第四幕:アフェクトス注入⸺リン(1)
「リン。アフェクトスの注入、してみるか?」
さっきから隣で、感情の鍵を見てからずっと身体を固くしているリンに声をかけてみる。
やはり最初は各チームのリーダー3人から重点的に進めるべきだと思うけど、注入直後に性格の反動があったことを考えてもマイのデビューライブを控えたユウにはタイミング的に入れづらい。影響がどれほどの期間に及ぶのか、まだデータも得られてないからなんとも言えないところだ。ミオとハクの加入に伴って全体リーダーとしての責任が増してるレイも同様だ。
ってなると、リンなんだよね。
「へっ!?あ、アタシ!?」
「嫌ならいいけど」
「だっ、大丈夫だし!」
興味はある。けどちょっと怖い。
リンの感情は正直だ。
前に入れた時は感情の流れに翻弄されてよく憶えてないっぽいし、多分、ユウやマイにどんな感じだったかこっそり話聞いてるんだろうな、この様子だと。
「人に見られるのちょっと嫌だろ?するなら部屋、行こうか」
「あああアタシの部屋に来るワケ!?」
あ、そっちはそっちで嫌なのか。
まあ確かに、男を部屋に上げるなんて思ってもみなかったろうしな。
「い、い、いいけど……。
あ、やっぱちょっと待って!片付けてくるから!」
そう言うが早いか、リンは階段を駆け上っていってしまった。
まあ、じゃあ少し待つか。
ふと気付くと、周りの全員が驚愕の表情でこちらを見ていた。
(ま、マスターが、部屋に来る……!?そ、掃除しなくちゃ……!)
(ウソでしょ絶対やだ、やだけど、でも、イヤじゃないっていうか……!)
(マスターがお部屋に来たら、いーっぱい遊びたいなあ!何して遊ぼっかなあ?)
(まあ。それでは、とっておきのお茶を準備してお待ちしないと)
いや、マイは一番注入してるし記憶も奪還したからしばらくお預けよ?
サキ、イヤなのかいいのかどっちかハッキリしような。
ハル、別に俺は遊びに行くわけじゃないからね?
あとユウ、おもてなしする気満々だね?
「…………なにやってるの、貴女たち」
その声に顔を向けると、髪を拭きながらバスルームから戻ってきたミオが、怪訝そうな顔をしてそんな4人を見つめていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「しょ、しょうがわね。ハイ、座布団。
節度は……その、わきまえてよね」
照れてるんだか恥ずかしいんだかよく分からない表情を浮かべながら、リンが部屋に招き入れてくれた。
通された部屋は、いかにも今時の女の子らしい部屋だった。
全体的に明るい感じで、でも過度に可愛らしい感じもなく。ベッドにも床にも色とりどりのクッションがたくさん置いてあるが、ぬいぐるみなどは見当たらない。
部屋の真ん中に置かれた真っ白なテーブルには、飲みかけのドリンクのグラスがそのままになっているが、それ以外には何も乗っていなかった。
まあ、グラス以外に何が乗っていたのかはだいたい推測できるけど。
クローゼットのある側の壁際には化粧台と小さな棚が揃えて据えてあって、その上にはたくさんの化粧品が置いてある。反対側の壁際にはローボードの上にTVとゲーム機、それにノートパソコンが乗っていて、床にはゲーム機のコントローラーが無造作に放り出されたままになっている。
こちらの壁にはマンガの並んでいる棚もあり、写真のたくさん貼ってあるコルクボードもかかっている。コルクボードにはMuse!のみんなの写真がいくつも貼ってあるのが見えた。
「へー。リンってゲームするんだ」
「うん。お休みの日とかは結構やってるかな」
「どんなのやってんの?」
「結構何でもするわよ?シューティングとか、RPGとか。格ゲーもするし。⸺まあパズル系は、ちょっと苦手だけどさ」
「なるほど。ごく一般的なライトユーザーですな」
「ら、ライトって言うな!そーゆーアンタはどうなのよ!」
「俺?俺はまあ人並みにと言うか。スマホのアプリで遊ぶくらいかな」
昔はゲーセンとかよく行ってたけどね。
「ふうん。そうなんだ」
「ところでリンさん。なんだかポテチの匂いがしませんかね?」
「へっ!?い、いや、あの、それは……その。
……っき、気のせいでしょ!そんなの食べたりしてないし!そこのクローゼットとかなんも入ってないし!」
…いや、隠すの下手すぎか!
「まあいいけどさ。食べるなとは言わんけど、間食はほどほどにね?」
「わ、分かってるわよ!」
「さて。じゃあアフェクトスの注入なんだけど」
そう言った瞬間、リンが身構えたのがハッキリ分かる。
「す、するのね……」
「まあそんなに身構えなくてもいいよ。個人差はあるにせよ、そんなに大した事はないみたいだしな」
ユウは注入したとき、身体の奥が熱いと言っていた。サキは結構疲れていたようだけど、マイは特にダメージらしきものがあるようには見えなかった。レイが発汗していたのは単純に量が多かったせいだろう。
「や、優しく、しなさいよね……」
…いや、やる前から顔赤らめるんじゃないってば。
「じゃあ、『霊核』の鍵穴を出して」
「う、うん……分かった……」
リンが目を閉じると、同時に彼女の胸元にすうっと『霊核』のシルエットと鍵穴が浮かび上がってくる。この部屋には赤いアフェクトスが充ちているし、瞳の色からしてもやっぱりこの子のメインのアフェクトスは赤怒だろう。
「じゃあ、いくよ」
そう声をかけて右手で鍵を作り、左手をリンの右肩に軽く添える。ビクリと震えたのは緊張からか、肩に触れられたからか。
右手の鍵をそのまま鍵穴に挿し込むと同時に、鍵は赤く光る。
そのまま、回した。
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