第十一幕:茜色の初陣(2)
その時突然、ナユタさんの手元のタブレットからアラーム音が鳴り響く。
「あ、っと。“マザー”がオルクスの出現を検知しました!皆さん、至急出撃して下さい!」
「了解!」
彼女の声に即座に反応して、全員が一斉に駆け出した。
えっあ、出撃ってことはもしかして俺も!?
「桝田さん、初陣ですね!」
「いや最初はシミュレーター訓練って話では!?」
「それは今やったじゃないか。すでに我々としては問題ないと判断している」
…そ、そんなご無体な!?
とはいえ、雰囲気的にこれはもう行かなきゃダメっぽい。
ああもう、しょうがねえな。
「ナユタさん、場所は?」
「渋谷駅前に向かって下さい!詳細はマスターのタブレットに情報送っておきます!しっかり頑張って下さいね!」
「はあ、了解」
渋々返事して、先に駆け出した少女たちの後を追う。エレベーターで地上へ戻り、玄関ホールで彼女たちに追いついた。
「みんな車庫へ!ワンボックスが停めてあるから、それ乗って!」
正面の自動ドアを出て行こうとする彼女たちに声をかける。
ガレージにある10人乗りの白いワンボックスは、今朝地上に戻された時に、免許持ちということで業務用に使用許可を与えられ、キーも預かっている。
ちなみに正面玄関のホールは中庭に通じる通路と繋がっていて、その途中からガレージへも直接抜けられる構造になっている。つまり玄関ホールから外に出ずにガレージへ出られるのだ。
「へっ!?アンタ、運転できんの?」
「そりゃあ俺だって、この歳まで一般社会で仕事してたからな。免許ぐらい持ってるさ」
「んだよ、それ早く言えよな!」
「ではお言葉に甘えようかしら」
めいめいが好き勝手言いながらも、全員素直にガレージへと向かう。ガレージに通じるドアを開けると柱とコンクリの壁に囲まれた無機質な空間、そこに例のマイクロバスをはじめ大小何台も車が停まっている。〖MUSEUM〗が会社として所有するだけでなく、自家用車で通勤してくる所員さんたちの駐車場としても使っていて、他に来客用の駐車スペースまで用意してある。
そこに、説明とともに鍵を渡されたワンボックスも停まっていた。市販のやや型落ちの車だが、車体にMUSEUMとMuse!のロゴが施してあって見るからに社用車だ。
「しかし、全員乗ったら定員オーバーでは?」
「大丈夫、免許さえ持ってりゃ定員10人まではいける!」
普通免許さえ持っていれば運転手を含めて乗車定員10人まで同乗させることができる。そして目の前のこのロングタイプのワンボックスは10人乗りだ。俺を含めて8人だから、問題なく全員乗れる。
いやだがしかし、3ナンバーのこのサイズを運転するの久しぶりだな〜。さすがにちょっとデカく感じる。
「素晴らしいわね!では早速乗り込みましょう」
「やったー!楽チンだー!」
「……アンタ今いくつなのよ?」
「俺?28だけど?」
「やっぱりオッサンじゃないですか……」
「では、安全運転でお願いしますね、マスター♪」
「もちろん。さあ乗った!」
そうして、俺と彼女たちは車に乗り込み、オルクスの出現地点とされる渋谷駅前へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ピピッ。
夕焼けの茜色に染まる空の下。タブレットから、ナユタさんからの通信を知らせるアラートが鳴る。
『敵性反応の消滅を確認。皆さん、戦闘お疲れ様でした』
ぜぇ、ぜぇ。
はあ。はあ。
『……あれ、マスター?応答して下さい。大丈夫ですか?』
だ……だいじょう……ぶ……
『マスター?マスター!?』
「はひ……」
『バイタル数値が全体的に低下しています。かなり疲労しているようですが大丈夫ですか?』
だ……だいじょうぶ……じゃないです……
「マスター?声が出ていないわよ?」
「ああもう!なんなのアンタ!ぜんっぜんダメじゃない!」
「チッ。無様なヤロウだ」
「こんな事なら、今まで通り私たちだけで戦う方がまだ効率的でしたね」
そ、そんなこと……言われても……
「…………まあ、シミュレーションと実際の戦闘はまた違いますから……」
「それにしたってダメすぎますよ。役に立たないどころか完全に足手まといじゃないですか!」
うう……なんも反論できねえ……。
みんなからじっとり向けられる虹色の視線が痛すぎる……!
『と、とりあえず皆さん、帰投されて下さい。
マスター?運転出来ますか?』
「す、少し休めば……なんとか……」
『では、くれぐれも事故など起こさないよう注意して、安全運転でお願いしますね』
「はひ……」
初めての実戦が、久しぶりに見るオルクスが、こんなにも危機感と恐怖感を惹起するなんて思ってもみなかった。肉体的な疲労というよりも、精神的に参ってしまった事によるスタミナ切れだと言っていい。
正直、胸がムカムカして吐き気がする。
「あーもう!だらしないわねえアンタ!ちょっとバタバタしただけでしょお!?」
「『ちょっとバタバタ』どころの騒ぎじゃなかったですけどね。
はぁ……やれやれです」
「ハルはなんか楽しかったー!」
「ハルは無駄に暴れただけだろうがよ」
「マイさんも、大丈夫ですか?」
あっ!そうだ、マイ!
動かない身体を無理やり動かして起き上がる。
見回した視線の先に、同じように座り込んで肩で息をしているマイの姿があった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「マイさん。無理に起きないで休んでて下さい」
「あの程度で息が上がるなんてまだまだですね。⸺はあ。お荷物ふたりも抱えて、先が思いやられます」
「もう、サキさんったら。マイさんも初めての実戦だったんですから、もう少し大目に見てあげましょう?」
「甘やかすとクセになりますから。こういうのは最初にガツンと言っておかないと」
群れに入った新入りに上下関係を分からせる、ってか?
なんだよその弱肉強食理論は。もしかしてこのサキって子も割と脳筋的なのか?
「ご、ごめんなさい。私、全然ダメで……」
「い、いや、一番ダメなのは俺だから……」
ピピッ。
『想像以上にグダグダだったねえ。
まあいい、さっさと帰投しなさい。帰ったら全員メディカルチェックだからね』
うう……所長まで……。
思い返すのも辛いが、まあ我ながら酷い指揮だった。
急な出撃だったというのもあるけれど、戦闘は終始グダグダな有り様だった。攻撃優先順位の確立も出来ず、戦闘衣装のスキルの把握も出来ていなかったため戦闘行動の組み立てもままならず、それどころか戦闘の最初に張るべき結界の存在さえも俺は知らなかったのだ。
さらに出撃させる人選には迷い、ガード指示は全て失敗、攻撃のタイミングもほとんど外して、不必要にみんなを消耗させてしまった。彼女たちに大きな怪我が無かったのが奇跡的なくらいだ。
正直な話、きちんとオルクスを討伐できたのは彼女たちが途中から俺の指示を待たずに、個々の自己判断で動いたからだ。見た感じでは連携もバラついてて改善の余地が多くありそうだったけど、それでも今までやってきた経験値というのか、明確なピンチに陥ることもなく彼女たちはつつがなく任務を終えた。
多分、助けられたというのが正しい表現だと思う。俺の拙い指示のままでは討伐しきれずに取り逃がすか、さもなくば誰かが怪我を負っていたことだろう。
本当に、情けなくなるばかりの“初陣”だった。シミュレーターで各人の戦闘傾向こそ大まかに掴んではいたものの、肝心のオルクスの行動パターンをまるで把握できておらず、属性相性も適切に判断できなかった。つまり、戦闘で必要な準備が何も出来ていなかったのだ。
本当に申し訳ないとしか言いようがなかった。
だって時間無かったんだもん!
朝に地上に戻されて、それからナユタさんに施設内案内されて、昼からは自室の荷物搬入の立ち会いで!合間見て何とかシミュレーターのデータチェックだけはやったけど、行くよう言われてたファクトリーにも行けなかったしタブレットに送られてきてる資料もまだ全然読めてないし!
そんなんで実戦とか無理だって!
だいたい、『最初はシミュレーターで訓練』とか言ってたから安心してたのに!!(言い訳)
「帰ったら反省会ね。
マスター、覚悟しておくことね」
レイの怒った顔、美しいけど怖ろしいよ……!
【序章】はここまでになります。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
次回からはいよいよ、アラサー主人公と美少女アイドル7人との、ひとつ屋根の下でのドタバタ共同生活が始まります。乞うご期待!
ちなみに魔術があって魔物と戦ってる、ある意味で現実とは似て非なる現実世界ですが(Fabula Magiaのシリーズとしての同一の世界観です)、メインとなるのは戦闘よりもアイドルたちとの日常生活の方になります。そういう意味でジャンル選択はローファンタジーか現実世界恋愛かで迷いました。
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