗り込んでからも元気いっぱいのハルと、もはや力尽きてぐったりしているマイ。んー、マイの方が歳下だから体力ありそうなものだけどなあ。
「……ハルさんは本当に元気ですねえ。私もちょっとお腹空いちゃいました」
いや、誰も空腹の話とかしてないが。
まあ確かに腹は減ったけど。
「まあとにかく、とっとと帰ろうか」
「そうですね……さすがに眠いですぅ……」
というわけで、ようやくパレスに帰り着いた頃にはもう夜の10時前になっていた。
「……あれ、事務所の明かりが点いてる……?」
「ほえ?」
「あら。本当ですね」
こんな時間に、まだ誰か残ってる?残ってるとすれば、誰が何をやってるんだろうか。
訝しみつつも事務所を覗くと……。
「お帰りなさい。今日は1日、お疲れ様でした」
「…………いや、ナユタさん何やってるの」
「えっ、何って。仕事してる皆さんを放ったらかして帰ったりしませんよ」
「ナユタさん……もしかして、私たちの帰りをずっと待ってて下さったんですか?」
「えええ!?そんな、全然知りませんでした!」
いやマイでなくてもビックリするわ。もうとっくに帰ってると思ってたから帰投連絡もしなかったのに。
「あの、まさかと思うけど、タイムカード……」
「私の仕事なら今日は6時で終わってますよ?」
だー!この人またサビ残してやがる!
「ふふっ。大丈夫ですよ♪今日は皆さんと一緒にお夕飯を頂いて、それからリビングにお邪魔してたんです。レフトサイドの皆さんが9時終了なのは分かってましたから、桝田さんたちが戻ってくる少し前に事務所に降りたんですよ」
「……てことは、夕方以降の、」
「はい!6時以降のレフトサイドの出演番組は、全部皆さんと一緒に見てました♪録画もしましたから、後で皆さんも見返してみて下さいね」
「あら、まあ。見られちゃったんですか」
「は、は、恥ずかしいですううぅぅ!」
「おおー!ねえねえナユタちゃん!ハルたちどうだった?」
「き、聞かないで下さいよぅハルさぁん!」
「よし、分かりました。罰としてナユタさんは強制的に俺が送って行きます」
「えっ?いえ大丈夫ですよ?今日はあまり残業にもなってませんし、私疲れてませんからひとりで帰れます」
「ダーメ。もう10時になるんだし、こんな夜中に女性をひとりで帰せるもんですか」
「平気ですってば」
「拒否権はナシ、です!」
「えええ……」
あったり前でしょうが。せめて事前に教えといてくれればいいのに、黙って勝手なことするんだからこの人は。だいたい、このままひとりで帰して、もし万が一何かあったら所長になんて言えばいいのさ。
…まあ、事前に聞いてても送ってくけどね、この時間だと。
と言うことでマイ達をリビングに上がらせて、ナユタさんには帰り支度させて、セキュリティをセットして、自分の車に彼女を乗せてガレージを出た。
さすがに今日は彼女のマンションに上がる用事もないので、マンションの前で降りてもらってそのままとんぼ返りだな。俺も疲れてるし腹減ったし。
「あの、本当にいいんですか?桝田さんも疲れてるでしょうに、なんだか申し訳なくて……」
「いいですよ別に。こないだも言ったとおり、気遣って支えてあげようって思ってるだけですから。
それにほら、俺が送ってけば帰りの車内で色々報告も出来ますからね」
「…………そうですね。ありがとうございます。
じゃあ甘えちゃいます」
結局、ナユタさんを送り届けて戻ってき時には、もう11時近くなっていた。はー疲れた。
でも人のことだけでなく、自分自身も疲れを溜めないようにしないとな。なんか職務復帰してからは長時間勤務が増えてる気がするし。
マイのデビューライブが無事に終わったら、1日くらい休みもらおうかな。
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次回更新は30日です。




