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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第八幕:澪色の思いやり

 俺がようやく帰投した時には、もう夜の7時前になっていた。リンたち討伐組は5時過ぎにはレッスン場に戻ってきたそうで、彼女たちは夕食前の通し練習に間に合ったが、俺は無理だった。

 あの後、局の駐車場を出た俺は遠回りして今日の討伐地点に寄ってみた。街は“舞台(スケーナ)”の保護効果でいつも通りだったし、ナユタさんの言っていた専任チームとやらの姿ももう見当たらなかった。まあ、素人の俺がパッと見て分かるような姿はしてないはずだから、もしかしたらまだ残っていたのかも知れないけど。

 モニタリングしていたはずのナユタさんは俺の動きに気が付いていただろうに、特に何も言わなかった。


 夕食のあと、figuraの子たちは全体練習の続きをするためにまたレッスン場へと出かけていく。俺はそれには同行せずに独り喫煙所で煙草をふかしたあと、シミュレーションルームに降りる。システムを立ち上げて、今日のリンたちの戦闘データを読み出した。

 タブレットでの遠隔指示だけでは絶対に分からない詳細の数々が、そこには全て表示されていた。無いのは戦闘中の映像データだけだった。その映像はスケーナの中に俺がいなければ⸺正確には俺の持つタブレットがなければ撮れないため、これは仕方がないことだ。


 分かってる。

 分かってるんだ。感傷に浸るなんて無駄だってことくらい。

 でも、このショックが消え切らないうちに、戒めとして刻みつけておかなければならないと、強くそう感じていた。


「今日のデータを、見ているんですか」


 不意に声をかけられて振り返ると、シミュレーションルームの入り口にナユタさんが立っていた。


 なんと返答すべきか、判断に窮した。

 その沈黙を、彼女は迷いだと受け取ったようだ。


「気にしないで下さいね、と言っても無理かも知れませんけど。でも、これが現実なんです。何とか乗り越えてもらうしか、ないんです」


 シミュレーションルームに入ってきて、俺の方に歩み寄りながら彼女が言う。


 ああ。この人は、犠牲者が出てしまった事に俺がショックを受けていると思ってるのか。

 一体どこまで話したものか。加減が難しいな。


「犠牲者が出てしまった事を気にしてるんじゃないですよ、俺は」

「……えっ?」

「思い出したんです。俺も『犠牲者』だった、ってことを」


 俺の言葉に反応してナユタさんの感情が波立つ。

 左手の小指が半分なくなっていることは、魔防隊のデータ上では『オルクスに喰われた』ということになっている。彼女もそれを見て知っているはずだった。


「そう、でしたね……」

「……まあ、正確には弟なんですけどね。犠牲になったのは」

「…………えっ!?」

「俺の目の前で、オルクスに喰われたんです。

それを思い出してしまって」


 ナユタさんが息を呑む。

 驚き、悲しみ、それに、申し訳なさの感情。


「ご、ごめんなさい……私、知らなくて……」

「謝らなくていいですよ。知らないで当然のことですから。最初の聞き取り調査でも言わなかったことですし」


 というか所長にしか話してないしね。


「俺自身も左手の小指を喰われたし、今日のバトルまでそんな事忘れてたんです。でも、思い出しちまった。

そんな大事なこと(・・・・・・・・)を忘れてた自分に、腹が立ってしまって。⸺だから、今日だけそっとしといてもらえないですか。明日からはまた元に戻すんで」


 少し考えたけど、やはり本当のことは言えなかった。

 この人にも知っていてもらいたい気持ちはもちろんあるし、知っていてもらった方が俺自身も楽になるのは間違いけれど、知られたくない気持ち、知られて恐れられるのを怖れる気持ちの方が、まだ勝った。


「それは……仕方ないですよ。記憶や感情を失わないと言っても、桝田さんだって部分的に記憶をなくしているのは最初の調査でも判明していますし。それに、後からじわじわと記憶の喪失が広がることも現象として確認されていますから」


 そう言いながら、ナユタさんが歩み寄ってきた。

 彼女はコントロールデスクの椅子に座ったままの俺の目の前まで来ると、そのまま俺の上体を抱きしめた。

 彼女は立ったままなので、ちょうど胸の谷間に頭が乗る形になる。

 奇しくも、ユウの時と同じような態勢になった。


…えっ!?いやあの、ナユタさん!?


「……私たちは、桝田さんのような悲しい人を、そういう悲劇を少しでも減らすために、これ以上増やさないために戦っているんです」


 俺を抱きしめたまま、彼女が言う。


…い、いやいや!

思ったより柔らかいし!

なんかいい匂いするし!


「だから桝田さんも、私たちに力を貸して下さい。いつか東京に平和を取り戻すために、figuraの皆さんをこれからも助けてあげて下さい。

それまでは、私が桝田さんを支えますから。だから辛いときや悲しいときは、何でも話して下さいね」


 たった今、話さず隠した(・・・・・・)ところなだけに返事が出来なかった。その罪悪感はあったけど、彼女の気持ちは純粋にありがたかった。

 同情でも哀れみでもない、ひたすらに他者を思いやる“澪”の色の感情に包まれる。それがとても心に沁みた。


 返事の代わりに、彼女の背中に腕を回して抱きしめ返す。

 そのまま、しばらく抱きしめあっていた。


 いきなり、ナユタさんから驚きと羞恥の感情が溢れる。身体がビクンと跳ねて、心臓の鼓動が一気に早くなる。

 我に返ったみたいだ。


「あっその!ご、ごめんなさい!私ったら……!」


 大慌てで俺の手を振り解き飛び退いて、持ったままのタブレットで顔を隠してしまう。

 隠しても耳が真っ赤なのがよく見える。


「……いや、ありがとうございます。

ナユタさんの気持ち、嬉しかったですよ」

「……」

「それにほら、柔らかくていい匂いだったし。癒されました」


「……もう!桝田さんのバカ!」


…照れてるんだか恥ずかしいんだかやっちまったんだか、感情ごちゃ混ぜですよナユタさん?

まあ、そういう僕もちょっと感情の整理が付かないんだけど。彼女の気持ち、どう受け取ったらいいんだろう?


「で、ナユタさん仕事は?もう終わったんなら、家まで送りましょうか?」


 彼女の感情がまた跳ね上がる。

 もう耳まで真っ赤になりすぎて湯気すら上がりそうなほど。


「ひゃっ!?い、い、いえ!いいですいいです!ちゃんと帰れますから!だ、だいひょうぶ!」


--ナユタさん噛んだ。今噛んだ。


…ホント、この人可愛いなあ。


「あ、明日も早いんで!かっ、帰ります!」


 などとニヤケている俺を残して、顔を真っ赤にしたまま、彼女は逃げるようにシミュレーションルームを駆け出して行った。

 時計を見るともうすぐ8時になるところだった。ぼちぼちあの子たちもレッスン切り上げて帰ってくる頃だな。


 リビングに戻る前に、事務所で明日のタイムスケジュールをもう一度確認しておくか。明日も頑張らないとな。






お読み頂きありがとうございます。

次回更新は10日です。

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