第七幕:突きつけられた現実
ナユタさんに言われる通りに放送局に向かい、各番組のディレクターさんにそれぞれ軽く挨拶をして。編成部の次長さんと細かいタイムスケジュールの最終確認まで終えた時には、もう夕方の4時を回っていた。
さて、パレスに戻ろうかな。
ピピッ。
『マスター、今大丈夫ですか!?』
あ、これはオルクス出たっぽいな。
「ちょっと待って下さい!」
戦闘のナビゲートとか、うっかり誰かに聞かれたら大変だ。
なるべく慌てないように、怪しまれないように、人気のない場所を探す。開いてる非常口を見つける事ができ、外階段に出て通信を繋ぐ。
「ナユタさん、出ましたか!?」
『はい、もうリンちゃんたちに出撃してもらいました。接敵の予定時刻は約30分後です!』
「了解、じゃあ一通り挨拶と打ち合わせも済んだので一旦車に戻ります!」
『はい、よろしくお願いしますね。接敵したらリンちゃんから連絡入れさせますので』
俺が一緒じゃないからリンたちは電車で移動するしかない。接敵が30分後というのはそういう事だ。誰か内情を知ってる職員さんが車を出してくれれば良かったんだけど、あいにく誰も手が空かなかったのかな。それとも、何か違う理由でもあるのか。
局を出て、車を停めてある地下駐車場に急ぐ。このタブレットとインカムは地下街でも地下鉄でも普通に通信が届くので安心だ。そして社用車は、実はこう見えても防音の魔術が仕込まれてるらしい。俺は全然分からんけど。
普通なら地下にいると通信出来なさそうなものなんだけど、そこはやはり政府の力なんだろう。おそらく、街中や地下でたくさん見かける通信用アンテナの中に、専用の中継アンテナが紛れ込ませてあるのだろう。
まあ、詳しくないから見てもどれがそうだか全然分かんないけど。というか見て分かるようならそれはそれで問題か。
『マスター、そろそろ出現場所に到着するわよ!』
車に戻ってしばらく待っているとリンから通信が入る。
ナユタさんからの追尾情報も逐一入ってきていたので、出現個体の種類や個体数、属性や、今どこにいるのかも全部把握が済んでいる。ただ出現してから時間が経っているから、もしかすると犠牲者が出ているかも知れない。
「リン、全部で3体、まだ散ってないからなるべく急いで!」
『了解!』
散られたら、1体ずつ探さないといけなくなるから厄介だ。リンの“舞台”はかなり強固で優秀だけど、それでもオルクスを捕捉できる範囲には限界がある。
いや、実戦での連携を考えるならリンよりもハクに“舞台”を張らせる方が無難か?
『発見したわ!もう犠牲者が出てる!』
「クッソ、間に合わなかったか!」
やぱり恐れていた通りになってしまった。できればひとりの死者も出さずに済ませたかったけど、やっぱり無理があったか。
オルクスに襲われた一般人が生き延びた事例はかなり少ないそうだ。そして仮に生き延びられたとしても、犠牲者は記憶と感情、それにそれまで生きてきた記録や記憶をほぼ全て喰われて失い、自分が何者かすら分からなくなって、政府の用意している秘密施設に収容されて一生過ごすしかなくなると聞いている。
『舞台、展開します』
インカム越しにハクの声が聞こえてくる。
戦闘指示プログラムでリン、ハク、ハルのドレスと武器を手早く指定して。
「犠牲者の仇を討つぞ、みんな!」
『了解!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
戦闘そのものは数分で終了した。
だけど残念なことに、数名の犠牲者が出てしまった。悔しいが、こればかりはどうしようもない。
こういう事があるから、常に巡回して出現予測ポイント周辺で待機しなければならないのだと、改めて思い知らされた気分だ。
『現場の後処理は魔防隊の専任チームに任せて下さい。それよりゲートの反応を捉えました!マスター、リンちゃん、引き続きお願いします!』
「了解!」
『分かったわ!』
『場所はそこから約1km北側の地点です!ゲートの周囲にすでに何体か展開していますので、気をつけて!』
また離れた所にいやがるな。
犠牲者が増えるじゃねぇかよ!
「リン、なるべく急いで!」
『言われなくたって分かってるわよ!』
「3人ともキツいだろうけど、頑張って!」
『任せなさい!こう見えても体力には自信があるんだからね!』
約15分後、3人はゲートを発見し接敵したが、こちらでもやはり犠牲者が出ているようだ。
再びハクが“舞台”を展開し、3人を戦闘衣装に換装させる。彼女たちは走り通しとは思えないスタミナと手際の良さで、ゲートまで含めてオルクスたちを全て撃破した。普段組み慣れないユニットだろうに、さすがの適応力だった。
でもサキを選んでなくて良かったな。あの子はメンバーで一番体力がないから、ここまで戦闘とマラソンの連続だとまともに戦えたかどうか。
…というか、それを言うなら僕が一緒じゃなくて良かった。僕が一緒に走ってたら絶対バテて足引っ張ってたはずだし。
『リンちゃん、ハルちゃん、ハクちゃん。戦闘お疲れさまでした。
そちらにも専任チームが到着しますので、皆さんはそのまま現場を離れて下さい。いつも通り、顔を合わせないようにお願いします』
『了解、ただちに離脱するわね』
…ん?どういうこと?
「ナユタさん、その専任チームってのと顔を合わせてはダメなんですか?」
『……桝田さん。専任チームの「仕事」は現場の“撤去”と証拠の“隠滅”、それに目撃者の“口封じ”です。そうした秘密任務を遂行する者たちと、アイドルであるfiguraたちが同じ空間に居合わせたり、話をしたり、出来ると思いますか?』
……なるほど、そういう事か。
『今まで桝田さんが巡回に随行していた時には幸いにも犠牲者は出ませんでしたから、知らなくても仕方ないことですけれど。今後はそういう事も起こり得ます。この際ですから心に留めておいて下さい』
「分かりました。すいません」
これが現実なんだ、と頭をぶん殴られたような気持ちになった。すっかり覚悟が出来上がったような気持ちになっていたけど、全然なっていなかった。
そうだよ、毎日のように犠牲者が出ているって最初に教えられたよな。特に俺は奴らが人を喰うのを目の当たりにしてよく解ってるはずじゃないか。
そして犠牲者が出ているにもかかわらず、ニュースにもネットの噂話にも一切なっていないのは政府が秘密裏に“処理”しているからだ、ってのも最初のレクチャーで知らされていた事だった。それなのに、今の今までそんなこと、すっかり忘れてしまっていた。
今まで彼女たちのアイドルという『表の顔』だけ見て、その光の面ばかり見ていた。ボケていたとしか言いようがない。マスターになってから1度もそういう現実を目の当たりにしなかったのは、ただ単に運が良かっただけでしかなかったんだ。
そんな事にも気付けなかった自分のその甘さに、反吐が出る気分だ。
『……マスター。お気をしっかり、持って下さいね。どれほど過酷な現実であっても、私たちはそれを乗り越えて行かなくてはならないんです』
ナユタさんが気遣ってくれている。
しっかりしないと。
『アンタの気持ちも分かるけどさ。アタシたちのマスターやってる以上、オルクスの犠牲者が出るのもそれを見るのも避けらんないし。慣れろ……っていうのは、その、なんか違うと思うけどさ』
「……ありがとうな、リン。大丈夫、ちょっと自分の甘さに嫌気が差しただけだから。⸺ちゃんと受け入れるから、君たちの現実を。だから心配しなくていいよ」
『しっ心配なんて別にしてないし!⸺っほら、ハクもハルも帰るわよ!』
『はい、では気をつけて帰ってきて下さいね。
……桝田さんも、ね?』
「はい、俺も帰投します」
そう返事をしたものの、しばらくは運転する気にはなれそうもなかった。
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次回更新は6月5日です。




